「さて、これで屋内にいた職員は全員なのかな?」
ワカメシティ治安維持管理局という名のその建物は西京のサイコガードのおかげで何とか形を保っていたが、いつ崩れても不思議ではないほどに亀裂が多数入り、ところどころが歪に曲がっていたりした。
建物前の広場に、避難してきた関係者達が集められていた。
「ああ……これで全員だ……」
ラブ公を尋問していたワカメ男が代表して西京の質問に答えた。
「ふむ、意外と迅速な対応だったね。すごいじゃないか。あれかな? 日頃から避難訓練とかしているのかな? 良かったね、死ぬ前に徳を積めたじゃないか、君」
チョンカの沸騰するような怒りも恐ろしかった。建物にひびを入れたのもチョンカなのだろう。しかし、ワカメ男は西京から背筋が凍るような恐怖を感じていた。目の前のリスのエスパーによって殺される。自分の命はあとほんの数分しかないのだと、ワカメ男は考えていたし、自分の命を諦めたような心境でいた。
「さて、では今からサイコガードを解くね。皆建物が崩れるから近寄ってはいけないよ!」
西京がそう宣言した瞬間、支えを失ったように土煙を上げながら一気に建物が倒壊していった。
西京の言うことが信じられない人間もいたようで、避難して集まっていたワカメ集団の中からどよめきがおこった。
しかしそんな集団の後方に、驚きとは違った騒がしさがあることに西京は気が付いた。
そして徐々に集団が左右に割れ、中央から一際大きなワカメが現れたのだった。
そのワカメは一般の大人がワカメを被った大きさに比べて横幅も縦幅も1.5倍近くあった。
「ふむ、お前がワカメボーイかい? なるほど、確かにワカメだね。それにみんなよりも大きいじゃないか」
「お褒めに預かり光栄だぜ。俺がこの町を取り仕切っているワカメボーイ様だ。てめぇらは何だ? 管理局に何しやがった?」
「別に何も? むしろ何かしたのは君の部下のほうさ。そこの怯えたワカメは君の部下なのだろう? その男が我々の連れを不当に拘束していたので迎えに来ただけなのだが?」
「我々は深夜の町を徘徊していた怪しい生物を捕らえ、その目的を正していたに過ぎん! そいつはワカメを傷付けていたという報告もあった! 拘束及び尋問は当然である!」
いつの間にかワカメボーイの後ろに隠れていたラブ公を尋問していた男が、自分にとっての救世主の登場で先程の怯えきった様子が嘘のように堂々たる様子で自己の正当性を主張しだした。
「……だそうだが? リスのエスパーさんよ、こちらが納得できる説明をしてくれねぇか?」
ワカメボーイの殺気のこもった言葉に、西京はため息をひとつ吐き、両目を閉じた。
『ランプ君、私達のことはいいからこの場から離れなさい。ないとは思うけれど、もしも事件後に私達のことを問いただされたら脅迫されたとでも言うといい』
避難した群衆の端にいたランプに向けてテレパシーを送ったのだ。
ランプの隣には、追いかけてきたのであろうヒレ美とスジ子の姿もあった。
『西京さん? これは……そうか、テレパシーですね? 我々はそんな恩知らずなことは出来ません。ですから西京さんの言うことには……』
『ランプ君。私達は何も恥じることはしていないと思っているが、この様子だとこの町では犯罪者扱いだ。君達家族を巻き込むのはチョンカ君の本意ではない。いいのだよ』
『し、しかし……』
『君達は三人で仲良く、これからもこの町で暮らしなさい。私達は所詮旅のエスパーさ』
両目を開きワカメボーイを見据える西京の体を黒いもやの様なものが包み込んだ。
そして西京が言葉を発しようとしたその時だった。
「先生、待って! うちにも喋らせて」
「チョンカ君……いいだろう」
チョンカは泣き止んだラブ公を地面に降ろし、西京の前へ出てワカメボーイと向き合った。
