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絶対許せん!

 気が付くととても薄暗い場所だった。

 ワカメ畳の冷たさとぬめりで目が覚めたのだ。

 ラブ公は目の前の鉄格子を見て、昨晩町の兵士に捕縛されこの牢屋に放り込まれたことを思い出した。

 話は詰め所で聞くと言った兵士は結局話など聞かずに問答無用でラブ公を縄で縛りここに放置したのだった。



「チョンカちゃん……」



 今頃心配してくれているだろうか。

 兵士はワカメに傷を付けたといったがそんなことはしていない。

 道端のワカメが可愛くてしゃがみ込んで愛でていただけだったのだ。



「話せば分かってくれるかなぁ……」



 これからどうなってしまうのか、考えれば考えるほど不安に押しつぶされそうになったので、ラブ公は大好きな二人のエスパーのことを考えることにした。

 ラブ公はそれだけで心が温かくなっていくのを感じた。

 しかしそんなラブ公の小さなほっこりタイムを打ち砕くかのように、またしても大人の大声が響いた。



「お前が昨晩拘束した生物か。出ろ!」



 乱暴に鉄格子を開け、ワカメを纏った大人の手が伸びてくる。

 ラブ公は昨晩から恐怖の連続でもう声を上げることも出来ずに、体を強張らせながら目を閉じたのだった。







「失礼します。昨晩捕らえた謎の生物を連れて参りました」


「ああ、そこに座らせてくれ」



 ラブ公は縛られたまま兵士の小脇に抱えられていた。

 自分が閉じ込められていた牢屋は地下にあり、苦労して一段一段階段を登っていたら見かねた兵士が面倒そうに抱えあげたのだ。

 少々乱暴に椅子に座らされたラブ公は武装した大人が鉄格子の向こうに沢山いることに初めて気が付いた。

 椅子の後ろでは二人の兵士がラブ公に槍を向けていた。



「お前が昨晩ワカメを傷付けてまわっていた謎の生物か。人語を喋るようだが、お前の種族はなんだ? なんの目的でワカメを傷付けていた?」


「えっ……あ、あ……あ……」



 子供が突然見知らぬところへ連れて来られて、大勢の武装した大人達に囲まれてしまってはまともな返答など出来るはずもなかった。

 しかしその周りの大人たちにとって、ラブ公は子供ではなく謎の生物という認識だったのだ。



「なんだ? 報告では喋れるとあったが理解できていないのか? おい! 言ってることが分かるか? どこから忍び込んだ?」


「ぼ、僕……」


「ん? 今『僕』と言ったな? 言葉が分かるんだな? ではまずお前の名前はなんだ?」


「ラブ公……」


「おい、各門の立入管理台帳を見ろ」



 先程からラブ公に質問をしていた男は名前を聞くとたちまち後ろにいた別の男に指示を出した。

 そして腕を組みながらラブ公に向き直ると更に高圧的になった。



「どこから入ったんだ!? 町に来た目的はなんだ!?」


「ぼ、僕、僕……」


「答えろ!!」


「ひぃっ!」



 もはや尋問ではなく恫喝と言っていいやり取りであった。

 尋問する男の大声に併せて、構えられていた槍が更にラブ公に近付けられた。ラブ公は椅子の上で震えてうずくまるような姿勢になってしまった。連れてこられる前からまともに受け答えが出来る精神状態ではなかったのだ。これにより更に拍車がかかってしまたのは当然のことだった。



「管理官、分かりました! 昨日ワカメ門から入ったようです。ですが……」



 先程指示を出されていた男が台帳を指差しながら先の報告を少し躊躇った。



「同行者は二人のエスパーのようです……」


「なんだと!? まさかお前達はこの町の侵略を企んでいるのか!? いかん、おい、すぐにワカメボーイ様に報告しろ!」


「はっ!」


「……大変なことになってしまった。だからエスパーの立入に制限を設けるべきだとあれ程忠告したのだ! ……いや、しかし事前に察知できて幸運だったと思うべきか……おい! ワカメボーイ様の指示を受けるまで、そいつをもう一度地下牢に入れておけ!」



