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Ⅻの難ー、奉拝の難行

 扉を抜ける。

 一瞬、眩いほどの白い光に包まれて3人は新たな大地に立っていた。


「……、言わなくとも分かるな?」


 同時に奇襲が行われる、今度は白い牡牛の突撃。

 全員が素早く散開し、難を逃れる。

 数を熟しただけあり、流石にこの程度の奇襲で負けるほど3人は弱くは無い。


「今度は牛か!!」

「そのようだな、っと。」

「ッ!! 鼻から炎を吐いています!! ただの牛ではありませんよ!?」

「見りゃわかる!! 『ダークシールド』」


 叫びながら、黒狼は闇魔法を展開。

 光を吸収し、物理的な防御能力もある盾を展開する。

 そう、あのダンジョンボスの魔術師が使っていた魔法だ。

 多大な光量、それこそ太陽と同じだけの光は吸収できない。

 だが、相手は炎を吐いているだけ。

 そこに含まれる光は多量では無い、ならばこれで防げる。


 そう判断した黒狼は、即座に展開。

 そして、手早く指示を出す。


「レオトール、とりあえず一回殺せ!! ゾンビ一号は引いておけ、お前も光に弱いだろ!!」

「貴方ほどではありませんが!!」

「俺より弱けりゃ笑えねぇよ!!」


 そんな掛け合い、直後にレオトールが牛の頭部を叩き切る。

 やはり、強く無い。

 いや強く無いわけでは無い、だがレオトールに敵うほど強くは無いのだ。

 だからこそ、嫌な予感が当たったと確信する。


「レオトール、鎖を出せ。」

「二番煎じならばまだ良いぞ、最もそう言う訳でもなさそうだが。」


 互いに冷静な声で認識を共有する、つまりこれはあの鹿と同じタイプの試練ということを。

 そして、厄介度ではあの試練の遥か高みにあるということも共有する。


「脆さは同じだ、大した手応えはない。」

「ということは、火力か?」

「見てわかる通りにな。」


 言葉と同時に、リスポーンした牛をインベントリから出した鎖で絡めとる。

 純粋なパワーで対抗というわけだ。

 勝ち目は十分あるだろう、最初の試練のようにレオトールは獅子を締め上げるほどの力がある。

 通常の動物ならばその怪力だけで倒せる、まず間違いなく。


 だが、相手はただの敵ではない。


「なっ!? 嘘だろう!? 『怪力無双リジル』!!」


 あっさりと体を持っていかれる。

 スキルを併用しようが、その結末は変わらない。

 力が及ばない、全力でその場に止めようとしているが地面が捲れ上がる。

 あまりの力に、レオトールは驚愕しながらも黒狼に目を向ける。


「レオトール!! 無理だ、気絶させる!!」

「バカを言え!! 傷を付ければ即座に死ぬ相手に気絶など行えるはずがあるか!!」

「他に手があるなら教えろ!!」

「思いつかんわ、馬鹿野郎!! お前の策に任せるぞ!!」


 そういうが早いか、鎖を手放すと剣で切り掛かり即座にデスポーンさせる。

 状態は碌に変わらない、ならば新たな個体と戦う方がマシという話だ。


 剣を納刀し、鎖をインベントリにしまう。

 そして、インベントリを見るが気絶させれそうなアイテムは見つからない。


「どうするつもりだ? 私は何も思いつかんぞ。」

「下策駄策の類が一つ、勝率はバチクソ低いがな。」

「……、本当に何をするつもりだ?」

「ウォーターボールを生成、窒息させる。な? 下策駄策の類だろ?」

「降らん、だがその手に縋るのが良さそうだ。」

「私の役割はありますか?」

「お前だよ、ウォーターボールを生成するのは。」

「えぇ!? 先に言ってください、報連相は知らないんですか!!」

「できるんだな?」

「まぁ、できますけど。」

「ならば結構!! さて、Are you ready?」

「「準備は良いかという意味ですよね?という意味だよな?」」


 直後牡牛が突進する、同時に大地が揺れる。

