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Ⅻの難ー、麗掃の難業

「当はこの先にはむかえん、各々頑張ってくれ。」

「サンキュー、絶対クリアしてやるから。そん時にまた会おうぜ? ケイネロゾニア。」

「そういうことだ、私の流儀的に『また』という言葉は遠慮させてもらうが。」

「なんか、レオトールさんってカッコ付けですよねー。そう思いませんか? ケイネロゾニアさん。」

「ハハハ、当は別にそう思わんよ。」


 しばらく言葉を交わした後、黒狼たちはいよいよと門を潜った。


*ーーー*


「……、酷い悪臭ですね……。」


 門を潜った先で真っ先にゾンビ一号はそう告げる。

 レオトールは匂いを認識すると即座に口元を布で覆う。

 あまりにも酷い臭いだ。

 ソレこそ糞尿を溜め溜め、発酵熟成させたモノとしか思えないほどに。

 いや、実際糞尿が溜め込まれているのだろう、床にはその様に見える汚濁物が散乱している。

 そして、その悪臭漂う空間に置いてある一つの看板。


 真っ先に気づいた黒狼がソレに近寄る。


「この場所を掃除しろ、さもなくば扉は開かれん? ……いやいや掃除って。」

「残念なお知らせだが……。遠く、それこそ100メートルほど先から水音らしきものが聞こえる。」

「他に、かなり弱ってますけどゴミを食べるスライムが散乱してますね……。水さえ与えれば復活するかも知れませんが……。そのためには最低でも川に向かわなければ……。」


 攻略の道筋が完璧に見えてしまった。

 全員眉間に皺を寄せ、溜息を吐く。

 今まで戦うことがメインの試練だったため、今度も戦う類だと思っていたがそんな予想を裏切り行われた雑用。

 やる気が一気に萎える。


 そんな中で2人の視線が黒狼に向けられる。

 気づいた彼は慌てて、首を振ると2人に否定の言葉を突きつける。


「嫌だぞ、俺は!! 少なくとも糞尿を踏みたく無い!!」

「仕方あるまい、少なくとも私たちが行くよりかは幾分マシだろう。」

「なんでだよ、お前ら2人が……。あ、そうか。」


 死ねば悪臭も消えるだろう? と言うように見てくるレオトール。

 そして光属性によって死亡した場合、黒狼は10秒程度で復活できるのも知っている。

 他2人では出来ない芸当だ、それ故に黒狼は辟易しながらも渋々受け入れる。


 溜息を吐くと全ての装備をインベントリに入れ、骨の顔でも明確に分かるほど嫌そうな雰囲気を醸し出し糞溜めを進む。

 歩き出すとよく分かるがそこは不毛の大地となっており、新芽の草木は一切見つからない。

 枯れている植物などはしばしば見られるが、それも糞尿を被っており腐りきっている。


「うぅ……、やりたくない……。」


 精神的に幼児退行し始めている黒狼だが、皮肉にも人間は慣れる生き物。

 10メートル進めば慣れ始め、20メートル進めば文句も出なくなり出した。


 当然進行速度は速くない、20メートル歩くのに10分もかかっている。

 骨の体とは言え糞尿に塗れるのは嫌だし、神経が通っていない体ではあるが多少の感覚がある故に状況は最悪でしかない。

 もし黒狼がもっと大量のMPを保有し卓越した魔法陣を描ければこの程度の試練、簡単にクリアできるだろう。

 だが現実は無情だ、そんなご都合主義などない。

 覚悟を決めて進む。

 40メートル地点に15分目で到着し60メートル地点には18分目、つまり僅か3分で20メートル進んだ。

 黒狼の強靭な精神であるからこそ成せる偉業と言えるだろう。


 そして30分も歩けば、川のほとりまで到着することができたのだ。


「うぅ……、最悪だ。」


 半分泣きながら川で丹念に体を洗う。

