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ラピスティ教団

 ランプ邸を出てすぐに、西京は立ち止まった。



「スジ太郎君、待ちたまえ。話すのはここでいいだろう」



 先を歩いていたスジ太郎は敷地内から外へ出ようとした直前に呼び止められ振り返る。



「あ、あひぃ! 急に呼び止めないでくださ、うっうっ! ほら、びっくりしてこんなに、おっほ!」


「いいからここにいなさい。スジ太郎君と外に出ると折角ワカメボーイ君と仲良くなったことが水の泡になってしまうからね」


「なんで水の泡になるんだ? ……うほうっほ!」


「ふぅ、寄らないでくれるかい? 仕方がないとは言え君はいちいち不快だね……つまり君を外に連れ出すと道端のワカメを汚してしまう可能性があるだろう?」


「寄らないでとか……うっ! ……なるほど確かに」


「そもそもこの町にどうやって入ったんだい? 門の兵士がよく町へ入れたものだと思うのだが?」



 軽く痙攣をしながら乳を噴出し考え込むスジ太郎を不快に思い、直視しようとしない西京であったが、今後のために情報は集めておきたい。この不快なやり取りは仕方のないことであった。



「ヒヒン゛っ! ……はあ、はあ、いや、勿論入れてもらえなくて立ち往生してたぜ? でも爆音がして、あひょ! ん、く、門に誰もいなくなって、あ、あ、あ、はっ……はああぁぁあぁぁあああぁ……」



 言葉の端々で嬌声を上げ、乳を出していたスジ太郎が突然その場にうずくまる。



「き、気持ち悪いから溜めの動作だけはやめてくれるかい? 仕方がない、これを最後の質問にしよう。ヤギのエスパーに関してもう少し詳しく教えてくれないかい? なぜヤギは私のことを知っていたんだい? 何か聞いていないかい?」


「ヤギの……エスパー……?」



 顔を上げたスジ太郎の顔は、少し青くなっていたようにも見えたのだが、西京は見てみぬ振りをした。

 単純に気持ち悪くてさっさと聞くことを聞いて会話を終了したい気持ちが勝っていたのだ。



「名前は分からないけど……おひっ! あつっ! ラ、ラピスティ教団とか言ってたぜ、ああんっ!! 西京さんの……知り合いじゃなかったのか……? 俺はてっきり……うっ」


「ラピスティ教団……ふむ、分かったよ。これで君に聞きたいことは全部さ。変態のわりに役に立ったよ」


「え、え、そんな冷たい言い方ぁ、あ、あ、あいいいぃぃいっ!」


「スジ太郎君はここから絶対に動いてはいけないよ。そうだね……」



 西京はサイコキネシスを使い、庭の草を広い範囲から大量に集め、空中で捻り先端に輪がある一本の紐を作った。

 そして輪をスジ太郎の首にかけ、紐の先を柵にくくりつけた。



「これでいいだろう。頑張っても紐は絶対に切れないからね。無茶はしないように。それじゃあ私は戻るよ」


「え! そんな! 俺を元に戻してくれるんじゃ!? そ、それに、こんな家畜みたいな、家畜みたい……か、家畜ぅぅぅぅん!!」


 スジ太郎の絶叫にも西京は振り向くことなく、ランプ邸のドアをくぐり中に入った。

 扉が閉まったと同時にスジ太郎の獣のような声と大きな水風船が割れたような音がした。



(ドMが……やはり乳がかなり溜まっていたようだね。決壊前に話が済んでよかったよ。しかし元に戻そうにも乳に張ってあるサイコシールドが破れなかったね……あれは普通のサイコシールドではなかった……この私の力を以ってしても不可能とは……ラピスティ教団か……)



 この世界で西京を知っている人間は少ない。

 力があることを自覚している西京は世俗と関わることを極端に嫌っている。

 自分の思い通りに欲求を解消したり、手のひらで遊ぶようなことをしてきた西京だが、相手からの干渉は煩わしく思っていたのが一番の理由であった。

 この旅でも訪れた町や知り合った人物のほとんどの記憶は、チョンカ達には気付かれないように自分に関する部分だけを綺麗に消して回るつもりでいる。


 徹底したその姿勢は昔からでこれからも変わらない。

 それにも関わらず、だ。



(ラピスティ教団のヤギエスパーは私を知っている……?)



 それどころか付かず離れずの距離で見張っている可能性も高い。

 それは自分のせいでチョンカに危険が及ぶ可能性があるということを示唆している。



(仕方がない。何かがあってからでは遅い。危険が及ぶ前にチョンカ君には話すことにしよう……)


「あ、先生! なんか外から大声が聞こえたんじゃけど……もう話し終わったん?」


「チョンカ君、話は終わったよ。丁度良かった、今度はチョンカ君に話があるのだよ。今いいかい?」



 玄関で思い耽っていた西京にチョンカとラブ公が声をかける。その表情は先程とは違いいつもの笑顔が溢れていた。やはりスジ太郎は毒物なのだなと、西京は家の中で話しを始めてしまったことを少し反省していた。



