「さぁチョンカ君、入りたまえ」
私の家は一階建てのログハウスでね。リビングと客室が二間と寝室、それと研究室が地下にあって特別大きな家ではなかったのだよ。ふふ、意外かい? 暇なときには外に出てパイプを銜えながら油絵を描いたりしたものさ。
「ここがせんせーのおうち……」
「今日からはチョンカ君の家でもあるのだよ? さぁ、今日はもう疲れただろう? 客室をチョンカ君の部屋にしていいから、もう寝たまえ」
「せんせー」
「ん? なんだい? チョンカ君」
「せんせー、うちね……」
尊敬と感謝の入り混じった視線、私を見上げるチョンカ君は言葉に詰まりながら自分の気持ちを伝えようと一生懸命だったのさ。
「助けてくれてほんまにありがとう……うちね、ちゃんとせんせーの言う事聞くけーね、だからずっとうちのせんせーでおってね? お願いします!」
一瞬なんのことかと思ったのだけどね、そういえば助けたことになっていたね。
「チョンカ君私はね、私のすべてを残すことを以前からずっと望んでいたのだよ。それが君のような可愛い女の子なら尚更私にとって嬉しいことさ。それに、まるで娘ができたようさ。時間はたくさんある。ゆっくりここでエスパーの修行に励んでくれるかい?」
「はい! ……えへへ」
それからというもの、ずっとチョンカ君の修行の日々だったよ。
何年くらいだろうね。少なくとも十五年は修行していたんじゃないかな? まぁ修行中なのは今も変わらないのだけれどね。基礎の全てと応用技術、あとはチョンカ君の独自の技なんかも開発したり、とても有意義な時間だったよ。
ラブ公? ああ、そういえば……
あのゴミクズのことは話す必要もないと思っていたのだけれど、聞きたいのかい?
あんな気持ちの悪い生命体がこの世に存在していたとは驚きだけれど、まさかチョンカ君が気に入るとは思っていなかったね。何度も殺そうとしているのだけれどね。全部失敗さ……
私が殺意を抱いているにもかかわらず死んでいないのは、あのゴミくらいのものさ。
えーっと……あのゴミが我が家にやってきたのは、えー、あー、修行に入ってから3年位してからだったかなぁ……
チョンカ君はあの日も元気に修行に励んでいたよ。
「チョンカ君、パイロキネシスはもう合格だね。あとは日々の練習で威力を高めていくだけさ」
「はい!」
「今日からはクレアボヤンスを練習しようか」
「クレ……ヤンス?」
「物を透かして見たり、遠くの物を見たりする能力のことさ」
ちなみに、パイロキネシスは私が最も得意としている発火能力のことだよ。ふふ。
「チョンカ君、まずは第三の目、サードアイを開眼させる必要がある。その目はチョンカ君の可愛い目では見ることの出来ないものが見える目だよ」
「第三の……目?」
「そうさ、その目はね色々なものを見通す目さ。袋の中身、壁の向こう側、山の向こうの村、海を挟んだ向こうの国。チョンカ君がなくしてしまった何かも見えるかもしれないし、もしかしたら過去や未来を見るかもしれないし、この世の者ではない何かを見ることができるかもしれない。そんな第三の目が、チョンカ君の眉間にあると強く想像してごらん。具体的に、強く想像できれば第三の目は開眼すると思うよ」
「えっと、せんせー、うち分からんかも」
申し訳なさそうに、少し困り顔で、それでも正直に分からないことは分からないと言ったチョンカ君は教える立場から見ても好感が持てるよ。
「ふふ、少し難しかったようだね。そうだねぇ、ではこの袋の中身を見てごらん。もちろん袋を開けてはいけないよ。透視するんだ。集中して、袋を透かして中身を見るんだよ」
私は袋を取り出して目の前にあった切り株の上に置いたのさ。チョンカ君はさっそくウンウン唸りながら見ていたね。
「ではチョンカ君、私は家で晩御飯の支度をするので日が暮れる頃には戻ってくるようにね」
「はい!わかったー!」
それからいくら待ってもチョンカ君は帰ってこなかったのさ。晩御飯も出来て、日が完全に沈んでしまってね。
さすがに探しに行こうかと家を出ようとしたときだった。
「ただいま。せんせー遅くなってごめんなさい」
「心配したよチョンカ君。やはりテレパシーを先に教えるべきだったか。……ん? チョンカ君、その脇に抱えているものは何だい?」
「えっと……ね、せんせー、拾ったん。あのね、ちゃんと躾けるけー、ここで飼ってもええかな?」
「ふふ、何か動物を拾ってきたのだね? チョンカ君が責任を持って世話をすると言うのなら認めようじゃないか」
上目遣いでおねだりしてくるチョンカ君は可愛い、可愛いのだけれど、この時チョンカ君の可愛さに思考停止してしまったことを私は後でかなり後悔したさ。
せめて何の動物なのか確認してからでも許可を出すのは遅くはなかったはずだからね。
「やった!! 良かったね、ラブ公。うちで飼ってもええってにしきょーせんせーのお許しがでたよ!」
その動物は大きな顔に短い手足が生えているような構造をしており。うさぎのような耳がピョコンと立っていた。それだけであれば何やら可愛らしいものを想像できそうだろう? でもスネ毛のような毛が全身から生えていてね。身の毛がよだつほど気持ち悪い見た目をしていたね。君はラブ公の姿は覚えていないのだろう?
