初手の一撃、それら全てが必殺の威力を持つ。
身体の動きが制限されていながら、当たらないことを察していながらも全力で回避する。
ただの拳だ、だがその拳が全て必殺の威力を持つ。
正直巫山戯ている、何もかもが。
「何処まで強いんですか!! 全て回避しなければわたし死にますよ!?」
「安心しろ、致命傷ぐらいどうにかなる。」
「なりませんよ!!」
そう言って、剣を中段に構える。
反撃を行う為に踏み込む、懐に入らなければ確実に勝てない。
例え入ったとしても勝てる保証はないが。
それでも、勝たなければ。
未だ空に飛ぶ剣を、骨剣で弾く。
目の前の存在に武器を持たせれば、確実に勝てない。
「剣を奪った程度で勝てるつもりか?」
「思ってませんよ!!」
叫ぶように内側に入る、武器を握り込む手に余計に力が入る。
はっきり言おう、この戦いは蛇足だ。
余分だ、無意味で無価値だ。
彼は信用に足りうる、そんなこと考えなくともわかる。
黒狼との対話でもそれを察せる、何処までも目の前の男は清廉潔白だ。
だからこそ信用できない、だからこそ恐怖に怯える。
ゾンビ一号の中に存在する記憶、それらは目の前の男にあらゆる技能を駆使して殺された存在だ。
中には死ぬその瞬間まで彼を知覚できない場合すらあった。
形容し難い、言葉にできない恐怖が彼を異様に警戒する。
だからこの戦いは、蛇足なのだ。
ただ己の恐怖だけで、己の領分を超えた行動をすることこそが蛇足なのだ。
道具はそんな感情を持たず、道具はそんな行動を行わないのだから。
「得手物は常に複数持っておく、これは戦士にとって基本だぞ?」
踏み込みながら一回転、10余りのナイフが飛んでくる。
同時に、彼が沼を滑るように接近。
ゾンビ一号はそれに対し、横に転がることで全て避ける。
だが、接近するレオトールは避けられない。
無理な体制から跳ね上がり、体を掴もうとするレオトールから逃れる。
まともに食らえば、連鎖的に敗北が確定する。
レオトールが強いのは、『単発の技の火力が高いから』
『火力の高い技』を『相手が対処できないうち』に『複数回叩き込み』そのまま『相手を殺し切る』から。
言うなればゾンビ一号がMMOをやっているのならば、レオトールは格ゲーをしているのだ。
それを打開する方法は、無い。
強いて言えば、モンスターなどのあまりに形状が安定しない存在だろう。
そこまでいけば彼の技の効きは悉く悪くなる。
(本当に、対人の方が得意なんですね。)
憧憬と、怨讐が籠った目で睨む。
あまりにも遠い、その背中が。
同じ人間か? そう疑うほどに彼は強い。
「生憎と、私は貴方ほど長く生きてないので!! 『【エアブラスト】』!!」
「ならば生き急げ、形のないモノへの妄執など辞めてしまえ。『
剣を持っていないのに剣が必要なスキルを使用する。
直後、手元にインベントリから剣が供給され即座に技を繰り出した。
一瞬で剣戟が終わる、異常な重さを持った剣が彼女の喉元に突きつけられる。
「勝負あったな。」
何処までも冷静に、事実を淡々と述べる。
その姿に、あまりにも酷い戦いの結末に。
怨讐は消えた。
魂に潜む記憶から逆流する怒りが、絶望がパタリと止まった。
いやでも信用できる、目の前の存在は記憶が言っているほど悪い存在ではないと。
だからこそ疑問が湧いた。
「……、なんで貴方は大量に人を殺したんですか?」
「質問したいのはこちらの方だが……、まあ良い。」
剣をインベントリに仕舞い、弾き飛ばされた剣を拾うと魔術によって清潔にする。
そして、鈍く光を弾くその剣を一振りすると納刀した。
「人を殺すのに高尚な理由などいるか?」
