「けんっ、けんっ、ぱっ!」
「ラブ公ー! 気を付けて歩きぃやー」
ヤマブキの襲撃から二日、チョンカ達はアークレイリ王国を目指して旅をしていた。
遊びながら前を進むラブ公を追いかけつつ、チョンカは後ろからついてくる西京に目をやった。
チョンカは自分の師である西京のことをとても尊敬していた。それと同時に、可愛くも思っていた。
西京は背の高い大人のリスだった。顔が可愛いのだ。チョンカは西京の性格とは真逆といってもいいその風貌をとても気に入っていたのだ。ただし、消防士が被る帽子を被り、股間に葉っぱをつけて歩いているのはちょっと良く分からないが、その辺りのこだわりは最近ではもう気にしないようにはしている。
とにかくチョンカにとって西京は命の恩人であり、育ての親であり、エスパーの師匠でもあるのだ。
後ろで見ていてくれるだけで安心感が違う。そう思いながら西京に目をやっていたのだ。
「ん? チョンカ君、何かあったのかい?」
「え? ううん! なんもないよ、先生。そういえばアークレイリまでどのくらいかかるん?」
西京は基本的にあまり表情を変えない。それどころか姿勢がいつも同じだ。右手を腰に当て、右肩の前で左拳を握っている。不思議なことに西京のこの姿勢以外は見たことがなかった。というか、この姿勢で今までどんな場面だって不備がなかった。考えるとちょっと深みにはまりそうだったのでチョンカはそれ以上考えるのをやめた。
そうそう、表情を変えないと思ったが、最近では少しだけ分かるようになってきたのだ。
ちなみに今の西京は考え込んでいる。
どのくらいかかるのか、ということと同時に、多分やらなければいけないことを再確認しているのだろう。
お気楽チョンカにもそのくらいのことは分かるのだ。
「一ヶ月以上はかかるだろうね。結構遠いと思うよ」
「そっかー、結構かかるんじゃね。でもうち外の世界って初めてみたいなもんじゃもん、ぶち楽しいよ!」
「ふふ、そうだね。そうだ、チョンカ君、アークレイリはとても寒いと思うよ。途中に大きな町がいくつかあるから、どこかで防寒具を買わないとね」
「うわぁ、大きな町かぁ! 楽しそうじゃね!」
「この先にも少し大きな町があったはずだよ。防寒具も必要なのだけれど、とりあえず旅をするにあたって必要なものを揃えておかないとね。全て燃やしてしまったから着の身着のまま旅に出るしかなかったからねぇ。仕方がないのだけれどね。そうそう、小さな村と違って町ともなると、それなりにエスパー対策がしてあったりするのさ。大体一人は防衛用にエスパーを雇っていたりするよ」
「へぇ! そうなんじゃ! そういう真面目なエスパーもやっぱりおるんじゃね!」
「……いや、大抵はその一人のエスパーが守ってやるという大義名分を盾に町で徒党を組んでやりたい放題しているね」
「さ、最低じゃね」
「ふむ、まぁどこもそんな感じだよ。さて、徒党を組んで悪さをしているとは言っても自分の縄張りさ。当然町全体に「網」は張っているだろう。つまり我々が町の敷地内に踏み込めば感知されてしまう可能性は限りなく高い。つまり一般人に遠慮してマフラーを外して歩いたとしてもエスパーには分かってしまうということだね。本当に買い物だけが目的なら我々は町の外で待機してラブ公を使いに走らせるという方法もあるね。その場合、ラブ公は帰ってこないかもしれないけれどね」
「え、なんでラブ公帰ってこれんのん?」
「ああ、えーっと、そう、珍しい種族だからね。捕まってしまうかもしれないという意味さ」
一瞬西京の目が泳いだような気がしたが、チョンカも、いつの間にか会話に参加していたラブ公も特に気にしなかった。
「えー、僕ならへっちゃらだよぅ! 西京が買い物してこいって言うなら僕頑張るよ! チョンカちゃんの為でもあるんでしょう?」
「ふむ、まあしかし、それは最終手段としたいところだね」
「どうしてー?」
ラブ公が首をかしげる。首は見当たらないのだが、かしげたような気がする。
「チョンカ君の目的さ」
「あ、そうか。 うちはそんな悪いエスパーが許せんから旅しとるんじゃった」
「そうだね。無意味に争う必要は勿論ないのだが、少なくとも自分たちで町の様子を見てみない事には旅の意味もないだろう?それに、本当に悪いかどうかなんて会って話をしてみないと分からないことさ。一方的に悪いエスパーだと決め付けてかかるのも乱暴だろう? エスパーは大抵悪人が多いとは私も思うけれど、偏見で石を投げつける一般人も大概さ。そうだろう? チョンカ君」
「……うん、確かにその通りじゃと思う。じゃけ、うちらは正しくありたいと思っとるん。それが人にどう映るかは分からんし、石を投げられる結果になったとしても、うちはうちの中の正しさを貫きたい」
「まぁ難しく考える必要はないさ。適当にふらっと町に入って、その町のエスパーに一言挨拶をしておいて、数日町に滞在して問題がなければまた旅を続けるくらいの軽さでいいと思うのだよ。勿論町の中では無用な争いを避けるためにマフラーを外しておいたほうがいいかもしれないけどね。あとは自分の思うように行動すればいいさ」
この世界は全てチョンカ君の教材さ。とでも言いたげな西京を見て、チョンカは少し嬉しくなったのと同時に恥ずかしくもなる。少々過保護だなと弟子から見ても思うからだ。
世間の誤解を解いて回る。悪いエスパーを懲らしめる。
そう言ったのは自分だが、チョンカは最近分からなくなることもあった。
何が正しくて何が悪いかなど、人それぞれのはずではないかと気付いたのだ。
ただ、自分の正しさを信じて疑わない不動の師匠、西京のそばにいると、考えなくても大丈夫なのではないかと安心してしまうのだった。それは単純に西京に甘えているだけで、守ってもらっているということに他ならないのだが、チョンカはその問題を保留しておいた。きっと自分の目的も西京がいなければ達成できないかもしれないが、それに関しても深く考えることをやめた。
西京と離れるつもりはないのだから。
しかしそれはチョンカが悪いわけではない。全ての若者にとって仕方のないことだ。その未熟さゆえに深く考えられないこともまた年相応ということなのだ。
「先生、本当に今更なんじゃけど、目的地はアークレイリでええのん? ヤマブキがおるかもしれんよ?」
「問題ないさ。そのヤマブキが目的だからね。私を襲ってきて生きているのは今この世の中でヤマブキだけだよ。さっさと倒して記憶を改ざんしておかないと寝覚めが悪いじゃないか」
倒すという表現はチョンカ用で、本当は殺すつもりでいる西京であるがもちろん目的は他にもあった。
(アニムスの鍵のことを少し調べておきたいしね。奴は古い文献が見つかったと言っていた。それには是非目を通しておきたいね)
「というわけで当面の目的は、町や村を見ながらアークレイリを目指し、ヤマブキをこ……うさんさせて、記憶を改ざんする、ということでいいかな?」
「はーい! うちはそれでいいと思う!」
「僕もそれでいいと思うよ! 僕はチョンカちゃんについていくだけだからね!」
こうしてチョンカ達は近くの町を目指して歩き出したのだった。
後ろからの追跡者にも気付かずに……