あの時は見た目も気持ち悪いとは思っていたけれど、それよりも今までに見たこともないし、文献でも知らない。まさか新種なのだろうか、と思っていたのさ。まぁそれも今となっては知らなくて当然なことなのだけれどね。
「チョンカ君、その……何だい? それは?」
「ラブ公じゃよ。ラブ公! ほら、せんせーにご挨拶せんといけんよ!」
チョンカ君は脇に抱えていたラブ公を床に立たせた。
そしてやつの唇がゆっくり動いたのさ。
「にしきょー、よろ……しく」
かすれたような、つぶれたような、搾り出されたように濁った声が響いたのだよ。
この声に不快感が大いにあったし、今もそれは変わらないのだけれど、正直に言うとね、この化け物のような新種の動物が、まさか言葉を喋ると思っていなかったのさ。この時は驚きのほうが大きかったのさ。
「あ、ああ……よろしく」
「わぁ! よかったね、ラブ公! これからよろしくね」
「チョンカちゃん、グフフッ」
なんだこの生き物は……冷静になればなるほどに黒い気持ちが沸いてきたさ。自分としてはあれ程あっけにとられたことも珍しいんだよ。
チョンカ君といるとそういうことばかりで飽きないのだけれど、ラブ公の件に関してだけは本当に勘弁して欲しいと思うよ。
もちろんすぐに殺そうと思ったさ。
さっきも言ったけれど何度も半殺しにはしてきたのだよ。君には悪いけどね。
あの時もチョンカ君に許可を与えてしまったものの、正気に戻った私はすぐに殺そうとしたさ。
しかし、チョンカ君にかなり懐いていてね。それにチョンカ君の可愛がり様も相当なものなのさ。
ラブ公がチョンカ君と別行動をとることは本当に極僅かなのだよ。
「ところでチョンカ君、君はそのラブ公とやらをどこで見つけたんだい?」
「えっとね、せんせーに言われて、うちずっと透視の練習をしてたん。ずっと袋を見てたんじゃけどね、せんせーの言うように袋が透けて中身が見えたんよ」
チョンカ君はあの短時間でクレアボヤンスができるようになっていたんだね。
サードアイの開眼は難しく私でさえもかなり時間を要したのだけれどね。さすがはチョンカ君さ。
「ふむ、それは素晴らしいね。それで?」
「うんとね、袋も透けて見えて、もっと頑張ったら袋が置いてあった切り株や地面も透けるようになったん」
「……なんと……」
「そしたらね、真っ白になってラブ公が助けを求めてるのが聞こえたん。どこにいるか一生懸命探したら真っ白の中で倒れてるのが見えて、それで助けに行ったんじゃよ」
クレアオーディエンスも発動させていたのだね。遠視との併せ技で見つけたということだね。
カスのことはどうでもいいのだけれど、教えてもいない能力まで身に着けてしまうとは恐ろしい才能さ。
「助けたときにはラブ公も意識がほとんどなくて、近くの川で水を飲ませてあげたんじゃよ」
「そうだったのかい。それは大変だったね。今日はご飯を食べたら休むと良いさ。ラブ公はこっちにきなさい。怪我や病気がないかどうか診るとしよう」
「ぼ、ぼく、チョンカちゃんと離れたくないよ……」
イラ
「いいから来たまえ。君が何者でどうしてここにいたのかも聞いておきたいのだよ」
「で、でもぉ……」
イライラ
「……チョンカ君」
「ラブ公、せんせーの言う通りにしよう? 怖がらなくても大丈夫じゃけね」
「うん、分かったよぅ」
「じゃあ一緒にご飯食べようね!」
イライライラ
こいつのビジュアルも、チョンカ君への甘え方も、全てが罪で全てが私をイラつかせる。
チョンカ君から離れたが最後、何者でどうしてここにいたのかなど関係ないさ。
八つ裂きにした上で存在そのものを消し去ってくれよう。
そう思っていたのさ。
そして晩御飯の後さ。
「じゃあうちは寝るけぇね、ラブ公も健康診断が終わったらうちの寝室にくるんじゃよ」
「うん! わかったよ!」
