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ケンタウロス

 牧歌的な農村を練り歩く。

 あらゆる建築物の大きさはケンタウロスに合わせられており、黒狼やレオトールからすればやや大きい。

 そんな中をレオトールに紹介されるがままに練り歩いていると、木剣が打ち合う音が聞こえた。


「ゾンビ一号はあっちで鍛錬してんのか?」

「ああ、今見に行くか? 先にケンタウロスの賢者に紹介したいのだが。」

「ん? ゾンビ一号に教えてるのなら鍛錬してる場所にいるんじゃないのか?」

「……、説明がややこしいな。詳しく話すと長くなるのだが……。」


 そう言いながら、スキルに含まれるアクティブスキル。

 その中でも更に特異なアーツに関する説明を行う。


 アーツ、それは端的に言えば他者から教わることで発現するスキル体系だ。

 黒狼が使っている剣術のアクティブスキルである『スラッシュ』などはこれに該当しない。

 どちらかといえば、レオトールが扱った『伯牙』や『孤高にて』『活路を開く』などがこれに該当する。

 指導可能なスキルを保有しなければ習得することすら出来ないが、その代わりその強さは通常で手に入るスキルよりも遥かに高い効果を及ぼす。

 また、このアーツと言うシステムは自分が作り上げたスキルに囚われない行動をスキル化し補正を得ることも可能だ。


「まぁ、それを使いこなせる様にケンタウロスの者たちに協力してもらっていると言ったところだ。」

「あー、もう習得はしてんのね。なら先に賢者と合ってアーツを教わった方がいいな。」

「そう言うことだ、早速向かうぞ。」


 そう言って黒狼の手を引く。

 行き先は明々白々、ケンタウロスの村落で最も大きな家だ、屋敷と言い換えてもいいだろう。

 目先にある為、着くのにも時間はかからない。


「ケンタウロスの賢者よ、連れてきたぞ。」

「どもー、よろしく。」


 レオトールが扉越しにそう告げ、黒狼が茶化した様にそう言う。

 直後、レオトールに頭を叩かれるまでがワンセットだ。


「おや、早いですね。どうぞお入りください、話す準備はできてますので。」


 物腰柔らかな声が扉の先から聞こえる、その声に応じてレオトールは扉を開けた。

 屋敷の中は壁で区切られておらず、幾つもの棚にさまざまな薬品や書物が所狭しと並んでいる。

 その中心に、彼は佇んでいた。


「ようこそ、お越しくださいました異邦の者よ。私共々、ケンタウロス族は貴方の来訪を歓迎しましょう。」

「歓迎されても、出せる物は何もないけどな。」

「構いません。私達、ケンタウロスが欲するのはこの地での平穏な生活。ですが、刺激のない生活は私達の生活の質を下げてしまう。貴方のような来訪者は是非とも歓迎しますよ。」

