「ねぇ西京、アークレイリに行くのにテレポーテーションは使わないの?」
ラブ公からの質問に億劫どころか殺意さえ抱いた西京だったがそんなことは微塵も感じさせずに答えた。
「確かにテレポーテーションを使い足して移動をすればエスパーではないラブ公を連れていたとしても一日もあれば行けるだろうね。でもさっきの話にもあったようにそれではチョンカ君の目的が達成できないからね。特に急ぐ旅でもないから歩いてのんびり行けばいいさ」
「あー、そっかぁ! それじゃあ歩いていくのが一番いいんだね!」
「うち先生とラブ公が一緒なら歩いていくほうが楽しいけんそれでええと思っとるよ」
「とりあえずこのまま歩けばケプラという町だからそこへ行こう。私が知っている限りではケプラは港町で栄えてはいるけれどとても静かでいい雰囲気の町だよ」
「港町! 先生、海があるん?」
「そうだね、チョンカ君は海は見たことがないのかな?」
「ないよ! じゃけぇぶち楽じゃわ!」
ケプラは旧ダール王国の中で一際栄えていた港町であった。
西京にとってもチョンカと知り合う前は海産物を略奪という名の仕入れにちょくちょく出掛けていたこともあり見知った町であった。
海と聞いてスキップを踏むチョンカを見て西京はほっこりした気持ちになったが、チョンカの後ろを同じくスキップで付いて回るラブ公を見て黒い気持ちにもなった。
「おーい、チョンカ君、そんなにはしゃぐと危ないよー……んっ?」
スキップを踏むチョンカ達の先に、何か黒い物体がうごめいていた。
「せ、先生! なんか変なもんがある!」
同じものを見つけたチョンカがラブ公を抱えて急いで西京のもとへ戻ってきた。
「なんだろうね、あれは」
警戒しつつ近づいてみると、どうやら人の形をしたその黒い物体も、こちらに気付いた様子だった。
「おーい! お前さんたち!」
黒い物体は手を振りながら走りながら近づいてきたのだ。
「チョチョチョチョチョンカちゃん!」
「げ、喋った! しかもこっちに来よる!」
「まあまあチョンカ君、どうやら悪意はないようだよ」
しっとりと香る磯の匂いを振りまきながら、それはやってきた。
「わ、わ、ワカメじゃ……」
男はワカメの束を頭から被り、ワカメでできた服を着ていた。
「お前さんたち、この先にあるワカメシティに行くんかい?」
「ワカメシティ? はて、この先にあるのはケプラという港町だったはずだが?」
「あーやっぱ知らんかったか。ケプラはの、昔の名前での、今はワカメシティという名前になっとる」
「ワカメシティ……それはまた斬新な都市名になったのだね。それであなたのその格好はなんだい?」
さすがの西京も驚きを隠せず質問をしたのだが、男は頭のワカメを掻き分けながら少し恥ずかしげに答えた。
「いやぁ、外の人には随分珍しい格好に映っとるかもしらんが、ワカメシティではこの格好でなけりゃいかんのやわ。10年ほど前やったかの、当時町におったエスパーさんがあまりにも悪さをするんでの、外から来たワカメボーイさんっちゅうエスパーさんが懲らしめてくれたんやわ」
「ワカメボーイ……頭おかしいんじゃないん? そいつも……」
「いやいや、ワカメボーイさんはエスパーさんにしては珍しくちゃーんと町を守ってくれとるで。ただの、海草類憐みの令っちゅうもんを町に出しての、海草、特にワカメを大事にせにゃあかんっちゅー決まり事を作ったんじゃわ」
「僕、ワカメ大好きだよ!」
「黙れ。お前は黙れ。殺すぞ」
「えっ! ……西京、今殺すって……?」
「それでその格好もその憐みの令とやらの範疇なのかい?」
西京の呟きはラブ公に届いたようだが、そんな呟きはしていない体で話は進む。当然だがチョンカには聞こえていなかった。
「ほや。ワカメを大事にせにゃならんっちゅーての。住民はこんな風にワカメを身につけにゃ罰せられるんやわ。もちろん食べることは御法度や。それ以外は本当にええエスパーさんなんやがの。ただ、これさえ守っとりゃ普通に生活ができるで誰も文句は言わんのやわ」
「お、おじさん、ワカメ、臭くないん?」
「ほっほっほ、ワシらはもう慣れてしもうとるでの。大して気にならんわ」
本人は慣れていても臭いものは臭い。チョンカは嗅いだことのない磯の匂いに顔をしかめていた。
「それで、大切なことなのだが、我々も町に入るためにはワカメを身につける必要があるのかい?」
「いんや、旅のお方は特に気にしなくてもええ。ただワカメボーイさんに用事がありなさるんなら、話しは別だがの」
「先生、ワカメボーイに用事はないじゃろ?」
チョンカは願いのこもった眼差しで西京を問い詰めた。ワカメボーイに会うためには目の前の男のようにワカメを被らなければならない。港町は楽しみだがそれは勘弁願いたい。そんなチョンカの気持ちは丸分かりだ。
「そうだね。ワカメボーイとやらに用事はないね。興味はあるけれど」
「じゃろ? じゃろ? 決まり! 町には入るけどワカメボーイには会わんようにしよう?」
「お前さんら、何日か町に滞在するなら門番さんのところで許可は得にゃならんからの。それだけは覚えときや」
「ふむ、色々教えていただいて助かったよ。ありがとう」
「なんのなんの、ほんま、ワカメしかない町やがゆっくりしていってや」
そう言ってワカメの男と別れたチョンカたちは再び町に向けて歩き出した。
「先生、さっきのおじちゃん、うちらのこと怖がっとらんかったね」
「そうだね。私もチョンカ君もマフラーをしているけれど、特に何も言われなかったね」
そうなのだ。この世界ではエスパーの評判は悪く、その象徴たる長いマフラーの装いの人間を見ると話しかけるどころか近づくことすら有り得ないというのがこの世界の常識だった。
それにもかかわらず、ワカメの男は気さくに話しかけ色々な情報を教えてくれたのだ。
「ワカメボーイとやらはエスパーだが、町の人には受け入れられている。そういうことなのだろうね」
「ちょっと信じられんけどそういうことなんじゃろうね……」
「ね、ねぇ西京、さっき僕に殺すって言わなかった?」
「えー、ラブ公、聞き間違えたんじゃないん? 先生はそんなこと絶対言わんよー」
「ん? 私はそんなこと言った覚えはないよ。何かと聞き間違えたのかな?」
「そ、そっかなぁ……」
考え込むラブ公だったが目の前に見えたものに気が付いて思考が切り替わる。
「ん? あ! チョンカちゃん! もしかしてあれがワカメシティじゃない?」
ラブ公の指差す方向に町の城壁が見えていた。
城郭都市にして港を有するワカメシティ。その空には暗雲が広がり、今にも雨が降り出しそうな、いかにも何か起こりそうなその様相を見たチョンカは一抹の不安を覚えていた。