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捕獲の難行

 しばらくの放心状態、たっぷり10秒後に黒狼は再度リスポーンする。


「え?」


 一瞬頭をよぎる疑問符、リスポーン時間の差異。

 だが、それを考える間もなく目の前から迫り来る鹿の姿を確認しさっと避ける。


「……、ヒュドラは攻略できたって訳か?」


 困惑と疑問符が脳内を錯綜する。

 だが、ソレに答えてくれる存在はいない。

 ここにはもう既にレオトールやゾンビ一号はいないのだ。


「扉は出てないか……、ったく勝利条件がわかんねぇのが最悪だな。」


 そう言って、さらに周囲の様子を深く伺う。


 フィールドは草原、広さは不明。

 見た目は数キロ近いだろうがそう見えるだけだろう、実際に今まで戦ってきたフィールドでも天井などは特に見えるほど高くはなかった。

 ここも同類だろう。


「っと、ぶねェ!?」


 また突進してくる鹿を慌てて避ける。

 一度死んだ事で全てのスキルのデメリット、HPおよびMPが回復した。

 言うなれば万全な状態だ。


「とりあえず、この鹿を殺せばいいのか?」


 若干の疑問、目の前にいる鹿は明らかにヒュドラや獅子よりも弱い。

 ソレどころか、蛇よりも。

 いや、下手をすればあの巨大な骨よりも弱いのかもしれない。

 少なくとも、黒狼は第一印象でそう感じた。


(ああ、クソ。頭が回んねぇ。)


 回転しない、さっきまでの冴が無い。

 極限まで研ぎ澄まされ、アドレナリンが出ていたさっきとは違う。

 ああ、欠伸が出る。

 明確な、を意識せざるを得ない。


(致命的だ、ああクソ。)