「荒らさない程度に刺激を寄越せってことか。」


 若干笑いながら黒狼はそう告げる。

 目の前の賢人は頭がいい、少なくとも自分よりは。

 なるほど、レオトールがそこまで絶賛するのも通りだろう。

 侮って話せば黒狼は絶対に、致命的なものを取り逃がす。

 そう認識を改める、舐めて掛かれば痛い目を見ると黒狼の直感が囁いているのだ。


「端的に言えばそう言うことですね、異邦の者よ。」

「じゃあ、最高な刺激をくれてやる。そのかわり、俺にアーツを教えてくれ。」

「教えることに対価は求めません、無償で教えてあげましょう。」

「賢人、お前は名前も知らない相手から渡されたモノを素直に受け取れるか?」

「ああ、そう言うことでしたか。では、まず自己紹介から。私はこの村の長に近しい存在です、名前はケイローンと。そう覚えてくだされば結構ですよ。」

「ケイローン、ケイローンねぇ。じゃ、こっちも自己紹介だ。とは言え、レオトールから聞いているだろうが……。動いて喋る屍こと黒狼だ、よろしく頼む。」

「ええ、宜しくお願いしますよ。それで、アーツですか。」

「ああ、できれば魔術的な奴がいい。」

「魔術的、また難しいことを仰いますね。」


 和やかな顔を悩みに歪め、いくつかの書物を取り出す。

 その全てにびっしりと魔法言語で魔法陣が描かれており、魔術に携わったことがある人間ならば生半可な魔術ではないと言うことがわかるだろう。

 少なくとも、黒狼はそう理解した。


「なんだよその魔術、俺が使っている奴がガキのお遊びになるじゃねーか。」

「それはそうです、私が100年前に作ったダンジョンに干渉する魔術ですので。これと比べれば中級の魔術すら児戯ですよ。」

「中々に毒を吐くな、と言うかダンジョンシステムに干渉? どう言うことだ?」

「いえ、元々ここはケンタウロスに適した空間ではなかったので。外界と一部を接続させ、多少の流通が行えるようにしただけですよ。」


 さらっと告げられたトンデモ事実に驚愕することしかできない。

 このケンタウロスは、ダンジョンの中にいながらダンジョンの外へ自由に出られると言っているのだ。


「外部からの刺激って流通ができてるのならそれで十分じゃねぇか。」

「あくまで、一部のケンタウロスだけ出られるように設定してますので。このように村全体が活気付くことは中々にないですよ。」

「あー、閉鎖的な村あるあるってやつか? 確かにそれなら俺たちも無駄じゃないな。」

「ご理解頂けたようで……、とこれで良いですか。此方へお座りください。」


 本を捲る手を止め、しばらく吟味した後黒狼にそう告げる。

 黒狼は視線を外すとさっきまで無かった椅子を見る。


「魔法か?」

「魔術ですよ、中々に便利なので愛用しています。」

「是非ともそう言うのを教えて欲しいモノだな。」

「残念ながら、これらは後回しです。それに明日に出ていくというのにこのような魔術を習得しても仕方がないでしょう。特にアーツとなれば尚更です、扱いやすい技術と思っているのならば改めるべきだ。」

「助言、有り難く被る。だから賢人、お前にも一つ助言をしてやろう。」


 骨ながら分かる不敵な笑みを浮かべながら、黒狼は指を立てる。

 3人が集う中での静寂、その中でたっぷり間を溜めるとこう告げた。


人間オレを甘く見るな、じゃじゃ馬ならじゃじゃ馬なりの扱い方がある。今すぐに教えられる全てを教えろ、次に戻ってきた時にその全てを使い熟す俺を見せてやる。」

「……、知恵は普遍なものです。一つの真理は全てに通じる、金言ですね。では、貴方に一つ聞きましょう。」


 呆れたように、けれど嬉しそうにケイローンは告げる。

 この村では賢人であるケイローンにこのような物言いをする人間はいなかったのだろう。

 少し、口の端を歪め朗らかな笑いをあげるとケイローンは眼鏡を掛ける。


「深淵を覗く覚悟はありますか? 言葉通りの意味ではなく、終わりなき探求の果てという意味ですが。」

「十二分に結構だ、ただ躊躇うなっていうのは無理だけどな。」

「結構です、躊躇わずに飛び込むのは愚者のやる事。聡い人物は躊躇い思考した末に未知に飛び込むものですから。」


 そういうと、幾つもの書物をなおす。

 系統ごとに纏められているであろうその書物は値千金の価値があるだろう、だがケイローンはその全てを無造作に扱う。


「では、賢人から一つの課題を。」


 そう言って、取り出した羊皮紙に手を翳す。

 あっという間に無数の文字列が焼き付き、無数の幾何学模様が現れひとつの魔術が現界する。


「この羊皮紙を貴方が受け取れば魔術に関する知識が得られるでしょう、そして私が作り上げたアーツも。それらを使い、貴方達が挑んでいるモノを乗り越えてください。その末に答えは得られるでしょう。」


 そう告げ、ケイローンは黒狼に羊皮紙を渡す。

 手渡された黒狼は、ピコン♪ という通知音が聞こえなんらかの変化が発生したことを知る。


「では、自由にこの村を散策してください。今宵ばかりは体を休めるのが吉でしょう。私は、彼とまだ話があるので先に出てくれると助かります。」


 特に言い返す理由もなく大人しく屋敷を出る黒狼、そろそろゾンビ一号に合うべきかな? などと思いながら黒狼は村を歩き始めた。

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