「ワカメボーイさん……まずは建物を壊してしもうてごめんなさい。これは全部うちがやりました」
「……俺の可愛いワカメが巻き添えになったんだ、何か理由があったんだろう? 聞いてやる。言ってみろ」
「ここにいるラブ公が昨日から行方不明になってしもうて、兵士の人にここに連れ去られたって聞いたん。それで来てみたらラブ公が槍を向けられてて、それに泣いとって……うち、それを見てカーッとなってしもうて……うち先生に止められるまで自分で何をしとるか自覚がなくて、それで……」
チョンカはたどたどしくはあったが自分のしたことを素直にワカメボーイに伝えようとした。
しかし尋問した男がそんなチョンカの説明を邪魔するように叫ぶ。
「そこにいる謎の生物はワカメを傷つけていたのだぞ! 拘束は当然だ!」
「管理官……黙ってろ」
「し、しかしワカメボーイ様!」
「黙ってろ」
ワカメボーイにそう言われて男は渋々下がった。
そしてワカメボーイはラブ公を指差してチョンカに問いかけた。
「お譲ちゃん、そいつは何だ?」
「ラブ公は……ラブ公は、うちの家族です」
「……そうか。それでラブ公とやら、お前は本当に俺のワカメを傷付けたのか?」
「ぼ、僕は傷付けてないよ、可愛いワカメがあったからしゃがんで見てただけだよぅ!」
「ほう……? 可愛い、か。お前、ワカメは好きか?」
「うん! 僕、ワカメ大好きだよ! この町は海にいるみたいで楽しくて、それで散歩してたんだ!」
屈託のないラブ公の笑顔を見て、チョンカは少し安心した。
そしてそんな笑顔を見て、ワカメボーイも剣呑な空気を解いて、我慢が出来なくなったようにふきだした。
「はっはっは! そうかそうか! ワカメが好きか! はっはっ、お前なかなか見所のある奴だな!」
「ワカメボーイ様!」
「管理官、俺は後ろにいる保護者のリスはともかく、この二人は信用してもいいと思ったぜ。特にラブ公はワカメの良さをよく分かってるようじゃねぇか」
「しかし、治安維持管理局が……」
「そうだな、こっちにも強引なところがあったとはいえ管理局をぶっ壊したのは別問題だ。ワカメも犠牲になってる。お譲ちゃんとそこのリス! お前らエスパーだろ。特にそこのリスは半端ねぇ力を持ってるはずだ。建て直す事くらいできんだろ。人的被害もねぇんだ。元通りにしたら今回のことは不問にしてやる。どうだ?」
「ゆ、許してくれるん!?」
「家族を人質に取られたからお譲ちゃんは切れちまったんだろう? 俺だってワカメを人質に取られたら同じことをしちまうぜ? お譲ちゃんはワカメを傷付けたかったんじゃねんだろ?」
さすがはワカメボーイ様だ! と見ていた群集から人情味のある裁定に賞賛の声があがった。
「チョンカ君、よかったね」
「先生! ……ううん、うちほんまに何もできんかったよ……この前も今回も、全然うまくできんかった」
「そんなことはないさ。チョンカ君がいなかったら私が全員記憶を削除して終わりにするつもりだったからね。私には出来ないことを君はしたのさ」
チョンカは自分を情けなく思った。
必死で修行して力をつけて、前よりは大人になった気でいたけれど、自分はまだまだで何の力もないと思い知らされてしまったのだ。
もしもあの時西京が止めてくれなかったら、もしもワカメボーイが話の分かる人間ではなかったら……
自分にはエスパーの修行と同じくらい学ばなければならないことが沢山あるのだと気付いたのだった。
「さぁ、チョンカ君、ワカメボーイもああ言ってることだし、さっさとこの建物を直してしまおうね。大まかには私がやるからサイコキネシスで補助を頼むよ?」
「はい!」
「西京さん! チョンカちゃん! 我々もお手伝いします。出来ることがあったら仰ってください!」
「ランプさん! ありがとう!」
こうしてラブ公失踪事件は一応の決着見たのだった。