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やり残したこと

 買い物を終えたチョンカ達はその晩、ヒレ美達に翌日町を出ることを告げた。



「あらあら……そうですか、いえ、元々そのご予定でしたものね。折角のご縁でしたのに何もお構いすることもできず……」


「いやいや、ヒレ美君、そんなことはないよ。ランプ君にもかなり世話になったからね。それに、結果的に君達夫婦を騙すような事をしてしまったことを謝罪するよ。すまなかったね」



 意外な返事だったのだろう、ヒレ美は大きく目を見開いたが直後優しい顔を見せた。



「いえいえ、西京さん、私どもは最初にも言いました通り、自分達を責めることはあっても西京さんを責めることなんてできないんですのよ。スジ子を守るためにスジ子の嘘に乗ってくださっていたのでしょう? どうやってそんな方を責めることができるでしょう。本当に感謝しております、西京さん」


「西京さん、私の嘘に巻き込んでしまって、本当にすみませんでした! 私、父ちゃんが帰ってきたらちゃんと話します! 兄ちゃんのことはどうなるか分からないけど、父ちゃんは西京さんのことを悪くなんて絶対に言わないから、だから私ちゃんとしますから、その……」


「ふふ、スジ子君、分かっているよ。お父さんが帰ってきたらちゃんとお話して家族で仲良く暮らすんだよ? それと、外のスジ太郎君を繋いでる紐は燃やせば切れるようにしてあるからね。切るタイミングは任せるよ」



 パァっとスジ子の顔が明るくなる。



「……はい!」








 翌朝、町の北にあるコンブ門で町を出る簡単な手続きを済ませたチョンカは、門の内側で見送りに来ていたスジ子とお喋りをしていた。



「さあ、チョンカ君、名残惜しいがそろそろ出発しようか」


「先生……はい、わかったよ」



 この町で嫌な事もあった。ラブ公がさらわれたり、気持ちの悪い変態が現れたり。

 でもランプさん一家は優しかったしワカメボーイさんもいい人だった。

 初めての町でワクワクもしたけれど少し怖かった。変態も怖かった。

 いつも薄暗くてワカメだらけの町が、出て行くのが寂しくなるくらいにチョンカは好きになっていたのだ。



「スジ子ちゃん、うちら、この町にまた来るけぇね。それまでにスジ子ちゃんがスジ太郎の変態をなんとかせにゃならんよー?」


「えー! チョンカちゃん、気持ち悪いからそれは無理だよ……でも、チョンカちゃん達がまた来てくれるのを待ってるね! 絶対来てね?」


「じゃあスジ子ちゃん、元気でね……」


「うん……チョンカちゃんも!」



 スジ子と別れ、門をくぐる。

 アークレイリ王国を目指し、進路は北へ。

 チョンカは先を行く西京の後を、小走りで追いかけた。

 次の町もワカメシティみたいにいい町だといいな、そんなことを思いながら──











「西京先生! まってー!」


「チョンカ君」


「……先生? どうしたん?」



 待っててくれていた西京の雰囲気が少し剣呑とした雰囲気であったことにチョンカは気が付いた。



「……かなり遠くにエスパーの気配を感じるね……海岸沿いに北上した先のほう……こちらへ近づいてきているね」



 西京はラピスティ教団の話を聞いてから、常にエスパーの気配を探っていた。そしてその網に引っかかったエスパーがいたのだ。



「エスパーは一人……だね。このまま行けば今晩あたり私達と鉢合わせになりそうな速度だよ」


「えー、先生避けられんのん? わざわざ戦いとうないんじゃけど?」


「ふむ、勿論その通りさ。無駄に体力を消費したくはないね。一度東へ向けて歩いてから北上しようじゃないか」



 チョンカ達が進路変更を余儀なくされ、来た道を引き返そうとしたときだった。ワカメシティから慌しそうにこちらへ走ってくる数人のワカメ達の姿があった。



「おーい! 待ってくれー!」


「先生、あの先頭走っとるワカメってワカメボーイさんじゃないん?」


「ああ、あの大きさはワカメボーイ君で間違いなさそうだね。かなり慌てて何事だろうね?」


「……っはぁ! はぁっ、お、追いついた……まさかこんな早朝に出発するとは思わなかったから……はぁ、はぁ」


「ワカメボーイ君、そんなに慌ててどうしたんだい?」



 結構な距離を急いで走ってきたのだろう、ワカメボーイとその連れは全員が息を切らしていた。



「はぁ、はぁ、……ふう、西京さん、あんたに頼みがあるんだ。昨日からあんたに言うべきかどうか、ずっと悩んでたんだが……やっぱり言おうと決めたんだ。本当は俺達が門で待ってるつもりだったんだがな……」


「頼みかい? ふむ、何かな?」


「そうだな、あんま時間がねえんだけど……西京さん、あんたもしかして、こっから北にいるかもしれねえエスパーの気配、分かるか?」


「ああ、もちろん分かるとも。このままだと明日の晩くらいにはこの町に到着するんじゃないかな? このエスパーはワカメボーイ君の知り合いか何かかい?」



 西京がそう答えると、ワカメボーイはワカメで表情は見えないながらも、驚きで言葉が詰まった様子だった。部下連中の中からはどよめきが起こる。



「やはり偵察隊からの情報は本物だったようだな……しかし西京さん、あんた本当にとんでもないエスパーだな……本当にそんな距離のエスパーも分かっちまうのかい?」


「いや、もちろん集中すればだけれどね。普段は面倒だからここまでしないのだよ? それで、ワカメボーイ君、結局私に頼みとは何なのだい?」



 改めて西京からの問いの後、一呼吸分の間があいてからワカメボーイは口を開いた。



「ぶっちゃけて言う。西京さんやチョンカの力を借りてぇんだ。もちろんラブ公もな。お察しの通り、北から来るエスパーが率いる軍勢はワカメシティの敵だ。かれこれ一年は無意味な交渉を続けてる。それが昨日の偵察隊からの報告では、とうとう纏まらねえ話し合いに痺れを切らせて今度は交渉団が武装して武装集団になってやってくるって話だ」


「ふむ……交渉ね」


「ああ、もちろん引き受けてくれるなら一緒に俺の屋敷に来てほしい。そこで詳しく話をさせてもらう。断るならそれはそれで仕方がねえ、元々あんたらは旅人なんだろう? 関係のない話だ。引き止めることはできねえ」


「ふむ、チョンカ君、どうするね?」



 チョンカは最近分かってきた。西京はこういうときは必ずチョンカの意思を確認してくる。そしてどちらを選んでも、何も言わずについてきてくれるのだ。

 一度は旅立とうとしたワカメシティ。まだ解決してない問題もあって心残りが沢山あったのだ。

 チョンカの答えは決まっていた。



「先生、話を聞こう! うちはこの町が好きじゃけぇ、守りたいと思う」


「チョンカちゃん! 良かった! 僕もこの町が大好きだよ!」


「そうか、分かったよ。ワカメボーイ君、話を聞いてからもう一度考えさせてもらいたいところだけど、うちのチョンカ君の意見は聞いての通りさ」


「ああ! すまない西京さん! チョンカ、ラブ公、お前ら本当にありがとうな! じゃあ時間がねえ、みんな悪いが俺の屋敷までついて来てくれ」



 一度は別れを告げたワカメシティ。当分戻れないと思っていた。

 やり残したことがチョンカの中にはまだあったのだ。

 ワカメボーイに引きとめられた形になってはいるが、チョンカはもう一度この町に戻れることを嬉しく思っていた。

 ラブ公と顔を見合わせ笑いながら、もう一度門をくぐって町へ駆けていったのだった。

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