時は復讐法典:悪が発動したところまで遡る。
迫り来る鉤爪に対し、黒狼は剣を振るった。
絶対に負ける、勝てるという確信を得れるはずがない状況下。
半ばヤケクソ、だが敗北を信じぬ黒狼は勝ち目を模索するようにその一撃を行った。
ここに、
バキガギグギガギャグバギギギ!!!
大きな音と共に、鳥は身体中の骨にヒビが入り曲がり体の中に突き刺さる。
だが、黒狼はそれを見ない。
そんなモノより遥かに意味のあるモノを見つけたのだから。
「さぁ、意気地無し!! 出番は用意してやったぞ!! 『屍従属』!!」
「分かりました、黒狼!!」
地面を蹴り、黒狼を抱えるゾンビ一号の姿がそこにはあった。
*ーーー*
ゾンビ一号の内心の変化、および何故レオトールにあれだけ恐怖していたか。
それは、彼女が成立したプロセスを考えれば理解できることだ。
まずゾンビとは何を以てゾンビと定義されるのか? この問題に対しDWOではこう回答される。
ゾンビとは、
これがゾンビという種族の一般的な定義だ。
故に、生前の記憶などあるはずがない。
そもそも、肉体と魂が別物なのだから。
だが今回は、ゾンビ一号は少し事情が違う。
ゾンビ一号、つまり呪術で作られた人工的なゾンビは種族こそゾンビだが上記に記された一般的な定義に当てはまらない。
そして、『呪血』によって特殊な意味を持たされた血を。
血に怨霊となった魂のカケラを馴染ませた血を。
何度も何度も摂取したことにより彼女は複数の魂を複合した特異存在へと昇華された。
故に彼女は精神的に、存在的に脆い。
レオトールほどの気高さが無ければ、黒狼ほど自己勝手ではない。
何かに縋らなければ、何かに頼らなければ。
自分の考えがないのだ、自分の意思がないのだ。
与えられた選択肢を享受し、敷かれたレールの上を歩くことしかできない。
そして、選択肢が無ければ絶望することしかできない愚かな存在。
それが、ゾンビ一号と名付けられた人間だった。
「黒狼、私が魔術でアレを倒します。」
だが、それは変わった。
きっかけは些細なことだ。
魂のカケラ、その集合体は奇しくもレオトールに殺されたという共通の記憶を持っていた。
その記憶が、死の恐怖と絶望により表面化しレオトールが自らを『伯牙』と名乗ったことにより鮮明になっただけだ。
二つの死の恐怖、引きずられ逃げさせようとしたことにより一周回って落ち着いた結果彼女は酷く冷静になった。
人間とは存外単純なモノなのだ。
「魔術で? お前そんなもん使える……、使えるから言ってるんだな? 信用するぞ?」
「えぇ、だから20秒守ってください。」
「ハァ!? 無理無理無理!! 俺もこれ結構限界なんだぞ、バカヤロー!!」
「できるんですね、ありがとうございます。」
そういうと彼女は黒狼から槍剣杖をもぎ取る。
そして、息を吸うと覚悟を決めた。
「あぁ!! もう仕方ねぇ!! 絶対に成功させろ!! じゃねぇと殺すからな!!」
命令を下す、従属する
最大の愉悦と信頼を以て。
レオトールが削った50%、太陽と復讐によって削られた30%。
次に必要とされるダメージはたった20%、たかが20%であり万策尽きた現状ではこれ以上ないぐらいに膨大な20%だ。
だがそれをゾンビ一号は20秒で削り切ると告げたのだ、ならば主として信用しないのはありえない。
目を閉じ、集中し始めるゾンビ一号を背後に剣を構える。
同じ攻撃は二度も通用しない、同じ行動は二度もできない。
だが、同じ行動をする必要はない。
「守るだけなら、攻めるより3倍楽だっつーの。」
思考が、加速する。