 流石に川は汚染されておらず、川の流れさえ変えられればこの空間を洗うと言う試練を攻略できるだろう。

 だが、そんなことをするより先にやるべき事は体の洗浄だ。

 一も二もなく洗浄だ、そう言う様に体を全力で洗う。

 もしこの体が生身なら30分は吐き続けられただろう、もし今VRCを取れば存分に吐けるだろう。

 だが、その安易な逃げを黒狼の精神が許容しない。

 黒狼の目的はこのダンジョンの攻略、それが最上の目的ならばソレをクリアするためならばある程度の犠牲は許容せねばならない。

 精神的疲弊は疲弊とは言えない。

 肉体的欠損が無ければ黒狼は進み続けれる、ならば進め。

 狂人じみた思考回路から導き出された答えのみを考え続け、体を洗う。


ピコン♪


 通知音が聞こえるが、ソレに構う暇はない。

 先に体を洗いたいのだ、この汚れた体を……。

 などと若干ふざけた思考ができるまで余裕を取り戻しながら体を擦り続ける。

 時間にして最低10分、下手をすれば20分に突入しているかも知れない。

 そこまで必死になりながら体を、特に脚部を洗う。


「ふぅ、ふぅ……。こんなもんか……。」


 息を荒げながら川の中で腰を下ろす。

 体を洗いながら気づいた話だがこの川には大量のスライムが生息しているらしい。

 こいつらも上手く誘導すれば糞尿を食ってくれるかも……。


「いや誘導なんてしてやるか、全力で投げ飛ばしてやる……!!」


 殺意に目を光らせ、警戒心が薄いスライムを糞尿の中に投げ込む。

 スライムはドロっとした同人誌タイプではなく、饅頭型の可愛らしいタイプだ。

 そんな可愛らしいスライムを糞尿まみれの地獄の中に投入できるなど黒狼は鬼なのだろうか?


 とは言え、その効果は劇的であった。

 投げ込まれたスライムは一瞬、形を崩しながら着地すると戸惑う様に周囲の糞尿を吸収し始める。

 周囲を軽く綺麗にしたらそのまま動かなくなってしまうのが問題だが、幸いにも数は多い。

 と言うわけで、両手でスライムを抱えると全力で投げ始める。

 たまには趣向を変え殴って飛ばしたり蹴って飛ばしたりしてるが些細なことだろう。

 一部のスライムがあまりの投げ方で潰れたのはきっと気のせいだと思いたい。


ピコン♪


 川の周辺に存在するスライムを、ソレこそ百近い量を投げ続けた結果黒狼は通知を確認する。

 だが当然の様に気にしない、と言うかどうせ投擲スキルのレベルが上がったのだろうから確認する気が失せる。

 川の周囲に存在するスライムを粗方投げ終わった頃には特に川の周辺は綺麗になっていた。


「……、けど扉は現れねぇか。」


 若干飽き始めたスライム投げを辞めると、黒狼は周囲を伺う。

 水の流れを変えればより効率良く綺麗にできるだろう、だが水の流れを変える方法が思いつかない。

 だから自分ではなく、外的要因。

 つまり周囲に助けを求めてみるが特に目につくものがない。


「困ったな……、水の流れを変えるほどの案が思い浮かばない。」


 一瞬魔術を使い氷で堰き止めてしまってはどうか、とは思ったがその考えは川の大きさ的に諦めざるを得なかった。

 と言うか、そもそもソレを実行できるほどMPがない。

 レオトールに手助けを求めようかとも考えたが、そもそも何故自分だけここに来たのかの理由は被害が最も少ないからだ。

 レオトールを呼んでは元も子もない。


 その時だった、黒狼がとある外道的作戦を思いついたのは。


「フッフッフ、やっぱり俺って天才だなァ!!」


 雄叫びを上げながら不敵に笑うバカの思考を読める存在は、残念ながらここには居なかった。

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