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Ⅻの難-、泥鳥の難行

 カウントダウンが開始され10秒で終了する。

 体が再構築される、再度汚濁にまみれスライムの群れを発見する。

 水中に飛び込み、スライムを確保。

 『呪血』を発動する。

 吐き気と体を覆うみじめさが訪れ消える。

 発狂しかねない、黒狼にとって。

 人間にとってそれはあまりにもみじめな行動だ。

 だがそのみじめさは許容できるものだ。

 もとより、この身になどない。


 VRCが悲鳴警告を上げる。

 怪物性を、人間性と本来相反する性質を許容するその精神が精神安定装置に引っかかったのだ。

 だが、それは黒狼には関係ない。

 すべてを問題ない、そのように決定する。

 今すぐにでも吐きそうだ、今すぐにでも発狂しそうだ。

 だがそれは黒狼の問題にはならない。


ピロン♪


 深淵スキルが成長する。

 男は嗤い、スライムを量産する。


「止まれ、馬鹿野郎。」


 それを止めたのはレオトールだった。

 肩をつかむ、一瞬唖然とした顔で止まると黒狼は全身から力が勝手に抜ける。

 この階層だけでデス回数は5回、黒狼は無意識のうちに5時間近くもスライムを量産していたのだ。


「一度休め、表情こそわからんがその様子はあまりにも見てられん。」

「あ……。」


 膝から崩れ落ちる。

 何の経験も得ていないはず、ゲーム的には何の経験も得ていないはずなのに深淵スキルがレベルアップした。

 つまり、それほど黒狼は精神的に追い詰められていたのだ。

 狂人であるからこそ発露しやすく、許容量が低い狂気が渦巻いていたのだ。


「お前は女を泣かすのが趣味か? でなければおとなしくやめておけ」

「一体……、何分経った?」

「何時間だ、戯け。」


 ゾンビ一号を一瞥した黒狼はそう問いかける。

 それに対し、レオトールは依然変わらぬ険しい顔を向けながらそう言い返す。


 もうすっかり汚濁にまみれた大地は消え去っていた。

 そこにあるのは汚濁にまみれた大地ではなく、荒廃した大地に群がる微動だにしないスライムの大群。

 世紀末を連想させるそれを見た黒狼は一瞬笑うと、スライムに命令を下した。


「もう脱出口は出てたのか……。じゃぁ、ここまで大量にいる意味もないな。というわけで、スライムども全員殺しあえ。」


 にやりと笑って、そう告げる。

 最高の気晴らしだ、黒狼は満面の笑みでその憂さ晴らしを行うとレオトールとゾンビ一号に告げる。


「さっさと行こうぜ?」

「フン、精神的余裕はあるのか?」

「あるわけねーだろ馬鹿野郎、このくそったれな試練を終わらせて主催者を殴り飛ばしてやる。」

「……ああ、大賛成だ。」


 地獄の底で二人は笑った。


*ーーー*


「ここは……、湿地か。また難儀な場所に来たものだな。」

「ようやく半分ってところか、まだまだ先は長いな。」


 さっきみたいな精神的攻撃を行ってくるエリアじゃないだけましと思いながらも空を仰ぐ。

 青い、青い空。

 まばゆい、まばゆいほどに美しい空。

 そこに一羽の鳥がいた。


「鳥がいますね」

「……?」

「確かに鳥がいるな? あれが敵……、なわけないか。ちっこいし。」

「……いや、あれで正解だ。なんだあの化け物は……。」


 手で遠近を確認したレオトールが、顔を青くしてそう告げる。

 その姿を見た黒狼は即座に警戒態勢になった。

 ゾンビ一号はその二人の様子を見て、困惑する。


「え? なんでそんなに警戒を?」

「レオトール、攻撃は届くか?」

「わからん、遠近感覚を狂わせているのだろう。実際の距離が推測できん。」


 睨むようにそう告げながら、レオトールは弓を出す。