「いるでしょう!! 理由なく他者を殺すなどあってはならないはずです!!」
「ならば雇われた、金で頼まれた、依頼として成立した。そこら辺が理由だ。」
「……、その程度で貴方は人を殺せるのですか!!」
「貴様が何を知ったか、何を得たのかを先に言え。その上で、私の答えを出してやろう。」
そう言って、冷たい目を向ける。
それに対して、ゾンビ一号は顔から一瞬表情を落とすと何かを思い一筋の涙を流す。
過去の亡霊、自分となった魂の破片たち。
そこに刻まれた死の記憶、10は下らないその数々は全て殺された記憶だった。
それも目の前の男がその手で殺した記憶。
おそらくその怒りは義憤だ、被害者として正しさのある正義の怒りだ。
だからこそ、レオトールの答えが殺された側にはひどく惨くそしてその記憶があるからこそその答えが正しさに満ち溢れているのもわかってしまう。
「……、まず最初に私は複数の人間の魂を合わせて作られた人工的な人間です。」
口が、自分の得た知見を纏めようと必死に蠢く。
それを静かに聞くレオトール、黒狼はその二人を見ながら自分が出る幕はないと静かに傍観者に徹する。
「だから魂に複数人の記憶がありました。それがさっきの戦闘……、怪鳥との戦いで表層に現れて……、それで!!」
「その全てが私に殺された記憶だったと、そう言うのだな?」
「……、はい。」
物語としては三流、酷くくだらない内容だと。
そう思いながらも、黒狼は二人を傍観する。
くだらないからこそ、今のうちにそれは解決しなければならない。
これは物語ではない、人生だ。
VRMMOであれ、そのことは嫌と言うほど理解している。
「……、そうか。」
「何か、ほかに言ってくれないんですか?」
「言うべきことがあるか? 少なくとも今のお前はその記憶によって不要な行動をしたこと。それを悔やんでいるのだろう? ならば私が干渉する必要はあるか? これ以上何か反省を促す必要はあるか?」
いつもながら無表情ながらも、その雰囲気がやや柔らかくなっていた。
レオトールにとって、ゾンビ一号のソレは餓鬼の我儘程度でしかない。
理屈の通ってないない、理論が唱えられない絶叫。
それを無理に通そうと力を使っただけの話だ、どうと言うことはない。
「敢えて言うのならば自省しろ、だが私の目からは十分にできているように見える。深くは察せないが、記憶が悪さをしてお前はそれに引きずられたのだろう? 私に対して酷く不信感を植え付けられたのだろう?」
故に諭す、子供に正論を解くように。
言葉数多く、尋ねかけるように。
レオトールという人間が正しいと思う言い方で。
「この状況ならば次が無いわけではない、であれば次同様のことがあれば今回のことを活かせ。それだけが、私から告げる必要のある言葉だ。」
「……、はい。」
空虚な
だがそれで良いのだ、仰々しい言葉で中身がたっぷりと詰まっている言葉を言う必要はない。
仲間内でそれを言い合うのは違う、仲間であるのならば安く薄っぺらい言葉から相手の心情を察し理解するのだから。
「さて、こちらは終わったぞ? 黒狼。」
「まー、流れとしては終わってるな。俺なら読み切ったら即座に本棚に仕舞い込んで二度と開かないぜ?」
「フン。二度と見れないのだ、結果としては変わらんだろう。」
「まーな、っと。長話しすぎたし、そろそろ次の攻略に乗り出そうぜ? 時間が無い。」
「無論だ、お前もそれで良いか? ゾンビ一号。」
「はい、心の整理はつけましたから。」
「じゃ、次の試練もクリアしようか。」
笑いながら、黒狼は告げる。
ため息を忍ばせながら、レオトールは肩を竦める。
ゾンビ一号は、頬を伝った涙を拭った後二人の後ろを歩き出した。