白い壁を通るようにして、次の試練に向かう。
今までの最大の危険は扉を潜り抜けた瞬間だった。
今回も同様だろう、そう思いながら槍剣杖を構える。
「……、拍子抜けだな。」
ホッと、息を吐きながら槍剣杖を下げる。
周囲は森林、今すぐ敵襲がある気配はない。
口では強がりつつも、実際レオトールみたいに奇襲を凌げるほどの実力のない黒狼は安心しながら剣を仕舞う。
もちろん警戒は緩めない、緩めるなど考えられないのだ。
遠距離から矢が飛んでくるかもしれない。
地面に落とし穴があるかもしれない。
このダンジョンは、本来黒狼が挑めるダンジョンでない気がする。
その思いを決定付けたのはさっきの鹿。
もし、HP表記に変換すればあの鹿は1や2程度しかないだろう。
黒狼は攻撃力が低いため、攻撃用のアイテムを使わなければダメージは発生しない。
故に容易く攻略できた。
だが、それがレオトールなら? あの余りある力があるレオトールなら?
恐らくは大苦戦するだろう、軽く見積もっても自分の10倍近い攻撃力があるのだ。
黒狼にとってダメージとなり得ない行動ですら、レオトールはダメージを発生させかねない。
最も、そんな失敗など一瞬で解決する様子が目に見えて浮かぶのだから不思議なものだが。
「兎にも角にも移動するか。可能ならレオトールとゾンビ一号もここにいるのがベストなんだがな。」
数値はそこまで減っていない、だからこそ余裕がある。
少なくとも反応が遅れ無ければ対応できる、そんな自信を持ちながら森林を歩く。
地面にはドングリのようなモノが落ちていたり、木には果実が実っていたりとザ・森林と言った様子だ。
もし、生身でここに訪れていたら摘み食いをしていたかも知れない。
「いや、しないか。」
事実上のタイムアタックをしているのが現状だ。
そんな中で、実を食べると言う余分を行うだろうか。
それに、ただでさえ一度死んだのだ。
残されている時間は潤沢などではない、そんな余分を持てるほど黒狼は時間が残流はずがないだろう。
そんな風に、警戒しながらも森を進む。
進んでいる方向が正しいのかはわからない。
だが、明らかに人為的操作が行われた箇所がある。
例えば、木の傷。
例えば、倒れた草。
例えば、人の足跡。
直近でこの周辺を人間が通ったと言う事だ。
そして、ソレに該当しそうな人間は2人しかいない。
いや、厳密に言えば1人と1ゾンビだろうか? どちらにせよ、意味は変わらない以上どちらでも問題はないだろう。
と、そんな風に考えていた時だった。
「止まれッ!!」
鋭く、声が掛けられた。
体を一瞬止め、即座に剣を抜く。
「貴殿に告げる!! 武装を解け!!」
「無理に決まってんだろ、ドアホ。」
ボソリと呟きながら、両手に持っていた武器を手放し地面に放る。
だが、魔術を発生させるのは問題ない。
インベントリを開き、出した金属板に魔力を流す。
起動し出した魔法陣は氷を形成しようとするが、そこで黒狼は魔力を止める。
黒狼が学んだちょっとした技術、名付けるならば起動待機とでも言えばいいだろうか。
「……意外に素直だな、貴殿は。」
「何で呼び止めた?」
「喋るとは聞いていたが……、まさか本当に喋るとは……!?」
感嘆と驚愕を含んだ声でそう言いながら、目の前に彼女は姿を表す。
上半身は美女だ、それも素晴らしいほどに。
全体的にスレンダーであり、端正な顔はキツい目付きによって纏まりが有る。
問題は、下半身だ。
「
「生憎だが、こう見えて当は強いぞ?」
「ハッ、俺からしたら大抵のやつは強ぇよ。」
「自虐は結構、当から貴殿に幾つか質問があるが問題ないか?」
「ある、と言えば?」
「射殺す。」
「選択肢ねーじゃん、別に問題ないからいいけどさ。」
