毒龍のブレスを全力で回避する。
それこそ、レオトールほどの速度があれば斜めに走りながら回避できるだろう。
もし、ゾンビ一号の様に防御能力をあげていれば耐え切れただろう。
だが、それは
論じるに値しないモノだ。
黒狼は憧憬しない、黒狼は渇望しない。
ありのままの現実を受け入れながら、否定するだけだ。
「『ダークバレッド』ッ!!」
発音と共に、毒性を纏った闇の攻撃を放つ。
求める効果は錯乱、一瞬でも躊躇わせられれば上々と言ったところだろう。
コレは戦いでありながら戦いではない。
ただの虫ケラが、象に挑む。
ただの人間が、神話を代表する英傑に挑む。
そう言った類の話なのだ。
「チッ、やっぱり
体内から感じる違和感、何かが溶けていく感覚。
それを感じながら、慌ててスキルを発動する。
適応とはその環境と共に共生するモノ、自分が強すぎるのならば弱くならなければならない。
弱すぎるのであれば、自然淘汰される。
それを成し得て初めて、その存在はその環境に適応したと言えるのだ。
黒狼が、環境に適応する代わりに一時的にでも捨てざるを得なかったモノ。
それは、状態異常に対する完全な耐性。
絶対的な耐性は、肉体が存在しない故に得られた絶対性は、本来ならば無効化を行えたはずのソレは今では満足に機能しない。
骨だけでありながら、その体を。
魂を蝕む呪いによって黒狼はダメージを受けているのだ。
「もう溜め切ったかこのクソヤロウがッ!!」
叫びながら、体に纏う大半の毒液を一方向に噴射。
それにより、限定的な加速を行う。
咄嗟の機転、そこから導き出される最適解を出したと言えるだろう。
直後に轟音と共に、毒液の一線が現れる。
地面に大穴を開ける様なその攻撃、そこから溢れ出した毒液を操作によって再度身に纏わせるとそのまま走り出す。
残る距離は目測50メートル。
前回は気付かなかったが、今回は明確に見える。
二つ目の頭部がチャージを始めた。
一本でアレだけの攻撃を行ってきたのだ、二つとなれば難易度も跳ね上がる。
そして、それだけではない。
忘れてはいけない、このマップは毒沼というトラップがあることを。
「ハッ、勝ったな。第3部、完!! 知らねぇけど!!」
何かを叫びながら絶体絶命のブレスを潜り抜ける。
コレを真正面から前情報無しで突破したレオトールの凄さと共に、このヒュドラの強さを黒狼は改めて認めた。
やる必要はない、だが極限状態ゆえの余裕を見出した黒狼は脳内で妄想する。
レオトールならばコレを相手に勝てるだろうか?
自分の想像する最強は、このブレスの猛攻を相手にしてヒュドラを倒せるだろうか?
(ああ、あぁ!!)
言葉にならない歓喜と共に、この毒龍の異常さを認識させられる。
レオトールなら勝つだろうか? 考えるまでもない。
いや、考えられない。
共に並びながらも常に100歩先を歩んでいるレオトールの強さを、黒狼如きが理解できると言えるのだろうか? まさか、それこそがレオトールへの愚弄だろう。
思考を放棄するのではなく、理解を拒んでいるのではない。
かの空想の名探偵、その空想の奇譚を記した作品である『シャーロック・ホームズ』
名高いその作品の中でかの名探偵はこう語っ立たされている。
『全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる』
消去法とされる有名な考え方の一つだ。
だが、この考え方には致命的な穴も存在する。
ソレは不可能と断じ得ない可能性が存在する場合、真実が導き出せないということだ。
数学的に言えば、乱数Xが存在する式の答えをX無しで証明できないのと同じだろう。
この状況でも似た様なことを言える。
レオトールという人物の全てを理解せぬまま目に見えた真実だけでその強さを計るというのはあまりにも傲慢でありながら、悪意に溢れた酷い非難ではないだろうか?
