魔術を習得しようと作戦苦闘しながら数時間、新たな知見は多く得られたが肝心のアーツは一切進捗がない。
最初の1時間は魔力の性質変化を意識しながら固形化しようとし失敗。
次の2時間は魔法陣に魔力を流した時に発生する光がどういう原理なのかを調べて多少の進捗こそあったものの……、結局要求しているモノは得られなかった。
黒狼の努力不足か、と言われるとそうとは言い切れない。
実際進捗はあった、新たに得たモノはある。
おそらくソレは黒狼が知り得なかった基礎となる部分だろう、なるほど流石賢人というほどはある。
黒狼に足りない要素を見抜き、適切と思われる技術体系を授け的確な指導方法を実践しているのだから。
そんなことを知るのか知らぬか、黒狼は今はケンタウロスの家で飯を貰っていた。
しかもただのケンタウロスではない、ケイネロゾニアの家だ。
「うめぇ!! うめぇ!!」
「当の料理が貴殿に喜んでもらえたようで結構だ。」
「本当に美味しいですね、隠し味は……。これはミルク、ですか?」
「いや、ミルクではなく
「……、よく分かりましたね。そうです、いくつかのハーブを調合して作っているのもあり本来はもう少し味がキツイのですが乳落花を使えばそのキツさがなくなるので。」
「うめぇ!! うめぇ!!」
「もし宜しければ後でレシピを教えてくれませんか? この料理、自治作用もあるのですし。」
「当は構わないが……、些か時間が足らないのではないか? 貴殿らは明日明朝に出るのだろう?」
「ゾンビ一号、大人しく諦めておけ。ついでに黒狼、お前は何も食べてないのに何故美味いと言っている?」
「あ、バレた?」
「やはりアレは貴殿らにとっても奇行なのだな?」
「「当然
そんなふうに互いに和気藹々と食事をしながら会話を楽しむ。
3人にとっては久々の休める場所だ、柄になく興奮するのも仕方なき事なのかもしれない。
ついでに黒狼は横で魔術の研究をしている。
向上心が高いというべきなのか、もしくは只々目的を達成できないのが悔しいだけなのか。
どちらにせよ、大した決心はないのだけは確信を持って言える。
「あー、飽きた!! それより、ケイネロゾニアさんや!! 何か面白い話はないか?」
「貴殿は図々しすぎくないか? まぁ、構わないがそのかわり貴殿らも何か面白い土産話を渡してくれないか?」
「面白い話? 碌にないけどいいぜ、レオトールとの出会いでも話してやろうか?」
「あ、私も興味があります。聞いた事ないんですよね、レオトールさんと黒狼の出会いは。」
「……、あまり愉快なモノではないがな。」
四者四様、それぞれがそれぞれ好きに語り合い夜は耽ってゆく。
真っ先に寝たのはゾンビ一号であり、2番目はケイネロゾニアだった。
残った黒狼とレオトールは2人が起きていた頃とは一転し、静かに佇む。
「黒狼、私の話をしたい。」
「断る、レオトール。」
張り詰める空気、だがそれは仕組まれたモノでもある。
ピンと糸が張っている、確かな緊張感はある。
だがソレは一触即発には程遠く、こうした方が分かりやすいという2人の思惑が見え透けている。
「一応聞こうか、何故だ?」
「凡そ察してるさ、俺も馬鹿じゃねぇ。」
「ならば端的に言おうか、私のスキルには『全ステータスを10倍にする代わりに終了時に全ステータスが大幅に弱体化する』スキルがある。」
「クールタイムは?」
「知らん。少なくとも半年以下だろう、慣れるほど使うことは無いのでな。」
「ふーん、とりあえず大体わかった。で、今後どう行動する? 死ぬことは許されないぞ。」
「
「そうか……、覚悟は出来ているのか? レオトール。」
「出来ていない筈がなかろう、所詮命だ。」
「ハッハッハッ、その所詮を求めて足掻く馬鹿もいるのにな。」
「お前にとっても所詮でしかないだろう?」
「目的のために捨てれる、って意味ならその通りだな。」
そう言って、黒狼は横になる。
木でできた大きな家、その天井を見ながら彼はボソリと告げた。
「俺の目的は、この世界を引っ掻き回すことだ。誰の予想もできない、誰の予想もつかない様に。そうだな、言うなれば俺は主人公になりたいって訳か。」
「何が言いたい?」
「簡単なことだよ、お前の全てを寄越せ。そのかわり、お前1人では成し得ない偉業を見せてやる。」
「シンプルゆえにわかりやすい、いいだろう。契約……、いや依頼は成立した。俺がこの世界を去ったその瞬間にお前に俺が持ちうる全てを渡そう。」
「一人称が変わってるぞ、レオトール。」
「雰囲気ってやつだ、黒狼。」
遥か地の底、遍く天が見る中。
狂気を宿した少年は、狂気の産物である青年と依頼を成立させた。
*ーーー*
カン、カンッ!!
火花が飛び散る。
熱された鉄を打つ音が静かに響く。
ここは鉄火場、とある
壁には所狭しと様々な道具が置かれており、一角には多種多様な鋼が置かれている。
「ッチ、また失敗か。」
剣を叩き、冷まし、鍛え熱し……。
ソレを幾度となく繰り返した末に出来上がった一振りを見て、彼は告げる。
その刀は名刀だろう、使い手次第で鉄をも切れるかもしれない。
だが、その刀を彼は失敗と称した。
ソレを捨て値同然の値段で自動売買場に放り込む。
彼にとって、その刀は満足に値しない、
依頼品ではなく、自分の武器として使うのも遠慮するほどに質が低い。
ならば売り捌くのが一番、などと思いつつ彼は魔法を使い汗を飛ばす。
「クソ、回復用ポーションが切れてらぁ」
灼熱の火事場、そこで何時間も鉄を打っていた彼はもうすっかり減ったHPと多少のポーションすら無いインベントリを見比べつつ溜息を吐く。
刀工、遥か昔に潰えた技術である鍛造。
ソレを受け継ぎ、新たな刀剣を作成する役を請け負った青年。
名は村正。
彼の姓名は、千子村正。
この時代では珍しく、実名をゲームに持ち込んでいるプレイヤーの1人だ。
「あぁ、茶を呑みてぇ。」
状態異常になるほどでは無いが、ここ数時間飲まず食わずで鉄を叩いた結果全身に倦怠感を覚えるに至っている。
最初のスタートダッシュが終わり、それぞれプレイヤーのプレイスタイルが確立し出した現在。
始まりの街と呼称されている場所に留まるモノは総数から見れば酷く少なくなっている。
だが、その中でも始まりの街にとどまり続ける変人。
ソレが、彼という人間だ。
シャランシャラン……。
「すみません……!! 誰かいますか?」
店から扉が開く音が聞こえ、女性らしき声が聞こえた。
聞こえた声に嫌そうに顔を顰めながら彼は動き出す。
鍛冶場から売り場へ。
「なんの様だ? ここにゃぁ半端品はねぇぞ? 金はあるのか、あるなら結構。最高の一振りを提供してやらぁ。」
癖の強い訛りと共に、彼は装備を整え現れる。
先程まで半裸だったのが、装備切り替え機能により一瞬で黒と白の品の良い和服に。
「あ、あの武器を買いたいんです!!」
「まずは出せる額を提示しやがれ、話はそっからだ。」
ニヤリと、悪徳商人が浮かべそうな笑みで彼はこう詰め寄った。