眠りから覚めた俺の視界に広がったのは、いつもの無機質な天井ではなかった。

　地平線まで続く青空、広大な平原。

　その境界に、眠るようにして倒れていた。

　空がよく見える高台のような場所だった。

　どうして俺は、こんな場所に寝ていたのだろうか？

　さきほどまで部屋でゲームを遊んでいたはずだ。

　三連休だからと浮かれて徹夜を試みようとしたが、情けないことに寝落ちをしてしまって……それから。

　気付けば、知らない平原に寝っ転がっているという。

　まるで一昔にネットで流行っていた異世界転生？　スリップ？　を体験しているようだ。

　そんなわけがない、これは夢だ。

　誰だって一度は、ファンタジー世界に迷い込んでしまう夢ぐらいは見るからな。

　頬をつねれば……あれ、普通に痛い？

　痛覚もそのまま感じてしまうとは妙にリアルな夢だな。

　苦笑いをしながら自分の体のあらゆる箇所を弄っていると、懐から鏡の破片のような物を見つける。

　特に、何かを期待するわけではなく、出来心で鏡の破片を覗き込むと。

「……っ！？」

　そこに映り込んでいる世にも恐ろしい顔に驚いて、尻もち付いてしまう。

　破片に映っていたのは明らかに俺ではなかったからだ。

　染めた覚えのない銀髪。

　現実だったらあり得ない真っ赤な双眼。

　日本人とは思えない洋風な顔立ちである。

　俺ではないが、知らない顔でもなく、

「———こ、こいつは……」

　先程まで遊んでいたゲームの最も嫌われた最凶最悪の悪役キャラ。

　名を―――『傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー』。

　———

　王道ファンタジーRPG。

『アルカディア・ファンタジー』は日本でも大人気のスマートフォン向けソーシャルゲームである。

　魅力的なキャラクター、壮大なストーリー。

　やりこみ要素ナンバーワンだけあってストアランキングでは常にトップを独占している大人気ゲームだ。

『勇ましき炎』という勇者の加護に目覚めた主人公が、千年も祠に封印されていた運命の少女と、出会ってきた数々の仲間たちとともに世界を救う王道的なストーリー。

　選定の儀式で勇者として選ばれた青年ラインハル。

　困っている人々をできるだけ多く助けられるようにギルド『英傑の騎士団』を創立し、そのギルドマスターをも努めている正義の主人公だ。

　ギルドに所属しているメンバー数はゆうに百人を超えるほどの規模で、世界のあらゆる場所にギルド拠点を点在させている。

　黒髪、黒目という平凡な容姿であるのにも関わらず多くの女性に慕われており、無論、容姿端麗な男たちからも、もてはやされていた。

　これぞ誰もが思い描く、絶対的な地位と信頼を確立した、絶対的な王道系主人公である。

　一方、俺が転生してしまったキャラクターは作中の登場人物から最も嫌われている傲慢で、性格に難しかないロベリアという悪役だ。

　世界で最強と謳われる十二人の一角に座しており、魔術の腕はそこらと比べたらチート級。

　だが、何故このキャラになってしまったのかは、一旦置いておくとして。

　まずは、どうしてこうなったのかの現状把握すべきだ。

　容姿的に年齢は中年ぐらいだろうか？

　その悪名はすでに全世界に轟いている頃なのかもしれない。

　ロベリアが恐れられるに至った要因は『黒魔術』という決して手を出してはいけない禁断の魔術を密かに研究し、その力で世界のなにもかもを破壊し尽くそうとしたからである。

『黒魔術』というのは本来、人間の体内を侵食し狂人化させる『黒魔力』を用いらなければ使うことのできない古来の鬼畜外道な魔術なのだ。

　人でありながら、人類に害をなす魔術を実現化させようとすれば誰からも嫌われるのも当然だ。

　そんなロベリアは、主人公ラインハルを憎しんでいた。

　主人公ラインハルの前に何度も現れては邪魔をするため、ロベリアのその鬼畜性能っぷりに苦しんだプレイヤーは数知れないだろう。

　攻略サイトが、なんの役に立たないほどコイツは強いのだ。

　しかし現在、第三部作も製作する予定のメインストーリの中でロベリアは、第一部の終盤でラインハルの聖剣に貫かれて無様に死ぬという最悪の結末を辿ることになっている。

　乗っ取った肉体のロベリアが同じ結末を辿るようなら、ロベリアの死＝俺の死に等しい。

　そうならない為に、バッドエンドを回避するための行動を取らなければならないのだが、まあ普通に生きていけば、そんな目には合わないか。

　死ぬと分かっているのに、悪役ムーブをするわけがないだろ。

　たとえ名前を知らない相手でも困らせるなど言語道断、踏み外してはならぬのが人の道なり。

　呑気にそう思いながら草むらから立ち上がる。

　するとふたたび懐から一冊、本を落としてしまう。

　慌てて拾いあげ、本のそこらに目を通す。

『実験日記』と記されていた。最後のページをめくり、何となく実験の成果を確認する。

　瞬間、嫌な汗が流れた。

　———ロベリアはすでに黒魔術を最終段階にまで、完成させていたのだ。