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スジ太郎登場

「せ、せんせー! せんせー! みてみてみて! 空中で止まれてる!」


「ふふ、うまいよ、チョンカ君。姿勢制御が出来はじめているようだね」



 自身にサイコキネシスをかけて空中に浮いているチョンカ君は、それまで姿勢制御がうまく出来ずにグネグネしたりグルングルンなっていたりしていたのだけど、やっと静止状態を保つことに成功したのさ。



「ああっ!」



 地面に尻餅をつくチョンカ君もかわいいね。静止状態を保てるのはほんの数秒だったのだけれどね。初心者にしては上出来すぎる出来だと思うよ。



「あいたたた……えへっ」


「さあ、チョンカ君、無理は禁物だよ? 今日の練習はこの辺にして先を急ごう。この森を抜けた山の頂上に私の家があるよ」



 はにかんで笑うチョンカ君を起こして、私たちは森の中に入っていったのさ。



 昼間だけど日の光が届かない。そのくらい深い森でね。入ると二度と出てこられないなんて話もあるくらいで、私は好んでここに家を建てたのさ。ひっそりと暮らせそうじゃないか。それに頂上のほうは日の当たる所も多いのさ。



「せんせー、真っ暗じゃね……」


「ふふ、チョンカ君怖いのかい?」


「う……うん。ちょっとだけ」



 そう言いながら私のマフラーをぎゅっと握って歩くチョンカ君は、やっぱりかわいいね。



「うーん、ここまできたら人の目もないから飛んでしまってもいいかなぁ」


「え! にしきょーせんせーも飛べるん!?」


「ふふ、先生だからね。当然さ。さぁ、こっちへおいでチョンカ君」



 私がチョンカ君を抱えようとしたときだったね。



「……向こうに誰かいるね……」


「……本当じゃ! 話し声が聞こえる……」


「この森に来訪者とは珍しいね。少し様子を見てくるからチョンカ君は……」


「うちも一緒に行く!」


「……分かったよ。じゃあ私のそばを離れないようにするんだよ?」



 私の森へ入る人間は、道に迷ったくらいしかないのだけれどね。ん? 私を狙う? いや、それは有り得ないね。私のことを知っている人間は……いや、これは何度も言っているね。そういう理由から私を訪ねてここに来るということはないのさ。

 ただやはり私の家だからね。なぜここにいるのかが気になってしまってね。確認することにしたのさ。



「ねぇ、兄ちゃん、もう帰ろう? これ以上進んだらきっと帰り道が分からなくなっちゃうよ?」


「うるせぇ! スジ子、兄ちゃんは絶対あきらめねーんだ。帰るなら一人で帰れ!」


「そ、そんなぁ、私怖くて一人じゃ帰れないよぉ」



 そこには牛の男女が何やら揉めていてね。会話から察するに兄妹のようで何かを探しているようだったね。

 特に害はなさそうだったから声をかけたのさ。



「こんなところで何かお探しかな?」


「だっ誰だ!」


「おっと、失礼したね。私は西京という者だよ。こちらはチョンカ君。私のかわいい弟子さ」


「……こんなところで何してるんだ……?」


「ふむ、それはこちらの台詞でもあるのだが……いやね、この山の頂上に私の家があるのさ。この森は私の庭のようなものなのだよ」


「庭……? はっ! だったら俺の探し物も……!」


「……兄ちゃん!」


 妹牛……スジ子君だったかな? 興奮する兄の袖を引っ張って何かを伝えたい様子だったね。そうだね。私の格好を見れば分かることさ。



「……はっ! ……あんた、エスパーなのか……?」


「いかにもそうだよ。私はエスパーさ」



 そう言うとあきらかに身構えた兄妹は瞳に怯えの色を滲ませたよ。後ろでそれに気がついたチョンカ君は悲しそうだったけれどね。まぁこれは仕方がないのさ。



「そんなに身構えなくても大丈夫さ。私は君達に何かしようと思っているわけではない。ただ君達が私の家の近くでウロウロしている理由を聞きたいだけなのさ。私に対して特に害がなさそうなら別に構わないのだよ」


「そ、そうか。そうだな。あんたの庭だって言ってたもんな。すまなかった。俺はスジ太郎。こっちは妹のスジ子だ。実はこの森には探し物をしにきたんだ」


「ふむ。何を探しているのかね?」


「兄ちゃん……」



 妹のほうは用心深い性格をしているようだったね。いや、エスパー相手なら正しいと思うよ?



