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夜のお散歩は……

 なぜ娘だけ助けて息子は助けてくれなかったのか。

 勿論そう思わなかったこともない。むしろ何度も頭を過ぎった。しかしそれは人の感情の流れとしてはごく自然なことだろう。

 娘に聞いても仕方のない状況だったとしか言わなかった。


 何をしに森へ行くのか。

 息子はその問いかけに答えることなく出掛けていった。

 昔から思いつきで突飛な行動を起こすような子だった。念のために娘も一緒に行かせた。

 結果としてはそれが最悪の事態に繋がった。

 妻は息子を失ったショックで乳が出なくなってしまっていた。

 息子の死を知った直後は二人とも日常生活に支障をきたすほどに憔悴しきっていた。


 なんとしてでも自分達が引き止めるべきだったのだ。

 息子の死を他人のせいにはできない。

 なぜ助けられなかったのかと他人を責める行為は、引き止められなかったことを、なかったことにしたいと願いながら、自分達の責任から目を背けて逃げているだけの言い訳に過ぎないと気が付いた。

 気付いたのだ、認めよう。そのエスパーは娘を助けてくれたのだ。

 息子が死んだ事実と同様に、その事実にも目を向けよう。

 非難するなど恥ずべき行為であって、むしろ娘を救ってもらったことに対する感謝しかない。


 その恩人と出会えることはないかもしれない。

 しかしもしも出会えたら、その時は私たち夫婦は娘の命の恩人に最高の感謝をしよう。

 あなたのおかげで娘がこんなに成長しましたと、食卓を囲みながら酒を酌み交わそう。







 再会と感謝の宴は夜中まで及んだ。

 ランプは涙を流しながら感謝し、ヒレ美は食材を買い足してまでたくさんの料理を作った。


 両親の姿に胸を痛めつつも、スジ子も感謝していた。

 チョンカも少しお酒を飲みつつ、西京が誇らしくてたまらなかった。

 こんな風に世の中が変わったら良いなと思っていたし、それを自分の先生が実現して見せてくれたのだ。

 もっと大人になりたいなと、心からそう思ったのだった。



「チョンカちゃん、僕お外で遊んでくるね?」



 その場に溶け込めなかったラブ公の呟きは誰にも届いてはいなかった。







 常に雲がかかった天気のワカメシティの闇夜の中でほんのり光る蛍光ワカメに照らされた一人分の小さな影が躍っていた。影は鼻歌とともに覚えたばかりのスキップを踏んでいた。



