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お呪い

 きっかけは、ゾンビ一号が絶望したことだ。

 彼女は目前に迫る死の恐怖、贖いようがないソレを認識して死を強く認識し絶望した。

 それ以上、それ以下でもないただそれだけがゾンビ一号の中に眠っていた継ぎ接ぎだらけの魂を覚醒させるに至ったのだろう。


 蜂起した魂の断片はその全てが人間のモノと言うわけではなかった。

 故に、ゾンビ一号の人格は弱々しく脆い。


「……、は?」


 濁流のように流れ込む記憶、そこに映る自分を鏖殺するレオトールの姿。

 全ての記憶が死にたくないと叫ぶ、全ての記録が死にたくないと叫ぶ。

 聞こえる、音が。

 見える、世界が。


 一度は退場したこの世界の光景を。

 そこに在る、自分を殺した存在レオトールを。



 困惑、そして焦燥。

 この記憶は、一体何か。

 この記録に、意味はあるのか。

 それを考えるより先に、体が震える。

 この魂は、この体は。


 レオトールに殺された存在で形作られているのだから。


 目の前の死を纏った存在に恐怖する、なぜ彼を信頼できるなどと考えていたのか。

 その思考の意味が分からない。


 目の前で、レオトールはゾンビ一号を救うために剣を振るっている。

 だが、その意味は分からない。


 分からない、分からない、分からない。


ピコン♪


「……、ああああああああああああああ!!! 嫌だ、嫌だ、死にたく無い!! 死にたく無いよ!! 助けて!! 助けて黒狼!! 助けて!!!!!」


 条件は満たされた、権利は与えられた。

 死の具現、根源的恐怖、理由など必要なく万物に与えられる義務がスキルとして具現する。

 彼女も、誘発されるように開眼したのだ。


 『深淵:形なき神』を。


 彼女は深淵から魅入られた、理由など分かり切っている。

 あまりにも無様で、あまりにも愚かで、あまりにも死の匂いを漂わせながらも。


 それでも尚、必死に生きようとする姿を見せたのだから。


「逃げろ、ゾンビ一号!! お前がいては邪魔だ!!」

「ひっ……!!」


 正気の喪失、深淵から覗かれたことにより彼女の精神はまともではない。

 本来ならば自我が壊れるだろう、真っ当ならば精神が崩壊するだろう。

 深淵に魅入られるということはそういう事なのだ。

 深淵とは本来、その領域を認識しただけで精神が壊れ阿鼻叫喚を引き起こすモノ。

 魔の領域、超自然的存在が動き犇めく常識の埒外。

 そこに、常人のまま手を伸ばすことは即ち死を意味する。


 二つの死の恐怖がせめぎ合う中、彼女が持つ精神性は破壊された。

 そう、破壊された。

 破壊されたのだ!!

 まさに喜劇!! 偶然の賜物!! 神々の戯れ、その結末!!


 彼女に死にたくないと叫ばさせていた、!!

 そこに宿っていた精神が破壊されてしまったのだ!!


 笑う以外に、嘲笑する以外にするべきことはあるだろうか!?

 死を最も忌み嫌った死者共が必死に叫んだ末に、彼ら彼女らは死を与えられたのだ!!

 無情にも、最も慈悲深い死を!!


「俺、ふっかーつ!!」


 声が聞こえる、ハッと意識が覚醒する。

 酷く醜く汚れた顔で、彼女は自己を取り戻した。

 レオトールが信用できるかどうかはまた別だ、そんなことはどうでもいい。

 今最も重要なのは、眼前の強敵を倒すこと。


「レオトール!! どいう状況だ!!」

「見たままだ!!」

「そりゃそうよ!!」


 そう叫びながら、空を飛ぶ黒狼を見る。

 同時に、自分を幾度となく殺した敵を見た。

 何かを呟いている、本音を吐けばこの場で弱っている彼を真っ先に殺しに行きたい。

 これほどのチャンスは二度もないのだろうから。


 だが、それは許されない。

 それは、ゾンビ一号の理性が許さない。


 精神性が死んでも尚、彼を殺せと叫ぶ魂を鎮める。

 ゾンビ一号は彼の所有物だ、道具だ。


 そうで在る以上彼が望まない行動を取る権利は、無い!!