「協力感謝する、さて一つ目だ。貴殿はレオトールと言う人間を知っているか?」
「俺の仲間だよ、その様子ならアンタの住処に居そうだな。」
「当の住居ではないな、当の村に居座っている。立地的に閉鎖的だからな、外から齎される知恵やその技能で幾つかの問題を解決してもらった。」
「……、もう1人の女性は?」
「アンデッドか、彼女も彼と共にいる。」
「それは安心した。」
ホッと、息を吐きながら金属板をインベントリにしまう。
最大に警戒する理由が無くなったのだ。
いや、仲間を匿っている存在に敵意を示す理由などない。
下手な敵対はレオトールやゾンビ一号の立場を貶めかねない以上、武装は解除するに限る。
「いや、此方も協力してもらっている以上お互い様だ。」
「で? 俺のことを探してくれって言うのもレオトールから頼まれたのか?」
「ああ、その通りだ。念の為、敵対の意思確認をしたがそれも問題は無さそうだな。貴殿に無礼を働いたことをここで詫びよう。」
「謝罪は結構、俺としては早くレオトールに会いたい。何分、こう弱くては強いやつに匿われなきゃ安心して夜も眠れねーんだよ。」
「……、そうか。だが村までは遠くはない、当の後ろを着いてくると言い。」
「後ろだと蹴られそうで怖いから横でいいか?」
「警戒心が強い癖に他者を煽るのはどうなのだ?」
そう呆れられながら、黒狼はケンタウロスの横を歩く。
彼女の
確かに、そう遠く離れていないようで10分も歩けば直ぐに村に着いた。
村は森の外にある平野にあり、木で組まれた大きな家が何軒も立ち並んでいる。
他に、物見櫓と思わしき建築物やそれらを繋ぎながら村を囲うように柵が組まれていた。
柵の外には農耕地が存在し、そこではケイネロゾニアよりも一回り小さいケンタウロスが農作物の世話をしている。
いかにも、ファンタジーらしい光景に興奮しながら見知った顔を見つけた黒狼は声を上げる。
「お、おーい!! レオトール!!」
声が届いたのか、はたまた別の理由か。
畑の合間、木陰の下で休んでいたレオトールは黒狼の方を見ると立ち上がり小走りで向かってくる。
「契約は果たしたぞ、異国の傭兵よ。」
「ありがたい、最大の感謝を示そう。」
それだけ言うと、ケイネロゾニアはまた森へ戻っていく。
どうやら狩猟の途中だったようだ、そういう意味では黒狼は邪魔をしたのかもしれない。
「少し遅いのではないか? 黒狼。」
「いや、あのヒュドラ相手に一回死ぬだけで到達してんだから十二分だろ。」
「フン、まぁいい。ここの……、そうだな。試練だとでも言い表そうか。ここの試練ももう達成している、今はゾンビ一号が進化をしより人間らしく動けるようになった為ケンタウロスの賢者に動きを教わっているところだ。」
「ケンタウロスの……、賢者?」
「ああ、私も会ってみたが中々に面白い見識を得た。賢者というのも納得と言うわけだ、お前も会ってみてはどうだろうか?」
冗談混じりにそう問いかける、黒狼はその様子を見て答えは分かりきってる癖にと言うように肩を竦めると軽く背を伸ばす。
体力的疲労はないが、自分を瞬殺できる実力者が真横に居たのだ。
まだ、緊張は消えていない。
「フン、聞くまでもなかったか。」
「で、レオトール。お前はいつまでここに滞在するつもりだ? 12の〜って言われている以上、まだ3分の1しか終えてないぞ? 休憩もいいが早く攻略しなけりゃ間に合わねぇよ。」
「安心しろ、明日明朝にはここを出る。まだ時間はあるのだろう?」
「まぁ、こっちで三日間。今日を省けば二日あるからな。」
「ならば休息も試練だ、ゆっくり休むべきだぞ。」
そう言うと、村の中を歩き出す。
滞在時間は短くも村の中を把握しているらしく、黒狼を案内しようと動き出した。