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環境適応

 VRCを被り、黒前は黒狼となる。リスポーンまで残り30秒。

 馬鹿とゲームをしながら具体案を練り、最も確実性が高そうな案に全てを賭けることにした。


「やるぞ。」


 ボソリと呟き、目を細める。

 さっきまでの遊んでいた様子はない、纏う空気が一気に変化する。

 ゲームに入る。

 ポリゴン片から身体が形成されてゆき、貧弱極まりない身体が出来上がる。

 現れた場所は獅子と戦った例の場所。

 再戦が無いことに安堵しながら、持ち物を確認する。

 毛皮に槍剣杖、軟膏に軟膏ポーション。

 一つ一つは取るに足らない駄品だろうが、今の黒狼にとっては値千金と言ったところだろう。

 そう言えるアイテムが入っているインベントリから、中でも一層貴重なアイテムを出す。

 アイテム名は、『ヒュドラの毒』。

 ソレを一気に飲み込む。


「ーーーーーーーーーーッ!?」


ピコン♪


 苦痛が、絶望に値する苦痛が。


ピコン♪


 頭蓋が割れる痛みが、例えられない激痛が。


ピコン♪


 全身が、全ての骨という骨が。


「ぐぁぁぁぁぁぁああああああ!!??!!!、、、」


 無理矢理苦痛を紛らわせようと叫ぶが、一向に薄まらない。

 大英雄が幾人も死んだ毒だ、例え状態異常に完全な耐性を得ていても自分から取り込めば無事では済まない。

 毒に含まれる微量の英雄殺しの、半神殺しの呪いが不死者に襲い掛かる。

 同時に多少、時間を置いて何通ものアナウンスが届く。

 合計10回は流れただろうか? だがまだ毒の効果は消えない。

 いや、むしろ強くなったようにすら感じる。

 ヒュドラの毒というのは本来そういう代物なのだ。


 品質が下がり、弱毒化していたとしてもその性質は歪まない。

 服用者を絶対に殺す、毒としてしか成立し得ない性質。

 ソレが黒狼に最悪の苦痛を与える。


 何分経っただろうか? その苦痛もだいぶ安らいだ頃に黒狼は大きく疲弊しながら立ち上がる。


「ステータス、ああ目論見通りだ。」


 そこには、スキル『環境適応猛毒』を獲得したとの文字がある。

 ここで、環境系スキルについて少し解説しよう。

 環境系スキル、名前の通り特定の環境に適応したり特定の環境を侵略したりすれば手に入るスキルである。

 その性質から自己を歪めるモノが多く、一種の進化と言っても差し支えのない効果を持つ。

 そのため、基本的に種族的進化を果たした時に得やすい傾向にある。

 黒狼が持つ環境系スキルも進化時に獲得したものだからこそ、ここまでは理解し易いと思う。

 そう、問題はここからだ。

 環境系スキルの取得条件、ソレがこのスキルを難解にしている最大の理由だ。


 環境系スキルの取得条件、ソレは環境に適応したり侵食したりすることである。

 シンプルすぎるだろうがコレが答えなのだ、だからこそ難解でもある。

 例えば、マグマがそこかしらから噴出する地域。

 例えば、絶対に生存が許されないような死滅領域。

 例えば、侵食する水晶で作られた極限地帯。


 ソレらに適応するというのは、人間含め従来の生物ならば原則不可能な話だ。

 適応というのはそう簡単なものではない。

 それこそ死ぬような環境下に一度降りなければならないのだ。

 その上で自身を構成する全ての材質にその環境に適応するよう進化を促す。

 ソレを擬似的に行なってくれるのが、種族的進化である。


 そして、普通では行えない無謀でもある。

 ソレを、黒狼は行ったのだ。


 肉体を、黒狼ほど完全な状態異常に対する耐性を持ち得てなければ絶対に成立しない無茶苦茶を行ったのだ。

 もし、失敗すれば再度リアル時間30分待たなければならないだろう。

 普通の人間ならばこのようなことをするはずが無い、出来るはずがない。

 リスクとリターンに見合わない。

 だが、黒狼はやってのけた。

 だが、黒狼はこの賭けを成功させたのだ。


「あー、クソ。馬鹿しんどい……。」


 ソレはそうだ。

 隠しステータスで設定されている神殺し、英雄殺しの呪い。

 ソレをその身に受けているのだ。

 ただの人間、いや骨である黒狼にとって苦しいで済んでいることこそが奇跡に等しいだろう。


「っと、早速攻略しに行くか。」


 空いた瓶をインベントリに仕舞い、槍剣杖から剣を抜く。

 そして、気負うことなく扉に飛び込んだ。


*ーーー*


「攻略開始だ、クソボケが。」


 若干キレ気味でそう言うと、即座に『環境適応猛毒』を発動する。

 一瞬の間を置き、黒狼は大地を蹴った。

 目指す扉は100メートルほど先、警戒すべきブレスは……。


「もうチャージ開始かよ!!?」


 驚きはするが、別段その程度。

 レオトールとの対戦、ゾンビ一号と戦ったことからその速度は予想している範囲を大きく上回らない。

 そして、もう一つ分かっていることがある。

 ソレは、九つの頭部それぞれが一斉に目覚め攻撃してこないこと。

 レオトールとの戦いでも、ゾンビ一号での撤退戦でも同じだったのだ。

 どんなに多くても最大数は3〜4つ程度だろう。

 この情報があるからこそ、黒狼はさっきの自分よりも遥かに有利であると認識した。

 そして、もう一つ。


 画面端に現れたタブに記されているソレを認識したことにより黒狼は、自分の思考が間違っていなかったと認識する。


「展ッ、開ッッツ!! 『毒髑髏』!!」


 早速、降り注ぐブレスを回避しながら『環境適応猛毒』の特殊条件アクティブスキルを発動する。

 適応、その言葉の意味はその情況によくかなうこと。また、生物の形態や機能などが、その生活環境に適合していることである。

 コレらを踏まえた上で、果たして毒性を無効化できる黒狼が何故猛毒に適応するスキルを得ようとしたのか? 答えは単純だ。


 理由などない、ただ突破口になりうる可能性があると盲信したからだ。

 そして、その賭けは成功した。

 再現性のない極限的な行動を行い、実現性の乏しい破滅的な賭けを乗り越えたのだ。


「さて、今度こそ逃げさせてもらうぞ。」


 アクティブスキル、『毒髑髏』。

 その効果は、周囲の猛毒の操作。

 その効果を即座に認識した黒狼は、早速と言わんばかりに飛んできた猛毒で自分の体を覆う。

 黒狼が弱い理由、その最大にも当たる部分は肉体がほとんどないことによるスキル的補正が乏しいこと。

 ならば、逆説的に肉体の代わりとなるモノを帯びて仕舞えばいい。

 早速と言わんばかりに自分の肉体を覆い尽くした黒狼は地面を蹴って接近する。


 直後、轟音。

 二発目のブレス。

 飛んでくる水の勢いは生半可な防御では、それこそ身に纏っている毒程度では防げないだろう。

 また猛毒操作を使っても勢いで押し切られるのは分かりきっている。

 故に全力で避ける。

 全力で、一切の出し惜しみなく。


「にーげるんだよーッ!!」


 全力で横にとび、そこから猛毒操作でさらに大きく距離を稼ぐ。

 第一回目は手も足も出しながら負けた。

 第二回目、今回はどうなるのか? 


 神の味噌汁は美味いのか不味いのか? ソレらの結果はこの戦いの末に理解するだろう。

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