チョンカ達がワカメボーイに連れてこられたのはワカメボーイの私邸であった。
ワカメシティの中心に位置するワカメボーイ邸はワカメシティで最も大きな建造物である。
その一階、大広間を抜けた先にある会議室へとチョンカ達は通された。
背景にはワカメの彫像、ワカメの絵画。それを背負う形で大きなワカメの椅子に座るワカメボーイとその部下達。
テーブルにはそれぞれ水の入ったグラスが用意され、中央には果物も用意されていた。
チョンカ達は机を挟んで対面に座っていた。
「うわぁーうわぁー! すっごいね、チョンカちゃん! ワカメだらけだよ!」
「そうじゃね、ラブ公! ラブ公の言うみたいに本当に海の中ってこんなんなんじゃろうか?」
ワカメボーイは咳払いを一つしチョンカ達の注目を集めて話し始めた。
「改めて三人とも、ありがとう。わざわざ俺の屋敷に来てもらったのには理由がある。見てもらいてぇもんがあるんだが……その前にここで粗方説明しておく」
「交渉とやらの内容かな?」
「……そうだな、さすがの西京さんもこればっかりは言わねえと分からねえからな」
もぞっとワカメボーイの体が動き少し前傾になった。テーブルに肘をついて手を組んだのだと思われた。
「このワカメシティの……というか、俺のこの屋敷の地下には、古代の遺産、というか設備と言ったほうがいいか? そいつがあるんだ。隠すこともねえが大っぴらに宣伝することでもねえ。俺が西京さんに手を貸してもらうか寸前まで悩んでたのはこのせいなんだ」
「……ふむ。なるほどね。北にいるエスパーとは……ラピスティ教団の一員なのだね?」
ワカメボーイ達の中からどよめきが巻き起こる。中には水の入ったグラスを落とすワカメもいた。
「は……ははっ、に、西京さん……あんた本当に何者なんだい? 今の一言で全部分かっちまったのか? っていうか、ラピスティ教団を知ってるのかい? 奴らあまり世に知られていないはずなんだがな……」
「まぁ、耳にしたことはある程度さ。それでラピスティ教団の連中はその古代の設備とやらを求めて交渉に来ていたわけだね?」
「あ、ああ……参ったな、説明も必要ないんじゃねえのか? まぁ西京さんの言う通りさ。一年前くらいに、一人のウニがここに来てな、そのウニはエスパーじゃない一般人なんだが……片言でな、町を明け渡せと言ってきた。誰も相手にしなかった。即座に町の外へ追放したんだ……次にそのウニが来やがったのはそれから二ヵ月後だった。今度は仲間のウニをもう一人連れてきやがったんだ……奇妙なことにどっちも片言でな。要求内容は最初と全く同じだった。それも即座に断った」
「片言の……ウニ」
「それからは毎月来るようになったんだ。内容は毎回同じ、町を明け渡せってもんだ。だが交渉団のウニの数が一人ずつ増えていった。不気味なことに最初は片言だったんだが最近では奴ら流暢に喋れるようになってきていてな。それでこれは一ヶ月前の話だが、とうとうウニのエスパーが奴らを引き連れてやってきた。ラピスティ教団を名乗ったのもこのときが初めてだ……そのときに奴は言ったんだ。この町の地下にあるものに用事があるってな。町を焼き払われたくなかったら町を放棄しろってな……」
そこまで一気に離すとワカメボーイは一呼吸つき、サイコキネシスでコップをワカメの中へ潜らせ喉を潤した。
「ふむ。いいかな?」
「あ、ああ。何か気付いた点があったか?」
「話の腰を折って申し訳ないね。気付いた点というか、そうだね。まずラピスティ教団なんだがね。やつらの構成員はエスパーしかいないはずなのだがね」
「そ、そうなのか……? 悪い、その話は初耳だ」
西京も教団については深くは知らないが、どうやらワカメボーイはそれ以下であるようだった。
「私が知っているラピスティ教団はそうだよ。一般人を使うことがあるかどうかは分からないけれど、純粋な教団員は全員エスパーのはずだよ。それと奴らの本拠地は分かっているのだろう? ワカメボーイ君から打って出なかったのはなぜだい?」
「それは簡単だ。一つはこの町にエスパーは俺一人しかいねえ。俺がここから出たら誰もこの町を守れなくなっちまうんだ。もう一つは、俺はこの町のワカメ達を枯らさないように常に天候を操作してるからな。離れられないのさ。ただ俺もエスパーとしちゃそこそこ力があるほうだ。この町に乗り込んできて暴れるなら対処するがな。それでも極力戦闘は避けてぇんだ」
「それはなぜだい?」
「ワカメボーイ様!」
ワカメボーイの部下の一人が慌てて立ち上がる。
それがワカメボーイの知られては困る内容の質問だったからであろう。