 そして、引き絞ると矢を射る。


「『ショット』」


 言葉短く矢を射る。

 放たれた矢は大きく弧を描き何にも当たらないまま沼に着地した。

 そこで、怪鳥は黒狼たちに視線を向ける。


「今度も随分な敵のようだな……、レオトール?」

「え? え? え!? まさか……、!?」

「ザッツライト、その通りだよ。」


 急速に怪鳥が迫ってくる。

 一番反応が遅かったゾンビ一号も事態に気ずくと慌てて準備を行う。

 時間にして3分未満、暴風が吹き荒れる中怪鳥は天を覆った。


 黒狼の体が浮き上がり、レオトールがそれをつかむ。

 そしてゾンビ一号にそれを渡すと、弓をしまう。


「この大きさを一人で攻略するのは骨が折れるな。」

「わ、私も手伝います。」

「やめとけ、ゾンビ一号。お前じゃ足手まといにしかならねぇよ。」


 ゾンビ一号がレオトールにそう告げるが、それを黒狼が諫める。

 勝負の土台が違いすぎる、それを正しく認識している黒狼はきつい言葉をあえて使う。

 ゾンビ一号も半ばわかっていたのだろう、悔しげに顔をゆがめたが特に文句を言うことなく後ろに下がり守りを固める。


「ご武運を」

「フラグ、立てんなよ。」

「心配心からの真心に悪きいう必要はなかろう、よッ!!」


 一歩、地をけり。

 二歩、空をける。

 三歩、絶剣。


 剣を抜く。

 空を蹴って飛んだレオトールはいまだはるか上空を飛ぶ怪鳥を見ながら告げる。


「射程範囲内に、ようやく収まったな?」


 遠近感覚はいまだ狂わされている。

 正確な距離は判断できない、だが感覚がくるっていようと経験が告げていた。

 誇りある牙の手は緩まない。

 アクティブスキルを発動する。

 動作は完璧だ、流れも。

 剣を振る、いつも武骨に攻撃を行うレオトールには珍しくそれはあまりにも美しい攻撃だった。


「『極剣一閃グラム』」


 空気が震える。

 一線の速度が見えない。

 世界が振動する。

 極剣が振るわれた。


 違う、極剣が振るわれたのじゃない。

 そんな安易な言葉で表せない、表してはいけない。

 なぜならレオトールは、初めて黒狼の前で技を使ったのだから。


「『極剣:崩牙』」


 瞬間、攻撃判定を持ったスキルエフェクトがレオトールの上空に一条の剣となって飛ばされる。

 実際の距離がどれほどだったのかは知る由もない。

 一つ明確なのはレオトールの攻撃が怪鳥に届いたこと。

 もう一つはレオトールの腕の骨に亀裂が入ったことだ。


 だが、それを気にしない。

 いまだ空中を跳んでいるレオトールは、ポーションを腕にかける。

 そして、回復を待たずに靴底に仕込まれている魔術を起動する。

 効果は簡易結界の展開。

 レオトールは物理一辺倒の人間だが、魔術を併用しないわけではない。

 それどころか、有用であればどんどん扱う。

 そう、例えばこのように。


「魔術式展開開始」


 ぼそりとつぶやく。

 インベントリから出した一本の槍をつかむと結界をける。

 より上に、より高く。

 怪鳥ののど元にたどり着くまで足を動かす。

 槍に魔力が流れ始め術式がうごめき始める。

 さぁ、いよいよ戦闘開始だ。


「破壊しろ」


 体が魔術で覆われ始める。

 動作に制限が発生する。

 だが、それがどうした? そういわんばかりに体をひねると槍を投げる。

 体が再度きしむ、ステータスの値。

 その最上値にちかい動きをしているからだ。


「真械滅凍。」


 氷をまとった槍が怪鳥に刺さる。

 凍傷を引き起こし、怪鳥は絶叫をあげる。

 男はソラで嗤った。

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