 襲い掛かってくる鹿、緊張感を持つことすら必要ない程度の敵。

 落ちていた槍剣杖を拾うと、また突進してくる鹿に槍を突き刺す。


ザシュッ。


 軽い音と共に突き刺さる槍。

 一瞬で鹿のHPは全損し、金の角と青銅の蹄をドロップ……。


「何!?」


 ドロップ品を改めて確認する。

 青銅の蹄の金の角、真偽は不明だが錬金術スキルが何かしら反応している以上偽物とは思えない。

 そして、もう一つ悲報がある。


「……、扉が現れる代わりにあの鹿が再度来るかよ。」


 吐き捨てながら鹿の突進を避ける。

 そのまま剣でサクッと切り裂き、再度ドロップ品を回収する。


「……、殺しても結果は変わらないか。」


 同じように現れた角と蹄を全部インベントリに入れると剣を軽く振り、槍剣杖に仕舞う。

 そして数秒間思考に耽ると考えることを諦める。

 思考が回らない、動かない。

 結論が出ない、奇抜な発想が生まれない、打開策が出てこない。

 ないないないのナイナイ尽くしと言う訳だ。


「とりあえず捕まえるか……。」


 やる気という炎は消えている、情熱という熱は衰えている。

 常人でも出る発想しか出ない。

 黒狼という人間が行う斜め上の発想が生まれない、打開策が出ないのだ。


 大人しくインベントリからライオンの皮を出すとソレを捻り簡単な縄にする。

 そして突進してくる鹿を縄に突撃させようとし、慌てて避けた。

 鹿の速さ、そしてその威力に思わず腰がひけたという訳だ。


「……、はぁ。」


 スキルを見る、この戦いも……。

 いや、敢えて試練と言い直そう。

 この試練も一筋縄ではいかなさそうだと覚悟しながら、いよいよ無いはずの心臓の鼓動を感じる。

 エンジンが入ったと言い換えてもいい。

 一度止まった熱が、一度消えた燃料が再度投入された。


「『強靭な骨』、『魔力活性』」


 自己強化をさっと行い、希薄な自分を情熱で改変する。


 無気力で無関心。

 無愛想で孤独的。

 無神経で絶対的な人間、ソレが黒前真狼であり。

 その全てを覆す狂気を表面化させた別の方向性オルタナティブな黒前真狼こそが黒狼なのだ。


「早く終わらせてやる、クソ鹿が。」


 笑みを浮かべる。

 論理的思考から織り成される狂気的結論。

 黒狼が黒狼たりうる全て、一度熱が消え黒前としての側面が大きく現れたからこそ再度現れる狂気そのもの。

 天才ではなく、異常者ゆえに骸は覚醒する目覚める


 使えるものは全て使う、例えそれが違法だろうが外道だろうがここはゲーム人が作り出した空想だから関係ない。

 さっきの攻撃の感触からこの鹿は耐久値がないのはわかっている。

 ただの打撃程度ならばともかく下手な斬撃などでも行えば直ぐに死にそうだ。

 故に、武器は使えない。

 ならば他に使えるものはあるのか? 考えつく限りでは蛇や獅子の毛皮のみ。

 これで成功できるか? いや、しなくてはならない。


 何度も言うが、失敗など許されないのだ。


「こいよ。」


 突進してくる鹿、それの動きに合わせるように黒狼は縄状にした獅子の皮を未来に置く。

 ここにくるであろうと、そう確信する。

 今の黒狼には見えている、想像できる。


 


 時間にして3秒足らず。

 勢いを増し、黒狼に突撃してくる鹿を目で捉え体は動き皮は弛む。

 一瞬だった。

 目に止まらぬほど一瞬だった。

 ただ、その一瞬は黒狼にとってこれ以上ないほどに経験を与えた一瞬だった。


 暴れる鹿を無理矢理抑える。

 一瞬、込み上げてきた疲れ。

 それを覆す膨大な達成感。

 冷水を被ったかのように熱は冷める。

 だが、その冷め方はさっきとは違う。

 火種ごと、根こそぎ消えるものではない。

 燻りしかない冷め方ではない。


 周囲に爆薬ニトログリセリンを配置し、油塗れのトラックの中で燻る薪。

 いつ爆発してもおかしくない、そんな燻り方をしながら黒狼は今そこに立っているのだ。


「よし、こっからどうすっか……。って、扉が現れてるし。捕まえるだけでよかったのかよ。」


 ボソボソと文句を垂れながら、蛇の皮を使いより強く縛っておく。

 獅子の皮を回収するために。


「さて、レオトールとゾンビ一号は次の階層にいるのかねぇ?」


 そう独り言を呟いて。


〈ーー特殊大敵エクストラボス:『黄金角を持ちし青銅蹄』ーー〉


〈ーー討伐されましたーー〉


*ーーー*


「こんな感じで、よろしいのでしょうか?」


 ゲーム内、掲示板でスレッドを建てる1人の女性がいた。

 スレッドのタイトルは彼女以外には見えないだろう。

 ただ、魔女のような格好をした彼女は儚く繊細な手で決定キーを押すとそのように問いかける。


「嗚呼、時間はありません。一刻も早く私は、仲間を探さなければなりません。」


 真冬に降る雪、落ち着く場所のないその声は蠱惑的でいながら恐怖を煽る。

 悪女、そう表現するに相応しいか。

 悪のカリスマに包まれたその姿は、絢爛なその空間に似合わない。


「どうしましょうか、どう動きましょうか。」


 伸びた爪で机を叩く、誰もいない空間に何かを問い続ける。

 そんな時だ、彼女が建てたスレッドにレスが着いたのは。


『儂は鍛治士だがかまわんか?』


 そのレスを確認すると彼女は、凍えるような冷奴な笑みを浮かべ文章を紡ぐ。

 狂気的、盲目的なその目は闇に濁りきっており……。


「ええ、構いませんとも。あの憎き『騎士王アルトリウス』を追放できるのならば私は悪にもなりましょう。」


 その姿は、魔女そのものだった。

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