理想が目の前に広がる、次に怪鳥が行おうとしている動きが明瞭に分かった。
息を吸うように怪鳥が動く、何らかの予備動作か。
あまりにも見覚えのあるその動作を確認した黒狼は、即座にインベントリからレオトールが落とした大楯を出し構える。
その瞬間、ゾンビ一号の詠唱が始まった。
「『赤は火炎、青は流水、黄は土砂、緑は風雷』」
歌うようにそれは告げられる、同時に彼女の目の前に魔力によって魔法陣が描かれる。
半人半馬の賢人、ケイローンが出した課題。
すなわち、魔術の詠唱による媒体の破棄。
魔術師の基礎の基礎。
彼女は魂の断片から与えられた記憶を思い出し、再現する。
難解な魔術ではない、四大属性を相互に干渉させ合い強力なエネルギーにする魔術。
「『絡み絡み離れ崩れ、四大を以て一極を織り成す』」
魔法陣が、燦々と輝き始め魔力に色が着く。
今まで、黒狼が放っていた魔術が児戯であると嘲笑うように綿密に組み立てられた魔術が降臨する。
同時に、目の前の怪鳥もブレスを放つ準備ができたらしい。
さらに悲報を告げるのならば、確実にゾンビ一号の魔術の方が出遅れるということも付け加えられる。
それを認識した黒狼はインベントリから金属版を取り出す。
「ッチ、やってやるよ!! 『
故に、自身の状態異常に対する絶対性を下げ自らに猛毒を馴染ませる。
もちろん、ヒュドラの猛毒は手元にない。
故に、ヒュドラと対戦した時はどの無茶はできない。
だが、それがどうした? 今回必要なのは、絶対性を捨てる代わりに得られる膨大なバフのみ。
その全バフを以てその最速の行動を行う。
取り出した金属板、そこに書かれている魔法陣に魔力を流す。
もう既に13秒経過した、ブレスの発射まで3秒はある。
つまり数秒待たせられれば、ゾンビ一号の魔術が炸裂するということ。
氷の壁が、一瞬で生成される。
同時に、怪鳥のブレスが届く。
そのブレスは風のブレス、純粋なダメージは四属性の中でも最弱。
だが、それを圧縮しエネルギーの向きを固定して爆ぜさせられたブレスは十二分な脅威となる。
だが、それでも。
黒狼が用意した氷の壁は3秒、きっかり耐え切った。
その暴風、その猛威。
そこから発せられたデバフによって音は聞こえず身動きもできない、だがそれでも。
ゾンビ一号に伝えなければならない言葉があった。
「任せたぞ、ゾンビ一号。お前の為すべきことを成せ!!」
聞こえているのかいないのか、それは彼女自身にしか分からないことだ。
だが、コクリと。
そう頷いたように動くと、最後の詠唱を唱える。
「『ここに極線を成せ、【
氷の壁が壊れると同時に、彼女の魔術が展開される。
眩いばかりの極光、四つの属性の相反現象によって引き起こされる魔術の脅威。
現状で出せる最大の攻撃、それを打ち込む。
決着は、ここについた。
その全てを見届けていた黒狼は、魔力不足で倒れ込むゾンビ一号の肩を叩くと槍剣杖を手に取る。
「本当に運良く、マジで運良く生き残ったみたいだな? 化け物。」
目線の先、腹部を貫かれて尚まだしぶとく生き残っている怪鳥がそこにはいた。
だが、もう瀕死だ。
どれほど足掻こうが、次の瞬間には死ぬほどには瀕死だ。
だからこそ、付け目があった。
「さてさて、屈服しろよ? 『呪血』」
生きている存在に、血に魂を馴染ませる魔術を使えば。
生きている存在に、その怨念を血に封じる魔術を使えばどうなるか。
答えは分かりきっている。
「やぁ? ゾンビ二号、さっきぶりだな?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、黒狼はそう告げた。