 異常なまでの脚力、想像を絶するその力強さにゾンビ一号は恐れを抱く。

 だが、絶望感は一切ない。

 あの怪鳥より強いはずがない、試練の内容こそ同程度に面倒くさくさくはあるだろうがその程度だ。


「『大地より湧き出で、この世を覆う四大の一天よ。』」


 詠唱開始、黒狼から杖を受け取り牡牛に近づきながら唱える。

 前回の発動でスキルを取得したゾンビ一号は、発動難易度が大きく変化した状態に戸惑いながらも詠唱を行う。


 その合間、剣を握った二人は牡牛に接近していた。

 殺すわけには行かない、それどころか傷を付けるだけでも危ういだろう。

 それだけで確実にリスポーンする。


 


 死ぬなら死んでしまえ、即座にリスポーンする相手に慈悲は無用。

 命がいくつもあるのならばいくら殺しても同じこと。

 確かに手間取ることは手間取るだろう、だがそれだけだ。

 最速で、最良の効率を求めているわけではない。

 ただただ、手早い勝利を求めているのだ。


「『復讐法典:悪アヴェスター』」


 状態の反転、攻撃力を持たない攻撃を行う。

 復讐とは、報復であってはならない。

 感情的でありながら、自己的でありながら正当な私刑を実行しなければならない。

 故に相手に罪が無くその感情がない黒狼は例えこのスキルを発動したとしても攻撃力は持たない。

 そも、アヴェスターとは拝火教における聖典の名だ。

 そこに書かれている内容は、要約すると『目には目を、歯には歯を』。

 罪と同じだけの罰を与える権利が被害者にはある、そういう内容なのだ。


 ゾロアスター教の法典は後に悪意ある解釈をもって世界に広がった。


 『右頬を殴られたら左頬を差し出せ』


 なるほど笑えるほどに自己献身的な考え方だ、反吐が出る。

 その言葉は悪意と欺瞞に満ちている、人間という存在の機能に自己献身などという熟語は存在し得ない。

 もし、ソレが成立するのであればソレは極限の悪の中で成り立つモノだ。

 故に、悪と名付けられた正しき聖典はその悪性を以て正義を下す。


 復讐とは、生物に認められた絶対的な権利なのだから。


「なるほど、幻痛幻傷の類は問題ないのか。」

「こいつは状態反転だがな!! だが、ミリでも傷つけるなよ!!」

「言われなくとも!!」


 黒狼の行動を見て、レオトールも即座に剣を構える。

 確かに実際にダメージにならなければ怯ませることはできる、この考えはレオトールだけでは出なかっただろう。

 なまじ力があるからこそ、その場で考え出す小細工の類は黒狼に一歩も二歩も劣る。

 強大な敵を倒すのならば、多大な群れを制圧するのならばレオトールはこれ以上無いほど本領を発揮する。


 だがこれは違う。

 ただただ、厄介なだけの単独種を攻略する。

 英雄を挫折させるためだけの難業なのだ、だからこそレオトールのような最強はどう足掻いても苦戦する。


「『ファントムペイン』」


 剣を構え、手を離す。

 インベントリから別の武器を取り出した。

 形状はレイピアそのもの、少し違いがあるとすればその幅が太いことだろうか?

 だが刺突剣としての役割は十分果たせる、手から離した剣をインベントリに入れると刺突剣を掴み一気に刺しにかかる。


BmmmmmmmooooooooOOOOOO!!!?!!!????


 絶叫、共に横転。

 猪突猛進、怒り狂った牛は基本直線的にしか移動できないのだ。

 故に、急速には止まらない。

 だが、その圧倒的な脚力で無理矢理止まろうとすれば? 答えはこの光景だ。


 地面を擦りながら滑る。

 草土が耕されながら禿げ、無理やり立ち上がろうとする足によってさらにひどい有様となる。


「『今ここに、我が腕を以って誕生せん。生まれよ、【大いなる水よクリエイトウォーター】』」


 水が生まれる、牛を窒息させるために。


 ようやく、前提条件が整った。

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