「え、はい。なになに? スジ太郎がまた何かしよったん?」


「僕も聞くぅ!」


「ああ、いや、スジ太郎君から聞いたことでね、ちょっとチョンカ君にも知っておいてほしいことがあるのだよ。お前は死ね」


「知っておいて欲しいこと? なんじゃろう?」


「え! 西京……? 今……死ねって……え……?」



 以前もそうであったが他人に聞かれたくない言葉は指向性を高くしてあり、ラブ公にしか届かないよう細心の注意がなされている。


「ん? ラブ公、なんだい?」


「い、今、西京、僕に……その、し、死ねって言った?」


「おや? そんなこと言っていないよ? チョンカ君も聞こえたかい?」


「え、聞こえとらんよ? んもぅラブ公たまにそういうこと言いよるよね。西京先生はそんなこと言わんよ?」


「あれ……う、うん、そうだよね……うん、ごめんね、西京!」


「いや、構わないさ。それで話なんだけれどね──」



 スジ太郎の相手をして精神的に疲弊したのはチョンカ達だけではない。

 普段あまり感情が波立つことのない西京ですら、相当不快であった。

 いつもやるラブ公いじめだったが、それが大事な話の前に出てしまったのは西京なりのストレス発散であったのかもしれない。



「ラピスティ教団……うちは知らんよ、先生」


「僕も知らないよ!」


「ふむ、その教団はね、構成員のほとんどがエスパーなのだよ。そして彼らは懐古主義と言ってね、簡単に言えば昔の世界を大切にしているということなんだけれど、世界に残っている全時代の古い遺産を集めて回っているのさ」


「へぇ、そんなことしてどうしよるん?」


「さぁ、そこまでは私も分からないね。これは想像でしかないのだけれど、ありきたりなところで言うと前時代の技術の復活……とかかな? 何しろ嘘か本当かは置いておいて、昔は今よりもかなり技術が発達していたそうだからね。ヤマブキの話に出てきたアニムスの鍵というのも古い文献に出てくる道具なのだよ」


「西京、今はもうすごい技術ないの?」



 チョンカの肩に乗ったラブ公が興味津々といった様子だ。



「……ッチ……本当にすごい技術とやらが昔にあったかどうかも分からないし、あったとしてもそれが消滅した原因も分からない。少なくとも私は見たことがないよ」


「それで先生、そのラピスティ教団がどうしたん? なんかうちらに関係あるん?」


「教団が私達を監視している可能性が出てきたのだよ。あの変態からこの単語が出るとは思わなかった。もしかしたら襲い掛かってくる可能性も高いのさ」


「えええぇ! お、お、襲ってくるのっ!? ぼ、僕……」



 怯えだすラブ公をぎゅっと抱きしめたチョンカは真剣な目つきになった。



「先生、なんで教団が襲ってくるかも知れんのん?」


「ヤマブキさ……奴はアニムスの鍵の存在を知っていた。もしかするとヤマブキは教団と関わりがあるのかも知れない。そう考えたらスジ太郎に教団の名前を出したのも私に対する警告の意味があるのかもしれないね」


「そういえば、先生はなんでアニムスの鍵のこと知ってるん? 先生もラピスティ教団なん?」



 チョンカの質問に他意はない。素直に思ったことを口にしている。裏表のないチョンカを見て西京は噴出してしまう。



「ふふ、まさか。私は教団員ではないさ。私が教団やアニムスの鍵のことを知っているのは昔襲われた教団支部の跡地を探索したことがあったからさ」



 正確には襲われたではなくて、襲っただが。



「そういうわけだから、今後旅を続ける上で、もしかしたら教団関係者から襲撃があるかもしれないのだよ。あくまでも可能性の話だから、そう構えておく必要もないと思うのだけれどね。チョンカ君には一応心積もりくらいはしておいてもらおうかと思ったのさ」


「うん! 分かった、先生!」


「ぼ、僕……ちょっと怖いなぁ」


「ラブ公、大丈夫じゃよ。うちはもうラブ公を怖い目に合わせたりせんっ」


「チョンカちゃん……ううん、ごめんねチョンカちゃん! チョンカちゃんが頑張るなら僕も頑張って勇気をだすよ!」


「あはは、その調子じゃよ、ラブ公!」



 二人を見ながら、再び西京は物思いに耽る。

 チョンカ達には話をしなかったが、ラピスティ教団とは相当偏った考え方をしているのだ。

 大昔、この世界にはエスパーしかおらず、それに倣い、エスパーこそが種として至高の存在とし失われてしまった技術を蘇らせた上で一般人を虐殺するということを目的としていると教団員の一人から聞いたことがあった。

 大して興味のない話だが、チョンカが危険な目に合う可能性がでてくれば話は別だ。



(ふむ。教団は滅ぼしてしまおうか。ヤギを探すよりもヤマブキを探したほうが早そうだから、やはり旅の目的は当分ヤマブキにしておいたほうがよさそうだね)



「チョンカ君、では裏口から出て買い物に行こう。明日の朝にはもう出発しよう」


「う、うん。先生、でもランプさんは……ええの?」


「出発までに会えなければ仕方がないだろうね。しかしランプ君は家族を見捨てるような男ではないし大丈夫だとは思うのだけれどね」


「うーん、そっかなぁ……」


「それともチョンカ君はランプ一家と変態の間に入って仲を取り持ちたいのかい?」


「先生、ラブ公、はよ買い物行こ」



 即答、であった。



 こうしてチョンカ達は町に来た当初の目的である、旅に必要なものを揃える為の買い物に出掛けたのであった。

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