「えへへ、チョンカちゃんも西京も牛の家族も、みーんな嬉しそうだったなぁ。やっぱり二人ともすごいエスパーなんだ!」



 ラブ公は純粋に嬉しく思っていたのだ。輪に入れなくて寂しい気持ちも多少はあったが、それ以上に二人が誇らしくて仕方がなかった。



「あんなに楽しそうだったんだもん、邪魔しちゃ悪いよね。適当に遊んでから帰ろうっと!」



 実はラブ公はこの町に着てから探検したくてたまらなかったのだ。外に出たのはそういう理由もあった。

 ラブ公は迷子にならないように近所をひとしきり探検してみたのだった。



「わぁ……本当にワカメでいっぱいだなぁ。海の底ってこんな風景なのかなぁ」


「そこで何をしている!!」



 寝静まって静寂の中にあったラブ公だけのものだった街に、大人の大声で不穏な空気が混じりこんだ。



「ひぃっ……え、だ、誰?」


「そこのワカメに何をした!? ワカメも被らずにこんな夜中にうろついてどこの子供……んっ? なんだこの醜い生き物は……お前、種族はなんだ?」


「え、え、ぼ、僕……」


「そこのワカメに傷を付けたな? 重罪だぞ? 子供とて決まりを破れば見過ごせない。とりあえず同行してもらおう」


「え、僕何もしてないよ! 本当だよ!」


「詳しいことは詰め所で聞こう。さあ来い!」


「や、やだよぅ! チョ、チョンカちゃん! 西京!」



 抵抗するラブ公を、兵士は軽く抱え上げそして夜の闇に消えていった。

 深夜の町に再び静寂が訪れたのであった。







「やあチョンカ君、起きたのかい?」



 昨晩遅くまでランプ一家と楽しい時間を過ごしたチョンカはいつもより少しだけ遅い時間に目が覚めた。



「おはよう先生、ラブ公」



 チョンカは自分の隣にいるであろうラブ公に挨拶をし、頭を撫でようとして気が付いた。



「ありゃ? 先生、ラブ公は?」


「ん、そう言えばいないね」


「あれー、先に起きたのかなぁ?」


「私は結構前には起きていたけれど、布団から出てきた様子はなかったよ?」



 おかしい、とチョンカは悪い予感がした。いつも一緒にいるはずのラブ公が黙ってそばを離れるなど今まで一度もなかったことだった。



「先生、そういえば昨日、寝るときにラブ公はおったっけ……?」


「ふむ、私は見ていないね……」


「先生! うち探してくる!!」



 見る見るうちに青ざめていくチョンカは急いでベッドから飛び起きた。



「待ちなさい、チョンカ君」


「で、でも先生!」


「落ち着きなさい。チョンカ君はそのまま外に出ようとしているね? 気持ちは分かるのだけれど、探しに行くといっても土地勘のないこの町でどこをどうやって探すつもりだい? まずはランプ君に相談するべきじゃないかな? もうすぐ朝食ができあがるそうだからランプ君もまだ家にいるはずさ。とりあえず下に降りよう」


「……分かった」



 西京に促されて階段を降りるチョンカは表面上は落ち着きを取り戻したものの顔色は悪いままだった。

 チョンカの言うようにラブ公はチョンカから離れない。離れるときは必ずチョンカに伝えてから離れるのだ。

 そのラブ公が何も言わずにどこかへ行くとは考えられなかった。いや、もしかしたら聞いていなかっただけでラブ公はちゃんと言ったのかもしれない。昨晩はランプ一家とのお喋りでラブ公のことを気にかけてやることが出来なかった。

 例えばそうであっても今一緒にいないというのは明らかにおかしい。

 きっとラブ公の身に何かあったのだ。

 ラブ公もエスパーであったなら、まだ見つけやすかったかもしれない。

 どうしてもっとラブ公を見ていてやれなかったのだろう。

 チョンカの頭はそんな後悔と自責の念がグルグルと渦巻いていた。



「おお、おはようございます。西京さん、チョンカちゃん。昨日は本当に楽しい夜でした。ありがとうございます」


「ランプさん……」


「おや、青い顔をしてどうしたのかな?」



 誰が見ても一目で分かる。起きてから今に至るまでの数分の間に、チョンカは焦りと自分への怒りで憔悴していた。

 その場にいたスジ子も心配そうにチョンカの顔を覗き込んだ。



「チョンカちゃん、大丈夫? 何かあったの?」


「あ、あのね……」「実はラブ公が見当たらなくてね。みんな、見かけていないかい?」



 チョンカが答えようとしたときに、被せるように西京がみんなに問いかけた。



「ラブ公君……? いや、見ていないな。ヒレ美?」


「ええ、私はこの家で一番早起きで、ずっとここにいましたけど、ラブ公ちゃんは降りてきていないですね」


「そうか……私達も少し記憶が曖昧でね。昨晩寝るときには既にラブ公がいなかったように思うのだよ」


「そういえば……」



 スジ子が何かを知っているのかと、下を向いて聞いていたチョンカが縋るようにスジ子の顔を見上げた。



「そういえばね、昨日みんなでお話してるときに玄関のドアが閉じた音がした気がしたの……もしかしてそのときに……」


「ラブ公!」



 走り出そうとしたチョンカの肩を西京が掴んで止める。



「ランプ君、この町にも自警団のような組織はあるのかな?」


「え、ええ、もちろんあります。まずはそこを訪ねてみましょうか。何か分かるかもしれない。スジ子、すまんがワカメ門へ行って今日は仕事を休むと伝えに行ってくれないか?」


「分かった!」


「西京さん、チョンカちゃん、そうと決まれば急いで行きましょう。チョンカちゃん、大丈夫! きっと見つかるさ!」


「お、お、おじちゃ~ん……」



 涙をボロボロ零しながら、仕事を休んでまでラブ公捜索を手伝ってくれるランプにチョンカは頭を下げた。

 その頭を優しく撫でながらランプはなんだか娘がもう一人増えたような気持ちになっていた。



「あなた! ワカメ!」



 ヒレ美が持ってきた身に纏うためのワカメに急いで袖を通し、ワカメ帽を被ったランプは息を大きく吸い込んだ。



(こんなことで返せるほど小さな恩じゃないが、少しでも返したいからな!)


「じゃあ行ってくる!」



 ランプはヒレ美にいつもよりも力強くそう言った。もちろんヒレ美もランプと同じ気持ちであった。



「いってらっしゃい、あなた。しっかりね!」


「ああ!」



 チョンカはランプと西京の後について外へ飛び出した。今まで経験のない、痛いくらいに早く強くなっていた鼓動に耐え切れず、胸を抑えながらワカメシティの纏わりつくような湿った空気を掻き分けて走った。

 ワカメシティの空は、初めて見たときと同様、暗くて重たい雲が渦巻いていた。

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