チョンカ君が出て行き、そして寝室の扉が閉まる音を確認できるのを待っていたのさ。
「にしきょー、健康診断って」
パタンと音が聞こえた。
その瞬間に私はクズをサイコキネシスで空中に浮かばせ、さらに圧力をかけて拘束したのさ。
「グゲァ……ゴァ……」
「黙れ。それ以上声を発することを許さないよ。汚らわしい。もっとも、気圧で締め上げて動けなくしているからね。言葉も出せまい。私のチョンカ君に取り入って何のつもりか知らないけれど、貴様のような不愉快な生物はこの世から消えたほうがいい」
骨が軋み、折れる音がして、ラブ公の目と口から血が流れる。
「にし……きょ……」
「ふむ、抵抗はしないか。貴様が何なのかは知らないけれど、抗うような力はないようだね」
「やめ……て……」
「ふふ、パイロキネシスで魂を燃やすとね、炎色反応を起こして美しいエメラルドグリーンになるのさ。貴様のような醜い生き物の魂も、果たして同じ反応がでるのかな? 試してみようじゃないか」
あと一歩のところだったんだけれどね……お喋りが過ぎてしまったと反省したさ。
「にしきょーせんせー! ラブ公! 明日ね、三人で森の木の実を拾いに行こうや!」
突然チョンカ君が戻って来たのさ。本当に運がいいのだよ。こいつは……
いや、ばれるなんてそんなヘマはしないさ。一瞬で回復させた上にクレアエンパシーの応用で精神に干渉して記憶を操作しておいたからね。
仕方がなかったとはいえラブ公にクレアエンパシーを使用するのはとても不快だったさ。そのおかげで分かったこともあったのだけどね。ラブ公には行き倒れる以前の記憶が全くないようでね。分からないことが分かったとでもいうのかな? 君とは違って全く興味はないのだけれど。
「あれ? 健康診断は終わったん?」
唐突な回復と精神干渉でラブ公は、視線が定まっていない様子だったよ。
「ああ、今終わったところさ。ラブ公、もう大丈夫だからチョンカ君のところへ行っておいで」
「え……あ、うん……あれ……」
「ラブ公、どうかしたん?」
「ううん、なんでもないよ、チョンカちゃん。僕疲れちゃったのかな? ごめんね」
「え、大丈夫なん?」
「うん、なんだか頭がちょっとぼーっとしてるんだ。でもそれだけだよ? 心配してくれてありがとう」
「それならいいんじゃけどね。せんせー、ラブ公のこと、何か分かったん?」
「クレアエンパシーを使ってみたのだけどね。どうもラブ公は倒れる前の記憶が全くないようだよ。それと、先ほどからぼんやりしているのもクレアエンパシーを使われた副作用のようなものだから心配することはないさ」
「そ、そうなん? ラブ公、記憶がないん?」
「うん、そうみたいなんだ」
「そんな……」
「チョンカちゃん、僕ね、チョンカちゃんと会えて本当に良かったよ。会えなかったら今頃どうなってるか分からないもんね……あのね……これからもずっと側にいていいかな?」
「もちろんじゃよ! ずっとうちと一緒にいようね。じゃあラブ公、もう寝ようや」
「うん! 本当にありがとう!」
「それじゃあせんせー、明日は木の実探しに行こうね! おやすみなさい!」
「にしきょー、おやすみなさい」
「ああ……おやすみ……」
遅いか早いかの違いさ。
今は偶然助かったけれど。
私が殺すと決めたのだから。
必ず殺すのさ。
今はチョンカ君の優しさに甘えるといい。
余命が伸びたことが
余計に貴様を苦しめる。
私とチョンカ君の間に入った罪は
貴様の魂でしか
贖えないのだよ。
あのときはそう思っていたのだけどね……いや今もラブ公に対する気持ちは変わっていないよ?
殺そうとするたびに必ずチョンカ君の助けが入るんだよ。
まぁ、あのクズの話はこの辺でいいだろう?
最後にそうだね、今まで私達は旅をしてきたわけだけど、私の家を出た話をしようか。