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門番のおじちゃん

「ワカメ……じゃね……」


「ああ、ワカメだね」


「すっごく海の匂いがするよ!」



 一行は城壁の真下、堀にかかる跳ね橋の上にいた。

 三人が真下から見上げる城壁は大層高く見えたし、城壁外周に設置されている堀も相当立派なものだった。

 きっと外敵からの防御の面においてはかなりの効果を発揮するのではないかと、素人のチョンカでさえ考えが及ぶほどだ。

 ただそれも、まともな状態であればの話であったが。



「堀の中、ワカメで溢れとるね……」



 城壁からはワカメが大量に垂れ下がり、もはや壁の部分が見えないほどになっていた。

 堀の中には勿論水が流れているであろうが水面に溢れるワカメで水など見えない状態であった。



「とにかく中に入ろうじゃないか。ここで見上げていても仕方がないからね」


「僕いっちば~ん!」



 走り出したラブ公を遮るように槍を持った門番の二人が立ちはだかった。



「こらこら、待ちなさい。君たちはこの子の連れかね? エスパーのようだが……ちゃんとした手続きを踏んでもらわないと町の中には入れられないよ?」


「いやぁ、すまないね。まだ子供なものでね」



 門番の二人も勿論ワカメにまみれていた。鎧を着ているのだろうがワカメで金属部分は見えないほどだ。

 海中に潜ればワカメに擬態できるであろうほどにワカメであった。



「おじちゃんら、そんなにワカメつけてて暑くないん……?」


「はっは、珍しいだろう? まぁこれも慣れだな」



 道中に出会った男もそうであったが、頭からワカメを被っているため顔からなにから水浸しで足元にも滴っていた。



「手続きの前にお伺いしたいのだが、この天候は自然のものではないね?」


「ほう、さすがエスパーですね。その通りです。この町を取りまとめておられるワカメボーイ様が、皆のワカメが乾燥しないようにと町の湿度を常に100%近くに保っていらっしゃるのですよ」


「なるほどね。本当にワカメが好きなのだね。そのワカメボーイとやらは」


「ははは、ええ本当に。我々も多少不便は感じているのですがワカメさえ大事にしていれば他の町よりもずっと安全に生活できますからね。ワカメ様様ですよ、まったく」



 きつい磯の臭いを漂わせワカメの水分と湿度でべちゃべちゃになりながら、門番は笑ってそう言った。

 どうやらワカメボーイの功績なのだろう、この町でエスパーはそれほど悪い人種だという認識はないようだ。

 町や住民の様子に不気味さを感じつつもチョンカはそこに少しだけホッとしていた。



(ワカメボーイ、聞けば聞くほどキモイけど、いい奴なんじゃね。町はともかく、門番のおじちゃんも笑っとるもん)


「さぁ、あなたたちはこの町は初めてでしょう? そちらの詰め所で書類を書いてください。目的やおおよその滞在日数を書くだけの簡単なものです」



 そうして門番たちに通された詰め所でチョンカが代表して書類を書いた。

 エスパーが訪れることもたまにあるようで、それほど奇異な目で見られることはなかったが、やはり珍しいのか興味があるのか世間話程度で詰め所の兵士たちは西京と歓談をしていた。



「ほぉ! 成程! いやぁ西京さんは本当に物知りだ!」


「いや、それほどでもないさ」



 一応文字や計算を西京から教わっていたが、チョンカは勉強があまり得意ではなかったし、ましてや書類を書くなど苦痛を感じてしまうレベルであった。話に早く混ざりたくてウズウズしながらチョンカは書類と格闘していた。



「チョンカちゃん、書けた?」


「うっし! これで終わり! 門番のおじちゃん、これでええかな?」


「どれどれ……ふむ、いいだろう。ようこそ、ワカメシティへ。ワカメしかない町だけど、君たちを歓迎するよ」


「おっと書類が出来たようですな。いや、西京さんのお話は為になる。機会がありました是非また寄って頂きたい」


「こちらこそ、わずかではあったが楽しい時間を過ごさせてもらったよ。さあ、チョンカ君、買い物の前にまずは宿を探しにいこうか」


「はーい先生!」


「おお、宿ですか。ふーむ……」


「おや? 宿に何かあるのかい?」


「いえ、西京さんたちはこの町は初めてでしょう? 正直ワカメだらけでうんざりされてると思います」


「そうだね、入り口のこの場所にいるだけでもうお腹いっぱいさ」


「ははは、そうでしょうなぁ。宿となると本当にワカメだらけですからね。どうでしょう、もう少し歓談させていただきたくもありますし、3日程であるなら我が家へお越しくださいませんか? 一般家庭ですからね、家の中にはそこまでワカメはないのですよ」


「うーむ、チョンカ君、どうするね?」


「えっ、えーっと……ねえおじちゃん」


「なんだい?」



 チョンカは質問すべきかどうか躊躇ったが、外で会った男も含め、出会ったこの町の住民は皆気分のいい連中に見えたので思い切って聞いてみることにした。幼少の頃、一般人に石を投げつけられた経験を持つチョンカは心の中でそうなのだろうとは思っていても実際に聞かずにはいられなかったのだ。



「おじちゃんは、エスパーが怖くないん?」


「はっはっは、そんなことか。ワカメボーイ様は普通のエスパーとは違ってこの町の住民を守ってくださるからね。それに個人的な話なんだが、昔娘がエスパーに世話になったことがあってね。確かに悪さをする者も多いことは事実だが、町の者も、私も、エスパーに対して悪い感情は持っていないさ。エスパーにも色々いるのだろう?」


「……えへへ! うん! そうじゃよ! エスパー全員が悪いわけじゃないんよ!」



 にかっと太陽のような無邪気な笑顔を見せたチョンカを見て、西京はそれだけでもこの町に来て良かったと思うのだった。



「チョンカちゃん、よかったね! チョンカちゃんが嬉しいと僕も嬉しいよ!」


「ありがとう、ラブ公!」


「それでどうする? おじちゃんの家に泊まってくれるかい? さっきも言ったけど君と同じ年頃の娘がいるのだよ。話し相手になってやってくれないか?」


「え! そうなん? うわぁ、楽しみ! じゃあ折角じゃし、お世話になります!」



 旅での新しい出会い。出会った者が皆気さくに笑いあい助け合う。そこに一般人とエスパーの垣根はない。

 チョンカが旅を始めて感じていた自分自身への重荷や、それに対する緊張がゆっくりと溶けていった瞬間だった。

 出会う人皆がこんな人たちばかりならいいのにと思わずにはいられなかった。

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