少なくとも、今の黒狼はそう考えた。
故に、彼が思う最強のレオトールを夢想する。
その結果として導き出した答えはただ一つ。
「とりあえず、逃げてから考えてやんよ!!」
直後、背後を掠める様にしてブレスが放たれ一瞬の間を置くこともなく回避した先にブレスが届く。
だがソレを勢いを殺すことなく毒液の噴射によって回避すると同時に操作によって回収、自身の補強に回す。
自転車操業さながらの様子、ソレでいながら見た目以上に余裕がない。
一度の猛攻が済めば、数秒程度の
また、接近するごとにその間隔は狭まり威力は上がっていく。
コレでまだニ頭なのだ。
最後の九頭になれば一体どれほどに難易度が高まるのか?
想像なんぞ、出来るはずがない。
「よし、あともう少しッ!! だッ!!」
自分を奮い立たせ声を上げる。
3度目など考えたくもない、3度目などなし得ない。
次があるのであれば、ソレは何度も蛇を独りで殺しより強くなってからだろう。
そして、ソレは自分の目的に反する。
ならば答えは簡単だ、次など無い。
目的に反するのであれば、このゲームを続ける意味がない。
覚悟は決まった。
まだリリースしてから一週間と経たないこのゲームに100時間近く時間を取られている。
ソレを全て捨てる覚悟を持って挑む。
「残り25メートル!! 予想通り三頭目起動、クソッタレ!!」
単純計算3倍の攻撃密度で行われるブレス。
まさにブレスのバーゲンセール。
今後別のブレスを見たとしても驚くことはないだろう。
そう思いながら、忌々しげに毒龍を睨む黒狼。
そして、思いの外早く開けられた方から放たれるブレスを避けようと意識する。
そのまま
「ぎょぇぇぇえええ!?!?!?!」
面白い様に驚きながら危機一髪、急遽その場に留まりインベントリから出した獅子の皮で身を守りつつ毒液操作で威力の薄れたブレスを防ぐ。
さっきまで驚かないとか思っていた思考は何処へやら。
全力で驚きながら自分に最大限の防御を施す様子はまさに小物そのもの。
だが、その行動を行わなければ即死は行かないまでも部位破壊をされていたのは事実だ。
「『強靭な骨』!!」
防御系スキルを発動すると、止まった勢いを誤魔化しながら再度前に進む。
トップスピードでは無いとは言え、沼地と言うことを差し引いても決して遅くは無い。
また、発動したスキルも無意味ではなかった様だ。
自身を蝕むその猛毒に強靭となった骨は多少対抗しうるらしい。
誤差とは言えないまでの軽減効果を出すことに若干の歓喜を覚えながら、焦りと焦燥を捻り殺す。
油断は論外、だからと言って焦り焦燥し結果として命を落とすのも話にならない。
どうせ死ぬなら、最上の結果を得てから死ね。
最上の結果が得られないのなら、最上の結果を得られる様尽力してから死ね。
どこまで行っても泥臭くそして最上、最良を求めるその姿は笑えるほど滑稽でありながらどこまで行っても真摯である。
一見すれば
掲げるべきモノも、頼るべきモノも必要ない。
だからこそ、この男はこの難行を達成する。
「こなくそォォォォオオオオオオ!!!!」
狂気と正気、正気と狂気。
どこまで行っても交わることのない状態が交錯し、深淵への扉は開かれる。
体を蝕む神話の呪い、体を支える神話の猛毒。
最強への道のりは酷く遠く、悪役としての芽は未だ芽吹かない。
ーーー残り10メートル
いよいよ四頭目が起動する。
声を上げる隙すらない。
思考は錯綜し、混迷し、悲鳴を上げる。
骸の体躯は、沼を疾走し、息吹を避け、ただ一つの扉へと赴く。
理性は遠く、獣性は脆く。
そこにあるのは結果のみ。
声にならない悲鳴をあげながら、音にならない激情を出しながら。
黒狼は、扉に入り込み……。
直後、正気を失うほどの打撃によってHPは全損し死亡した。