「いいんだ、スジ子。俺がこの人たちの縄張りを荒らしているようなものだろう? 相手がどうあれ、ちゃんとこういうことは言わないといけないって父ちゃんにも言われているしな」



 ほう、スジ太郎君は粗暴に見えて礼節という言葉を知っているようだ。チョンカ君も見ていることだし、そういうことなら私も大人の対応をしようじゃないか。と、そう思ったよ。



「探していたのはドグマ草って薬草なんだ。日の当たらない森の中に生息するって聞いてここに来たんだ」


「なるほど、ドグマ草か……失礼だがどちらか胃が悪くなった方がいるのかな?」


「え? ……胃?」


「おや? ドグマ草と言えば胃薬の原料にも使われる薬草でね。確かにこの辺りにもあったはずだけれど、違ったのかい?」


「いや……胃薬の材料とは知らなかった。俺たちは……」


「兄ちゃん!」



 スジ子君がスジ太郎君の話に割って入って理由を明かそうとしなかったね。その理由はすぐに分かるのだけれどね。



「スジ子……」


「兄ちゃん、もうあきらめて帰ろう? 見ず知らずのこの人たちに話すことじゃないよ!」


「……いや、ここまで来て諦められねぇよ……」



 キッと決心をしたような目つきでスジ太郎君が私のほうを見たよ。



「ドグマ草を飲めば、乳の出がよくなるって聞いたんだ……」



 この牛の兄妹はスジ子君かお母さんの乳の出が悪く、薬草を探しにきたのだろうと思ったよ。ふふ、家族愛か。チョンカ君がいなければこんな会話をすることもなかっただろうね。たまには悪くないか。きっとチョンカ君も望むだろうし、薬草探しを手伝ってあげてもいいかな? と思ったよ。



「ドグマ草にそんな効果があったとはね……ふむ、チョンカ君どうするね?」


「探してあげようよ、せんせー」



 話を聞いていて当然の流れのように二カッと笑うチョンカ君。やはり困っている人は見過ごせないようだよ。



「い、いいんです! 私たちはもう帰りますから放っておいて下さい!」



 おや、スジ子君のほうは未だに警戒しているようだ。しかし、この兄妹の名前……ネーミングセンスが最悪じゃないかな? 親御さんの顔が見てみたいところだね……そんなことを考えていたとき、スジ太郎君から衝撃の言葉が発せられたのさ。



「よくねーよ! 俺も乳を出してみてーんだ! あきらめられっかよ!」



 とても大きな声でね。森中に響き渡ったのではないかと思ったよ。後ろのチョンカ君も「……は?」と言って固まっていたね。理解が追いついていないようだったよ。



「兄ちゃん! もうやめて! 私恥ずかしいよ!」


「西京さん、聞いてくれ! 俺たちは見ての通り牛だ! 母ちゃんとスジ子の出す乳を売って生活してる。俺も父ちゃんも毎日二人の乳を搾ってるんだ」



 お? スジ太郎が語りだしてチョンカ君が聞く姿勢を見せているね。きっと余程の事情があるのだろう。お母さんが病気にでもなったのかな? それにしてはスジ子君の恥ずかしがり様が気になるが……まぁ聞くだけ聞いてみよう。



「母ちゃんもスジ子も絞られるとき、すげー気持ちよさそうなんだ。だから俺も乳を出してみたいんだ!」


「兄ちゃん!!」



 うーん、殺してもいいかな? と、そう思ったよ。



「スジ子、お前乳搾りされるとき、自分がどんな顔してるか知ってるか? 俺はいつもいつもその顔を見て羨ましく思っていたんだぞ!」


「もうやめて兄ちゃん! こんな知らない人の前でそんなこと言わないで! やめて!」



 とうとうスジ子君が泣いてしまってね。気持ちは分かるだろう? しかし牛の気持ちいい顔は我々には分からないね。とりあえずスジ太郎君がどうしようもない兄だということは分かったさ。



「に、にしきょーせんせー……」



 先日のダンゴ虫といい、変態に免疫があるはずもないチョンカ君が少々青ざめた顔をしていたね。



「頼みます! 西京さん! 俺にドグマ草のありかを教えてください! 迷惑はかけません!」


「いやぁ、それは構わない……というか、ふむ、君の後ろの木の根元に生えているのが正にドグマ草なのだけれど?」


「え!!」



 歓喜と共に後ろを振り返るスジ太郎君と、見つかってしまったかと絶望しながら振り返るスジ子君。……うっかり教えてしまったけれど、教えないほうがよかったのだろうかとスジ子君を見ていて少し反省したよ。



「これが……これを飲めば俺も乳が出るかもしれない!」


「兄ちゃんやめて! 兄ちゃんから乳なんか出ない! 出るわけないでしょう!? 馬鹿なことはもうやめて!」


「スジ子! 一度でいいんだ! 兄ちゃんにチャンスをくれ! せめて一口だけ!」



 スジ子君は泣きながら顔を真っ赤にして引きとめていたけれど、あれは本当に気の毒だったね。しかし必死に引き止めるも、とうとうスジ太郎君は草を口へ放り込み飲み込んでしまったのさ。……せめて飲むなら煎じたほうがいいと思うのだけれどね……



「はむっ……むほっ……これが……ふまっ! ……ドグマ……草……」



 いや、ドグマ草というのはね、さっきも言ったように胃薬の原料になる薬草で、別に体に害があったり飲んで興奮するような副作用はないさ。乳が出やすくなるというのはこのとき初めて聞いたことだけれどね。



