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Ⅻのーー、落命の難業

 獅子を倒し、多少の休憩を得た後に三人はまた扉を潜る。


「ッ!? 拙い!!」


 一瞬にして転身し、呼吸器を覆う様に布を巻くレオトール。

 反面、何も気づかないゾンビ一号や黒狼は平然と立っている。


「どうしたレオトール? ……あー、はいはい理解したわ。九つの頭に一つの胴体を持ってる竜ってアイツしかねぇもんな……。」

「ドウイウコトデスカ?」

「ヒュドラだよ、ヒュドラ。あらゆる作品で題材にされたあの化け物、曰くかの竜は無限に再生し吐く吐息や血には猛毒が入っているとかなんとか。」

「アー、ダカラレオトールサンハ……。」

「俺たちはアンデットだから毒に対して完全な耐性があるけど、レオトールは人間だからな。流石のレオトールでも毒物には弱いか。」


 そういった瞬間、黒狼は何かを感じたのか即座に飛び退く。

 一瞬遅れ、レオトールが。

 どちらも背を向け合いながら疾走する、秒数に変えれば20秒の猶予がありその間必死に走り続けた。

 最後に逃げられないと確信したゾンビ一号が盾術のスキルを幾つも展開し攻撃を受ける準備を整える。

 瞬間、毒の息吹が降り注ぐ。

 ソレもただの毒ではない、死の性質が付与された物理的威力を伴うブレスなのだ。

 肉体に生命活動が依存する生物ならば、即死は免れない。

 また黒狼が受けた場合は、物理ダメージを緩和し切れず耐えられない。

 まさしく、ゾンビ一号のみ耐えることができる猛攻。

 ソレを立った一つの盾で防ぎ切る。


「ーーーーーーッ!! ギリギリ、デスネ!!」


 10秒以上、強化した盾でなければ防ぎ切れないブレスを防ぎ切るとゾンビ一号は即座にポーションをがぶ飲みする。

 防ぎ切ったのは間違いない、だがその上でダメージが入っているのも間違いない。

 一連の流れを認識し常道では決して勝てない敵であると、三人は即座に直感する。


「……、扉がもう既に出ている……?」


 真っ先にソレを認識したのは黒狼だった。

 レオトールほどの正面戦闘能力も、ゾンビ一号ほどの耐久性もない黒狼は最初の猛攻で即座に逃げ腰となったのだ。

 尤も、逃げるための潜った扉は既にない。

 ならばどうすればいいか? そんな疑問を抱き周囲を即座に、しかして隈なく探した黒狼だからこそ真っ先にヒュドラの膝下にある転送用の扉を発見する。


(なるほど、この戦いは勝つことが出来ないとされているのか。)


 一息遅れレオトールもその扉に気づき、ダンジョンの仕組みを認識する。

 この戦いは、勝つことではなく生き残る戦いだと。


「ふざけてやがる、クソゲーがよッ!!」


 竜の膝下にある扉を視認し、黒狼は怒りのままにそう吐き出す。

 いつにも増して広大なエリア、どう見ても直線距離で100メートルはあるだろう。

 そこから黒狼たちの場所まで届かせてくるのだ、明確に物理的威力を伴った吐息ブレスを。

 巫山戯ている、馬鹿げている。


 コレをどうやって攻略しろと言うのだ?


 この手の敵の対処法などない、常道などあり得ない。

 かの大英雄ヘラクレスですら、神の手助けなしではその無限に再生する頭部を全て切断することは成し得なかった。

 そして、その肉体を巨岩で潰したとされているがその後も生きているなどと記載されている文献すらある。

 神に至り、星天に刻まれた大英雄がだ。

 たかが人の身でしかない黒狼に、レオトールに、ゾンビ一号にどうやって攻略すると言うのか?


