「あの、どうしてあの人を恐れていたのでしょうか? とても悪い人には見えませんでしたが……」
揺れる馬車の中、リアン姫は向かい側で険しい表情をしているユリウスに訪ねた。
危ないところを助けてもらったというのに、悪者のように扱うあの態度があまりにも失礼だったからだ。
「姫、それは奴が悪名高い人物だからですぞ。通り名は傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー。決して近づいてはならない悪魔です」
「傲慢の魔術師って、どうしてそのような通り名に……?」
「奴の犯した数々の行いが原因でしょうね。魔術学院を首席で卒業したのにも関わらず、その強大な力と才能を人のために使わず、私欲を満たしていたのです。どれだけ多くの人間が傷ついたのやら、考えただけでも恐ろしいっ……!」
「し、しかし……それなら追われの身である私を助ける理由が彼にはないはずです。反乱を起こした国民に私を差し出せば、自分の利益になっていたというのに。どうしてそうしなかったのでしょうか?」
「ふん、黒魔術を研究する頭のイカれた人間の考えなど見当もつきませんよ」
黒魔術といえば禁断とされている災厄の魔術だ。
魔王ですら畏怖する魔術で、それを人間が研究するなど信じられない。
リアン姫は動揺を露わにする。
それでも、あの時の彼は、安心していた。
馬車から見た彼は、リアンらが無事であることにホッとしていたのだ。
暴君だったリアン姫の父とは違って、ロベリアからは悪意が一切感じ取れなかった。
(あの方がいなければ、きっと死んでいたのでしょう……)
自分ではなくても、この馬車を守る騎士の誰かが欠けることになっていたのかもしれない。
怪我を負った騎士も、あの回復薬がなければ最悪命を落としていたかもしれない。
なのにロベリアは対価を求めることなく「いい暇つぶし」と言ったのだ。
(カッコよかったなぁ……)
「あの……ちょっと提案があるんスけど」
外を歩いている若い騎士が、おどおどした様子で馬車に近づいてきた。
「実は、近くの町に勇者様のギルド拠点があるらしいんスよ。事情を話せば匿ってくれるかもしれませんし、アテもなく逃げ続けるよりかは断然マシだと思うんスけど」
「英傑の騎士団のことか? うむ、確かにあそこなら助けてくれるやもしれんな。よし、行くとしよう」
『英傑の騎士団ギルドマスター』勇者ラインハルの運営しているギルドだ。人種問わず困っている者を助けるギルドなので頼るのも一つの手である。
堅物のユリウスが納得すると、若い騎士はホッと胸を撫で下ろしていた。
(言えないよな……あの人の助言だって)
数分前。
襲撃をしてきた魔物らを蹴散らした魔術師の正体が、あの傲慢の魔術師ロベリアだと知ったときに遡る。
一刻も早くリアン姫をロベリアから遠ざけるため先に行ってしまった馬車を、追いかけようとしていた若い騎士をロベリアは呼び止めた。
殺されるのではないかと若い騎士は身構えたのだが、ロベリアからは微塵の敵意はなかった。
寧ろ、様々なアドバイスを貰うことが出来たのだ。
『このまま西を進め、そうすれば勇者のギルドの拠点がある町に辿り着くはずだ』
英傑の騎士団にリアン姫を預ければ追手は手出しできなくなる。
それに勇者ラインハルは好青年なので、リアン姫のような可憐な少女を助ける以外の選択肢なんて彼にはないとまで断言していた。
ついでに『この助言を無視すれば姫は死ぬだろう』とも脅され、若い騎士は内心大慌てだったが側近のユリウスが承諾してくれたので一安心だ。
この場の決定権をこの男が握っているので、提案を却下されても従うしかないのだ。
若い騎士ユーゲルは思う。
傲慢の魔術師と呼ばれながらも、あの人は自分らの身を案じて色々と助言をしてくれた。
噂に聞くような悪い人ではなかったのかもしれない。
第一章 終