「に、兄ちゃん……キモイ」



 スジ子君、本音が出ていたね。かわいそうに。



「せんせー……あいつ、キモイんじゃけど……」



 おや、こっちも本音が。そうだね。キモイね。世の中には色んな人がいるんだね。



「う、うおおぉぉぉ……出る……これは出るぞ! 俺の乳が熱くなってきたぞ! いける!」



 何か確信を得たのだろうね。スジ太郎君が突然その場で大の字で仰向けに寝転びだしたのさ。



「さぁ! 誰でもいい! 俺の乳を搾ってくれ! さぁ! さぁ!」



 (自分で絞れよ・・・)その場にいた全員が思っただろうね。



「どうしたんだ!? 俺の乳はドグマ草のおかげで今パンパンに張ってるんだ! これ以上ないくらいに! 絞るなら今しかないんだ!! スジ子! 頼む! いつも俺がやってるように絞ってくれ!」


「ぜっっっっっっっっっったいに嫌!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 そもそも仰向けは乳搾りの体勢ではないだろうに。スジ子君の拒否はスジ太郎君の乳を搾られたい想いよりも強いように見えるね。


「そんな……じゃあなんでついてきたんだ!?」


「兄ちゃんが馬鹿なことしないようについていけって母ちゃんに言われたの! もういい加減にして! キモイ! もうこんなキモイ兄ちゃん嫌だよぅ……誰かと兄ちゃん交換してほしいよぅ……」


「なんてことだ……くそっ! 西京さん、西京さんでもいい! いや、後ろの女の子でもいい! 俺の乳を搾ってくれ! 上から下へさする様に、しかし遠慮なく力をこめて搾ってくれぃ!」


「いや、折角だがお断りさせてもらうよ」


「うちも絶対に嫌じゃ! キモ過ぎ!」


「な……なんだと……ここまできて、折角ドグマ草を飲んでやっと乳が出そうだってのに……」



 顔を真っ赤にして涙を流しながら懇願しているスジ太郎君と、兄の情けない姿に涙するスジ子君を前に、私たちはどうすることも出来なかったし、何かしてあげようという気は一切起きなかったね。このまま見なかったことにして先を急ぎたかったくらいさ。



「だ、誰でもいい! 早くしてくれ! もう出そうだ! 誰でも……誰でも? そうか! 自分でもいいんだ! とりあえず自分で搾ってみるぞ!」


「うわっ! にしきょーせんせー! なんとかしてや! あいつ自分で搾る気じゃ! うちもう見とうないっ!」


「西京さん、私からもお願いです! 兄を止めてください!」


「ころ……いや、止めるだけでいいのかい?」



 二人から縋るように頼まれてしまっては仕方がないね。



「うおおおおおお!」


「させないよ。時間を止めさせてもらうね」


「ああっ!!」



 サイコディレイと言ってね。スジ太郎君の体内の時間を止めたのさ。正確には極限まで時間の経過を遅くしているだけなんだけれどね。スジ太郎君は頭でブリッジをしながら両手で自分の乳を揉みしだくという、世間には見せられないような姿で時間が止まってしまっていたよ。



「とんでもないオブジェができあがったね」


「せ、せんせー……どうなったん?」


「ああ、スジ太郎君の時間を止めたのさ。私が解除するまで彼は半永久的にこのままさ。スジ子君、どうするね?」


「……西京さんさえよければ、兄はこの地でこのまま眠らせてあげてください。……正直あまりのキモさにドン引きしています……」


「いや、死んでるわけではないのだよ? むしろスジ太郎君の中では快楽が永遠に続いているような錯覚に陥っている可能性もあるね。そういう意味で言えばむしろ救済かもしれないね」


「……両親には、兄は崖から落ちて死んだということにしておきます。身の毛もよだつような兄のこの姿をとても両親に見せられません……お願いします」



 スジ子君はスジ太郎君を見ようとはしなかったね。余程気持ち悪かったのだろうね。いや、実際気持ち悪かったのだけれどね。



「ふむ、そうだね。まぁ置いておいても問題はないだろうね。むしろここを訪れる人間に対する警告というか、魔よけになるかもしれないしね。ここに放置する分には私は一向に構わないよ」


「ありがとうございます……」



 うぅっとこみ上げる涙を堪えながらスジ子君は帰っていったのさ。



「本当に気持ちの悪いオブジェだけど……まぁいいだろう。さぁ、チョンカ君、先を急ごうか。家はもうすぐだよ」


「せんせー、うち気分が悪いから早く休みたい……」



 変態疲れというのかな? チョンカ君は立て続けに見た変態のおかげで精神的に参っていたようだったよ。


 世の中のエスパーという色んな変態を相手に戦うチョンカ君にとって、まだ始まりですらなかったのだけれどね。



 こうして私たちは家にたどり着いたのさ。

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