「……。」


 険しい眼で毒竜を見る。

 レオトールはこの瞬間にも攻略を諦めていない、必ず何処かしらに突破口があると睨んでいる。

 最も強い彼だからこそ、現状を観察し思慮することが出来ている。

 絶望に浸るなど論外だと吐き捨て、目的のために剣を握ることが出来ている。


「……、!!」


 そこか、と。

 口を閉じたまま呟く。

 直後、黒狼とゾンビ一号を置いて駆け出す。

 一瞬にして3〜6のスキルを同時に展開し、時速50キロにも及ぶかの様な速度で大きく弧を描きヒュドラに近づく。


「そう言うことか、ゾンビ一号!! 覚悟しろ、ここは2人だけで攻略しなきゃならねぇぞ!!」

「エェッ!? ムリデスヨ!!」

「覚悟を決めろ!! 幸いにも倒す必要は無さそうだが……、な。」


 深刻な顔と声でそう告げる。

 門に近づいているレオトールの姿がその虚の眼に写っているのだが……。


 九つの頭部から別々に放たれる毒の息吹を、洋画のアクションスターの様に体を捻りながら躱す。

 周囲では常にポリゴン片が飛び交い、常に無数の武器を取っ替え引っ換えしながら動いているのは確認できるが……。

 あまりの速さ故に、常に体はブレて見えており至近距離にいるヒュドラですらその速さに追い付いてはいない。


 戦いの次元が違う、たった一度でも触れれば死ぬであろう攻撃の中をインベントリ内に貯蔵された数多の武器を用いて立体起動を行い全てを避けているのだ。


 何が一番怖いか? 

 ソレは狂気的な立体起動をおこなっているにも関わらずその動きに華やかさが無いことがだ。

 普通、何かを極めているのであればその動きは必然的に華やかで美しくなりゆく。

 しかし、レオトールは違った。

 極められている様にしか見えないその動きは、どれだけ必死で見たとしても美しくなど無いのだ。

 どちらかと言うと、無骨。

 只々ひたすらに、機械の様に一つ一つのタスクを熟している。

 その様にしか見えない。

 まるで、視覚外のヒュドラの動きを視認し次に行われる攻撃が見えており……。


 そして、ソレを避けるための動きに応急的な行動が入っていないかの様に。


 たった3分未満、その間にレオトールは黒狼たちを置いてゆき扉に突入したのだ。


「ボケっとするな、レオトールが引き付けてる間に俺たちも可能な限り進まなきゃならねぇ。」


 最初に立っていた外周部とでも言うべき部分は乾いた土で構成された荒野だった。

 だが直線距離で20メートルも進めばその様子は一瞬にして変化する。

 汚泥と猛毒に塗れた沼へとそこは変貌したのだ、元より速さが少ないゾンビ一号はこの沼に足を取られ上手く進めない。


「ッチ、ゾンビ一号。必死で先に進め、俺があのヒュドラを引きつけてやるからよ。」


 レオトールが扉を潜ったのを確認した黒狼は、そう告げると槍剣杖を掲げる。

 普通の人間ならば、普通のプレイヤーならばここでゾンビ一号を捨てて進むのかも知れない。

 だが黒狼は違う、少なくとも黒狼は違うのだ。


(そんなこと、俺の美学に反する。)


 道具ならば道具らしく、最もその輝く瞬間に死ね。

 最も輝く瞬間以外に死ぬことは、決して許され無い。


「覚悟はいいか、デコ助野郎ッ!!」


 骨の癖して満面の笑みで、黒狼はそう告げる。

 レオトールの最高峰の攻防を見て何故行けると思っているのか?

 そう問われたら、黒狼は素面でこう答えるだろう。


『逆に何で行けると思えるんだ? この骨の俺を見てさ。』


 間違えるな、と。

 黒狼はそう言葉を続けるだろう、今の自分はただ線一杯背伸びをしているだけなのだから。


・・・gaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAA!!!!


 一気に唸り声を上げ、ブレスを行う為の溜めに入る。


「『ダークランス』」


 その溜めに一気に黒狼は闇の槍を撃ち放つ。

 超高速で打ち出された槍は、正確無比にそのブレスを破壊しヒュドラの口の中に毒ブレスをブチ撒く。


「Are You Ready? 当然俺は逃げさせてもらうぜ?」


 攻防は始まったばかりだ。

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