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第2話

 ある悪役の話を少しだけさせてほしい。

 幼少の頃から、存在そのものを畏怖され。

 誰からも愛されず、死んでいった男の話を――――

 魔王軍と人族軍の戦争『第二次人魔大戦』の紛争地帯に少年は生まれた。

 戦争の最前にある軍事国家、その辺境の村で少年は貧しいながらも家族と幸せに暮らしていた。

 はずだった。

 ある日を境に少年は故郷を失い、奴隷へと成り下がってしまったのだ。

 目の前で父を殺され、共に奴隷となった妹が貴族に買われ、少年は絶望の淵へと落とされた。

 固く閉ざされた、鉄格子の中。

 薄い毛布に包まれ、冷たい床に横たわる日々。

 そんな少年を、子宝に恵まれなかった新興貴族のクロウリー家は養子として迎え入れ、跡継ぎにするための英才教育を施した。

 ところが地獄を目の当たりにしたせいか、ロベリアの心は壊れていた。

 もう二度と大切なものを失いたくない、傷つけられたくないが為の自己防衛本能なのか、誰に対しても心を開くことはなかった。

 クロウリー家は温厚な貴族なのだが、さすがに度重なる問題をすべて許容することはできない。

 誰にだって、いつかは限界はやってくる。

 十二歳になると王都にある世界最大の学舎『グランシャリオ魔術学院』にロベリアは強制的に通わせられることになった。

 大勢の人間と触れ合うことでロベリアの言葉遣いや暴力性が改善されると、クロウリー家の当主は思ったのだ。

 感情を抑制させ、他人を気遣えるような人間に成長してくれると期待したのだが、ロベリアの歪みきった性格が変わることはなかった。

 酷いときは競争をしている生徒に勝利するだけではなく、徹底的に壊して愉しんだりするのだ。

 まさしく鬼の所業。

 他人を平気で傷つけることを生業にしているロベリアだったが、成績は群を抜いて優秀だった。

図書館に行けば、毎日のように勤勉に勉学に励んでいる彼の姿があるのだ。

 性格に難はあるが、教員の多くはその積極性や真面目さに感心していた。

 孤独な学院生活だったが、絶対的地位を確立したロベリアは最も高い成績で学院を首席で卒業したのだ。

『———貴様など、私の息子ではない!!』

 ロベリアは、そんな父親を愛していた。

 何もかも失った自分を受け入れた男を、彼は一人の親として見ていたのだ。

 しかし屋敷に帰ると、敷地に通ることを許されなかったのだ。

 拒まれたのだ、最愛の父に。

 それを自業自得であることを自覚しながらも、ロベリアは憤った。

 自分を裏切り続ける世界を壊すためなら、手段を択ばないほどまで堕ちたのだ。

 それが例え禁忌中の禁忌、黒魔術に手を出すことになったとしても、彼の奥底に眠る狂気が鎮まることはなかった。

 とめどなく暴走をするロベリアの前に、勇者ラインハルが立ちはだかった。

 悪行に手を染める続けるロベリアを改心させるために、遥々止めに来たのだ。

 二日二晩、戦いが続いた。

 聖剣と黒魔力の衝突は、地形を歪ませるほどの激しさだった。

 英傑の騎士団と呼ばれるギルド総出を相手に、たった一人でロベリアは持てるだけの力を出し切っていたが、数的に不利であることが誰がどう見ても明白。

 今まで無縁だった『仲間の絆』『信頼』とやらの虚言を突きつけられながらロベリアは、最終的に敗北した。

 勝利した勇者ラインハルは、満身創痍になって倒れ、苦しみもがくロベリアに同情をしたのかトドメを刺すことなく『考えを改めろ』と言い残した。

 目の前から立ち去る勇者ラインハルの行動と発言に、ロベリアは今までにないぐらいの屈辱に苛まれた。

 自分よりも歳下の、人生で一度も絶望をしたことがないであろう恵まれた環境下ですくすくと育った青年に敗北したのだ。

 あまつさえ同情され、情けをかけられた。

 プライドをズタズタに引き裂かれたロベリアは勇者ラインハルを超えるため、更に力をつけて再戦を何度も繰り返した。

 しかし、勇者に勝つことはなかった。

 現れては敗北、邪魔をしては敗北、暗殺を試みようと敗北。

 数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの敗戦数に、いつしかロベリアは――――

 故郷を滅ぼした憎き魔王軍に加わってしまったのだ。

 だが『魔官』と呼ばれる魔王軍幹部の裏切りによって弱体化の呪いを受けたロベリアは、魔王城を落とすために攻め込んできた勇者ラインハルと最終決戦を迎える。

 激闘の末に聖剣で貫かれ、死んでしまう。

 これが、この悪役の人生。

 誰からも理解されず、絶望の淵の中で死んだのだ。

 これを悲劇と言わずして、なんと言うのか。

 その悲劇を回避するのが俺、瀬戸有馬の最終目標だ。

 普通に生きようとしても無駄だろう。

 隠れて暮らそうとしても、つい最近まで現代日本で普通に暮らしていた一般人の俺には、死ぬまで孤独に生きていくことなんて出来ない。

 逃れようとしても登場人物である以上は舞台から降りることはできない。

 俺がやるべきことは、たった一つ。

 ———この世界のありとあらゆる人間から認められることだ。

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