屋敷を出て、剣戟の音がが聞こえる方へ赴く。
同時に、複数の人間の熱も感じる。
具体的には見えないものの、どうやらかなり健闘しているようだ。
「邪魔するぞー」
遠慮がちにいうと、鍛錬場と思わしき囲いに入る扉を開ける。
中では10人以上のケンタウロスが各々戦闘訓練に勤しんでいた。
扉が開く音に何人かは気づき、黒狼を発見する。
一瞬の困惑、瞬きの恐怖。
そして、新たな客人に対する歓迎。
小波起こる海が凪を迎えたように一瞬にして静まり返ると、直後に歓迎の声を高らかに上げる。
熱烈な歓迎、男女問わずにベタベタと黒狼の骨を触りまくる。
閉鎖的な村、客人など碌にくるはずもない。
そこに一際珍しい動き喋る骨の人間が現れたのだ。
このような反応はある種当然ではないだろうか?
「あ、お久しぶりです!!」
その中で一際聞きなれた声が聞こえる。
言うまでもない、ゾンビ一号だ。
ただ、その声色その肌色は少し見慣れぬモノとなっている。
「お前、進化したのか?」
「はい、エリートゾンビからレッサーヴァンパイアになりましたね。」
「と、言うことは四段階目か。俺ですら二段階目なのに羨ましい。」
そう言いながら周囲を伺う。
周囲にいるのは低くとも180cmはあるであろう半人半馬だ、決して身長が低くない黒狼でも圧迫感が物凄い。
ゾンビ一号は完全に埋もれており、いつも以上に小さく見える。
その中でも一層背が高い1人のケンタウロスが黒狼に近づいてきた。
「君がレオトール殿が言っていた黒狼殿かな?」
「ん? ああ、そうだ。しばらく世話になる。」
「いやいや、客人は珍しいのでね。外の作法が分からない私たちが迷惑をかけてしまうかもしれない。」
そう言いながら、頭を掻く。
このような農村、しかもダンジョン内と来ている。
レオトールや黒狼に対しての礼儀作法を持っている方が可笑しいだろう。
むしろ、ここまで歓迎されていることが僥倖ですらある。
「それは有難い。さて、みんな訓練を続けろよ!! 客人もいるんだし、気合いはより一層入れること!! けど、怪我はダメだぞ!!」
「「「はーい!!」」」
そう言ってケンタウロス達はまた訓練に戻っていく。
反面、ゾンビ一号は黒狼に近づくと隣に座った。
「さっきの人を除いた人たちって何歳ぐらいか分かりますか?」
「……、その言い方的にガキなのか。」
「あ、やっぱり分かります? 今ここにいるのは10〜15歳の子達なんですよ。」
「で、そいつら相手と互角なのか。」
「アハハー……。」
視線を逸らしながら乾いた笑いをあげるゾンビ一号。
実力不足が恥ずかしいのか、はたまた別の理由があるのか。
「どれぐらいの強さがあるんだ? 見た感じ、全力で戦えば勝てそうだが……。」
「いやぁ、進化で色々弱くなってますからね。ヒュドラと戦った時の強さがあれば或いはってところです。」
「……、なら俺も進化はやめておくか。」
「え? 出来るんですか?」
「鹿を殺した時にレベルが上がって進化可能になった。とは言え今すぐするのはどうかと思ってしてなかったが……、正解だったな。」
「私の場合は進化をしなきゃ動きが酷かったからですよ? 考え無しにやった訳ではないですから!!」
「わぁってるって、そもそもあいつが無駄なことをさせる筈がないだろ。」
「アレ? 私に対する信頼がない……?」
そう言いながら、黒狼はステータスを開く。
いくつかの通知、そしてアーツという項目を発見する。
アーツの項目を開き、別タブを展開する。
そこには、何やらややこしい樹形図が存在していた。
同時に書籍集を開く、そうするとそこに何やら魔術本が新しく追加されていた。
「とりあえず、アーツを学ぶか。」
独り言として呟くとアーツのタブを眼前に持ってくる。
樹形図、その根っこにある一つ目のアクティブスキル。
スキル名は、『魔術:人化』というモノ。
効果は種族的特徴を消し人間になるというモノらしい。
早速、発動しようとしエラーが発生したのを確認した。
再度、鑑定スキルを使い効果や使用条件を確認する。
「……、まずは魔法陣を作成しなきゃならないのかよ。」
これは厄介、そう思いつつ魔術本を開きその中から人化の魔術に関する項目を確認する。
書かれている魔法陣は、黒狼が扱ってきたモノとは一線を画すほどに書き込まれていながらその横にある解説文で理解を深めやすい。
流石は賢人と言ったところだろう。
「……、とりあえず錬金術で金は……。加工できるな、なら板にするか。」
先程の試練で得た角を錬金術で一時的にインゴット化し、ソレを板にする。
そして、そこに錬金術でまた魔法陣を刻み始めた。
今回は特に試行錯誤することなく完了する、と言うか下手な試行錯誤を行えばこの完成された魔法陣を崩すこととなる。
それは、黒狼の望むところではない。
この魔術の有用性は不明だが、イベントに参加するのであれば他プレイヤーやNPCとの交流もあるだろう。
このような環境だからこそ好意的に受け止めてもらえているが、人間的な生物は異質を排除しようとするモノだ。
もし見つかってしまっては遊び半分でPKされ続けるかもしれない、そんな不毛な行動を防げるのなら使う価値はある。
「よし、完成。」
早速出来上がったモノを見る、やはり解説付きのお手本を見ながら作成するのは独学とかなり勝手が違い自分の理解度を深めることができた。
今ならば、自分の改造した魔術を再度修正し魔力ロスを減らせるかもしれない。
いや、それどころか魔術を応用した……。
「いや、よそう。取らぬ狸のなんとやら、まずは実現可能な範囲を堅実に行うべきだ。」
自分で自分を諌める。
夢は大きくなければならない、だが夢を見て落とし穴に気づかないのは話にならない。
アーツのタブを見て次の工程を確認する。
魔法陣を作成したら次はそれを起動状態にするらしい、魔力を流すだけで構わないらしく非常にお手軽だ。
それを済ませると、次は魔力によってその魔法陣を描k……。
「オイ!? 待て待て!? ドユコトだってばよ!?」
流れるように読み飛ばしかけた内容を再度読む。
何やら魔力を放出しながら魔法陣を作成しろという話らしい、あまりにも上がった難易度を確認し黒狼は溜息を吐く。
魔力の放出、それは技能としては非常に簡単だ。
手のひらから液体が出ると意識すれば魔力が出るという認識と共に魔力が出る。
そこまではできる、だがそれだけだ。
魔力の放出を制限しようとすれば停止するし、放出後の魔力をその場に固定するのは不可能だ。
少なくとも、黒狼はできた試しがない。
何せ、やっていることはスイッチで水量を操作する蛇口を使いながら器のない空中に指定の形で水を浮かべる事と同じだ。
「とりあえず、やってみるか。」
だが、試さないのは論外だ。
もしかすれば黒狼が知らない魔力の性質があるかもしれない、と言うか無ければやってられない。
黒狼はケンタウロス達が修練している横で、アーツに対して試行錯誤し始めた。