チョンカ達を家に招待してくれた気さくな男はランプと名乗った。
ランプは自分の仕事が終わるまでチョンカ達を待たせておいた。チョンカ達がワカメシティに着いたのが夕方ごろだったこともあり、待ったと言ってもそれほどの時間ではなかった。
ランプの家は門のすぐ近くで城壁に沿って建てられたものであった。
なんでも昔はこの家ではなく門番になったと同時に引越しをしてきたらしかったが、二階建ての、生活を営むには何の問題もない普通の家であった。屋根からワカメが垂れ下がっていることを除けば、だが。
「さあ、歓迎しよう。入ってくれ」
「おじゃましまーす!」
ラブ公がウキウキしながら一番乗りで家に上がり、その後からチョンカと西京がついて行く。
通された場所は客間で、奥にはキッチンも見えた。
「あらあなた、お客様なの?」
キッチンから顔を出したのはランプの奥さんであろう、エプロンで手を拭きながら牛の女性がやってきた。
「ああ、こちら旅のエスパーでね、西京さんとチョンカちゃんとラブ公君だ。とてもいい人たちでね、今日から三日程うちに泊まってもらうことにしたのだよ」
「あらあらまあまあ、狭い家ですがどうぞごゆっくりなさっていってくださいな。やだわ、そうと決まれば人数分のご飯を作らなくっちゃ」
「すまんな、ヒレ美。前もって言うべきだったのだろうが、出会ったのがついさっきでなぁ」
身に着けていたワカメをハンガーにかけながら妻を気遣うランプは、ワカメのせいで分からなかったがやはり牛だった。
「スジ子はどうしてる? 自分の部屋か?」
「ええ、いるわよ。スジ子ちゃーん! ちょっとこっちへおいでなさいな!」
「んー? なんかどっかで聞いたことある名前じゃね、先生」
「奇遇だね、チョンカ君。私も聞き覚えがあるよ」
程なくして廊下へ続いているであろう扉が開き、見覚えのある顔が見えた。
どうやら向こうもチョンカ達には見覚えがあったようで、目を丸くしていた。
お互いにインパクトのある出来事であったので忘れようはずもないのだがそれでも十五年も前のことである。唯一外見の変わらない西京がいなければスジ子は気付かなかったかもしれない。
「あ、あなた達は……もしかしてあの森の……?」
「なんだスジ子、まさか知り合いなのか?」
「え……っと、西京さん……でしたよね?」
「いかにも西京だよ。君は私の森で出会ったスジ子君だね? 久しぶりだね。まさかランプ君が君のお父さんだとは思わなかったよ」
「スジ子、まさか昔助けられたエスパーとは西京さんのことなのか?」
思いもよらない偶然にランプは興奮していた。出会ったときから西京とは何か通じるものを感じていたし、エスパーとは言えど子供連れでもあったし話してみると気分のいい連中だと思った。連れ帰った彼らが娘の恩人だったと分かればその気持ちも当然であった。しかしながら西京にはここで一つ、ランプにはばれないようにスジ子に確認しておかなければいけないことがあった。
『スジ子君、驚かずにそのまま聞きなさい』
突然頭の中に語りかけられて体が硬直するスジ子であったが、それがエスパーのテレパシーであることに気付き、静かに頷いた。
『その様子ならこれがテレパシーだと分かっているね? 今の状態であれば君は考えるだけで私と意思の疎通ができるからね。聞きたいことがあるのだよ』
『……はい、兄のことでしょうか?』
『そうさ。私達は君達の家族を壊したりしたいわけではないからね。確認しておかなければならないと思ったのさ。君はあの時、兄は崖から落ちたことにすると言っていたがご両親にはどうお話したんだい?』
『本当のことは伏せています。二人には、私達兄妹が崖から落ちそうなところを西京さんに助けられたけれど、兄だけは落ちてしまって死んだということにしています』
『そうだったのか。分かったよ。話を合わせたほうがいいんだね?』
『……西京さん、本当にすみません。こんなことになるとは思ってもいなかったのです。本当にごめんなさい……私、お世話になった西京さんになんて言って謝罪すればいいか……もしも西京さんが気分を害されるのであれば本当のことをお話していただいても構いません!』
『ふふ、構わないさ』
テレパシーを切った西京はランプに向き直った。チョンカは西京とスジ子がテレパシーで会話をしていたことが分かっていたのか、成り行きを見守るように西京を見ていた。
「ランプ君、ヒレ美君、スジ子君、私の力が及ばず、お兄さんのスジ太郎君のことを救えなくて本当に申し訳なかったね」
西京はランプ一家に頭を下げた。
そう、スジ子の作り話では西京はスジ子を救いはしたがスジ太郎は救えなかったということになっている。当然西京が取るべき行動は謝罪となる。十五年前、スジ子は西京達とは今後会うことはないと思っていたので話をそれで通したが、時を経て意図せず再会してしまったのだ。
そして話を合わせると西京は言った。この時点でありもしない罪を着せて西京を謝罪させることになってしまうことをスジ子は分かっていた。だからこその、テレパシー中のスジ子からの謝罪であった。
スジ子は当時十歳くらい、今は25歳前後ということになる。なるほど、大人になるわけだ。西京はそんなことを考えながら一家に頭を下げていた。この娘は私が話を合わせた場合、謝罪しなければいけないことを理解しそれに対し心苦しく思っている。本当のことを話していいとすら言った。それだけで十分であった。
西京とて、チョンカが楽しみにしてやってきたこの一家の平穏を壊すつもりはないのだ。
「どうか顔を上げてください、西京さん」
「ええ、ええ、そうですよ。スジ太郎は私達の制止を振り切って理由も言わずに自らの意思で森へ出かけて行った結果なのです。親である私達は自分を責めることはあっても、スジ子を救っていただいた西京さんを責めることなんてできません」
「ヒレ美の言うとおりです。スジ子ももう一度、よくお礼を言いなさい」
スジ子と西京の目線が合う。スジ子は既に目に涙を溜めていた。
「西京さん……本当に、本当にありがとうございます」
当時五歳であったチョンカも何があったかは覚えていた。5歳の頃の記憶など曖昧なものが多いがあれだけインパクトのある牛の兄妹を忘れられるものではない。事実とは違うことで謝罪した西京に対して述べたスジ子の感謝の言葉は、その後ろに謝罪が隠れているのだろうなと、チョンカは感じていた。
そして同時に、西京が先生でよかったなと思ったのであった。
こうして、ただ一人ついていけていないラブ公を除き、嬉しい再会の夜は更けていくのであった。