 眼前、本来は空高く飛んで他の生物共を見下していたであろうその鳥は地に落ち復讐法典:悪アヴェスターによって骨々を内臓に刺された。

 だが、それだけでは決め手に欠ける。

 一眼見てそれを確信したゾンビ一号は、一瞬戸惑う。

 残るHP、それを削り切る手段はある。


 だが、それを使って仕舞えば自分も行動不能となる。

 それを使って仕舞えば、その間にレオトールが復活して自分を殺すかも。


 そんなくだらない妄想が脳裏をよぎる。

 十中八九、杞憂だろう。

 だがそれでも、その杞憂は間違いなくゾンビ一号に恐怖を見せた。


 ふと、視線が合う。

 全てを出し切り、落ちてくる黒狼と。


 彼はニヤリと笑う。

 無条件の信頼を、見たままの現状に対し見たままの回答を叫ぶ。


「さぁ、意気地無し!! 出番は用意してやったぞ!! 『屍従属』!!」


(ぁぁ、ああ!!)


 歓喜する、初めて命じられた。

 さっきの杞憂など、何処へやら。

 身体中が、歓喜する。

 初めて、そう初めて。

 スキルを使ってまで、彼が彼女に頼み込んできたのはこれが初めてなのだ。

 絶頂する、理性も本能も等しくゼロへと帰する。

 残るのはただ、そこに在る彼への想い。

 ただそこに在る、生まれた理由。

 黒狼創造主に対する余りにも歪で尊い主従関係恋愛感情


「わかりました、黒狼!!」


 落ちてくる彼を抱えながら、そう叫ぶ。

 その歓喜を悟られないように噛み殺し、彼が先程まで握っていた杖を奪い取る。

 理性も本能もとっくに蒸発している、だがそれでもやるべきことを忘れてはいない。


「黒狼、私が魔術でアレを倒します。」


 柄にもなく声が上ずる。

 興奮で彼女は震える、恐怖など微塵もない。


「魔術で? お前そんなもん使える……、使えるから言ってるんだな? 信用するぞ?」


 一言一句、一文字も違えずその全てを聞き届ける。

 その信用を受け止める。

 世界で一番愛おしい人からの、最大級の信頼をその体で体感する。


「えぇ、だから20秒守ってください。」


 だから、世界で一番愛おしい人に最大級の信頼を託す。

 何か言っているようだが、頭がお花畑でハッピーな彼女には届かない。


 理性が蒸発した様に、本能が蒸発した様に。

 それでも、為すべきことは忘れぬ機械の様に。


「あぁ!! もう仕方ねぇ!! 絶対に成功させろ!! じゃねぇと殺すからな!!」


 笑いながらそう言ってくる黒狼に対し、何も返答を行わない。

 これ以上の時間のロスは、3人仲良く死ぬことに直結する。

 だが、答えたい言葉が無いわけではない。

 言いたい言葉が無いわけではないのだ。


 だからその代わり、この一撃にその想いを込める。


「『赤は火炎、青は流水、黄は土砂、緑は風雷』」


 冷静に一言一句違えぬように。

 彼女の中に潜むカケラが言う最強の魔術を展開する。

 手加減はしない、手加減などできない。

 自分の持ちうる全てを出し切る。


「『絡み絡み離れ崩れ、四大を以て一極を織り成す』」


 本来ならばコレを展開するのに幾つものスキルを必要とされる、だがその必要は中に眠る経験で代用した。

 そんなモノを取り直す時間など、無いのだから。


 魔法陣が、燦々と輝き始め魔力に色が着く。

 今まで、黒狼が放っていた魔術が児戯であると嘲笑うように綿密に組み立てられた魔術が降臨する。


 その全ては、彼のために。


「任せたぞ、ゾンビ一号。お前の為すべきことを成せ!!」


 敵のブレスが先に届く、それを受け止める黒狼。

 何かに思い当たった黒狼が放った言葉、それを聞いたゾンビ一号は頷くようにその言葉を脳内で反芻する。

 道具として扱われ、道具で在るにもかかわらず無条件の信頼をもらえた。

 これ以上の幸せがあるだろうか? いや、無い。

 多幸感と共に全身の細胞が活性化する。

 まるで生きているかのように体が熱を持つ。

 その激情は、全て彼の為に。


 自分の意識が飛ぶほどに魔力を込める、この一撃を放てば気絶するだろう。

 だが、それで構わない。

 彼の為に全力を出して倒れるのならば、本望だ。


「『ここに極線を成せ、【四刻相殺極魔砲マジカルキャノン】』!!!」


 一条の極線、本来ならば出しえぬ火力をなぜ出せたのか? 答えをあえて告げるならば。


 恋する乙女は、最強なのだ。

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