「いや、いいんだ。全部聞いてもらう。俺の天候操作は他の戦闘用の能力とは併用ができねえ。テレパシーや簡単なサイコキネシスくらいが関の山だ。だから俺が戦闘できるのはせいぜい二時間がいいところだ。それ以上の戦闘でも俺のかわいいワカメが枯れちまうからな」
「なるほど、ありがとう。よく分かったよ。あとはそうだね、片言のウニが一年かけて増えていったという話も気になるね。一年待たずにここに攻めてこなかったことと、何か関係があるのかもしれないね」
「ねえ、先生」
ずっと黙って話を聞いていたチョンカが西京のマフラーを引っ張った。
「ワカメボーイさんが町から出られんのならうちらが敵の本拠地に行こうや」
「ふむ……」
「チョンカ、気持ちは有難いが危険すぎる。敵の本拠地までかなり距離がある。一応偵察はさせているが何があるか分からねえ。それに今向かってきてる武装集団から町を守れればそれでいいと俺は思ってる」
「で、でも……」
言いよどむチョンカのマフラーを今度は西京が引っ張った。
「待ちなさい、チョンカ君。私が行こう。テレポーテーションで武装集団を壊滅させた後、さらに本拠地へ飛び、そこも壊滅させてくればいいのだろう?」
「そ、それができりゃ悩むこともないが……西京さん、できるのか?」
「せ、先生! うちも行く! 一人で行くのは……」
「チョンカ君」
西京の言葉を聞き、慌てたチョンカをたしなめる様に西京は続ける。
「エスパーはエスパーを感じることができるだろう? 感じることができないのは何かな? 覚えているかい?」
「え……一般の人?」
「そうだね。だからチョンカ君にはここに残っていて欲しいのさ」
ワカメボーイが何かに気付いて立ち上がる。
「西京さん、まさか一般人の別働隊がいると……?」
「あくまでも可能性さ。どんどん増えるその片言のウニが大勢押しかけてくる可能性もあるのかなと思っただけさ。何人の軍勢か知らないけれどいくら大人数だとはいえ、エスパーが真正面から徒歩で攻め入ってくるというのも腑に落ちないだろう?」
「た、確かにそうだが……」
「町にはチョンカ君を置いていく。私ほどではないがこの子はとても優秀なエスパーさ。一般人どころか、その辺のエスパー相手にはまず負けないよ」
しかしそれを聞いたチョンカは悲壮な顔をしながら西京に縋った。
「やだ! 先生! うち、先生と離れとうない!」
「チョンカ君、心配は要らない。なに、敵を壊滅させたらすぐに帰ってくるさ。それにチョンカ君、これもチョンカ君の修行の一環さ」
チョンカは西京の提案を受けて顔が青くなっていた。まさか西京と別れて行動することになるとは夢にも思っていなかったのだ。
反論できるほどの理論的な言い訳も思いつかず、そのまま下を向いたチョンカに、隣にいたラブ公が話しかけた。
「チョンカちゃん……大丈夫だよ? 僕もチョンカちゃんのそばにいるよ?」
「ラブ公……?」
「僕、弱っちいし、なんの役にも立てないけど、もう絶対チョンカちゃんのそばから離れないって決めたんだ。西京がチョンカちゃんの修行だって言うんだもん、僕もチョンカちゃんと一緒に修行したいな。だめかな?」
チョンカはラブ公の励ましで少し目が覚める思いだった。
頑張ると決めたことを思い出した。
西京のようなエスパーになると、沢山勉強して修行して、もっと強くなって、大人になって……
色んな決意をラブ公の笑顔を見て思い出したのだ。
「先生……」
「チョンカ君、覚悟は決まったかい?」
「……ごめんね、うちは大丈夫! 先生の言われたとおり、皆とこの町を守るけんね。その代わり早く帰ってきてや?」
「さすがは私の弟子だね」
そう言われてチョンカは、えへへと誇らしげに西京の顔を見上げた。
そしてすぐに表情を引き締めた。
戦いになるかも知れないと聞いて町に戻ると決めたのも自分だったのだ。
迷うことは許されない。そう自分を鼓舞したのだった。
「三人とも、悪いな……本当に感謝してもしきれねえ」
そう言うとワカメボーイはゆっくり立ち上がり、会議室の出口のほうへ歩き出した。
「ついて来てくれないか。これから地下へ案内する」
「ワカメボーイ様、よろしいのですか?」
ワカメボーイの部下達も慌てて立ち上がりワカメボーイの後についていく。
「ああ、俺にはいまいち価値が分からねえが、相手が欲してるもんだ。西京さんには一度見てもらっておきてえしな」
「ふむ、私のほうからお願いしようと思っていたのだけれどね。見せてくれるかい? 古代の設備というやつを」
一行は会議室を後にし、ワカメボーイ邸の地下へ続く階段へと移動したのだった。