 管理官と呼ばれた男は苛立ちを隠そうともせずに怒鳴るようにラブ公に槍を向けていた兵士に指示を出した。

 しかし槍を持った兵士がラブ公を抱えあげようとした瞬間、扉の外から大きな声が響いてきた。



「と、止まりなさい! ここが何処だか分かっているのか!? そっちは立入禁止だ!」



 その場にいた誰もがその怒声を耳にし、まさか侵入者か? と不審そうに顔を見合わせていた。その侵入者の目的地がこの部屋だとも思わずに。



「ラブ公! いる!?」



 勢い良く扉が開かれる。その音に名前を呼ばれたラブ公も含めて部屋にいた全員が侵入者に注目をした。



「チョ……」



 大粒の涙が零れる。



「チョンカちゃ~ん、うぇーんっ!!」


「な、なんだお前達! まさか……エスパー!」



 チョンカの肩越しに部屋の中を覗いた西京はすぐさま隣にいたランプに叫んだ。



「ランプ君! 君は今すぐ引き返すんだ! 早くしなさい!」



 突然のことで西京が何を言っているのか分からなかったランプだったが、部屋の様子と震えるチョンカの肩を見て理解した。



「分かりました!」



 ラブ公を囲む武装したワカメ達に突きつけられた槍、鉄格子の向こうに座る偉そうなワカメ。

 縛られ恐怖に震え今まで見たことがないほどに泣き崩れているラブ公。


 サイコルークスが、チョンカの体全体を覆っていた。



「チョンカちゃん! チョンカちゃ! あ゛あ゛ーーんっ! ひっく、チョンカちゃぁあ……」



 地鳴りが響き、建物が静かに振動しだした。

 ラブ公の泣き声が響く部屋で、目の前で光に包まれた少女を前に誰もが声を発せずにいた。

 皆に注目されていた少女は、ポツリと呟いた。







「……泣かせた……」







 大きなものが高速で何かと衝突したような轟音が鳴り響き、一気に激しくなった建物の揺れと共に部屋の壁に無数の亀裂が走った。

 その場に立つことができず、尻餅をついて床に転げまわる兵士たちが突然の出来事に驚きと恐怖の悲鳴をあげる。

 チョンカはゆっくりと左手をラブ公のほうへかざした。



「……サイコキネシス……」



 その瞬間、先程までラブ公に槍を向けていた二人の兵士が、ラブ公を中心に斥力が働いたかのように互いの背にあった亀裂だらけの壁へ叩きつけられていた。

 チョンカは更にかざしていた腕の手首を捻り、天井へ向けた手のひらで何かを握るそぶりを見せた。

 目の前にあった鉄格子が円形にくりぬかれ、円形の中心で鉄球となり床に落下した。



「ひ、ひぁ……」



 先程までラブ公を高圧的な態度で尋問していた男は、目の前の光景に先程のラブ公以上に怯えていた。



「お前がラブ公を泣かせたんじゃろ……?」



 チョンカが一歩踏み出したその時。



「チョンカ君」



 後ろで見ていた西京がチョンカの肩に手を置いて言った。



「君がここに来てしたかったことは、あのワカメを殺すことかな? それともそこで泣き喚きながら必死にチョンカ君の名前を呼ぶラブ公を抱きしめることかな?」


「…………」


「どっちだい?」


「……先生、ありがとう」



 チョンカの肩の力が抜けサイコルークスの光も消えた。それと同時に建物の振動も収まった。



「ラブ公!」


「あ゛あ゛ーーーーん゛! チョンカちゃー! チョンカちゃーーーー!」


「ごめんね、ごめん、ほんまごめんね! もうラブ公のこと放ったりせんからうちのこと許して! ごめんね! ううぅぅ!」



 泣きながら抱擁しあう二人を見て、とりあえず命は助かったのかもしれないと安堵のため息をついたワカメ達だったが、それも束の間のことだった。



「君達、急いでこの建物にいる職員達に避難指示を出しなさい。今この建物は私のサイコガードで形を保っているが解いた瞬間に崩落してしまうのだよ。今死にたくなければ言われたとおりにしなさい」


「お、お前達は……何なんだ……」


「勘違いはいけないな。尋問は建物を出た後だよ。もっとも君達は尋問されるほうで尋問するのは私のほうだがね。チョンカ君を泣かせた罪で君達が死ぬのはその後だよ」



 ここで死なれてはチョンカの手を汚してしまう。

 感情的になって制御の効かない力で人を殺めてしまってはチョンカの教育上よろしくないのだ。



「君の魂を覚えたよ。その薄汚い魂が浄化されるまで、私から逃げられると思わないことだ。

さあ、早く言われた通りにしなさい」



 ワカメシティで三番目に大きく、町の治安を司るワカメボーイ直轄のその建物が全壊したのは、それから三十分後のことであった。

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