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焦り

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!」


 大蛇がうねりを上げながら襲いかかってくる。

 ソレを目にした黒狼は即座に叫び声を上げ戻ろうとするが……。


「扉がない!?」

「ふむ、安全な空間も無いときたな。」

「おどなジグダダがうじかありまぜんね。」


 そう、入ってきた時に存在していた扉が消えていた。

 黒狼の狼狽ぶりに反して二人は冷静だが、レオトールはもうすでに剣を抜いており落ち着いているわけではないのが明確に分かる。

 さらに言えば、ゾンビ一号も周囲を見渡し障害物となるモノを探しており平常心でないのがよく伺えるだろう。


「どうするレオトール!?」

「どうもこうもあるまい、周囲に隠れられる場所は?」

「ぎんべんにはナイでず!!」

「ならば、大人しく迎え打つのみ。」


 言うが早いかレオトールは複数のスキルを発動しバフを自身に掛ける。

 一瞬にして複数の光に包まれたレオトールは前方から迫る大蛇に視線をキツく向ける。


「この距離ならば……、黒狼弓は扱えるか?」

「扱えるかバカヤロー!!」

「ならば扱え!!」


 珍しく感情論で説教をするとインベントリから二つの弓を出す。

 どちらも同じアイテムのようで其々に魔術的な模様が彫られている。


「魔力で矢を生成する弓だ、何度も射って覚えろ。」

「魔力も無限じゃねぇんですが!?」

「そこは……、知らん。口より手を動かせ!!」


 そう言うとレオトールは弓を引く。

 それだけで矢が生成された、引き切ったレオトールは遥か先を見定めると言葉短くスキルの発動の切っ掛けトリガーである言葉を紡ぐ。

 補強されたステータスにスキルを発動した弓術によって放たれた矢は美しい弧を描き大蛇の眉間に中る。

 だが、その攻撃によって与えられたダメージは大きくはない。

 バフによって底上げされたステータスに乗算であるスキルを組み合わせた一撃だが、元来近接戦闘を得手としているレオトールにはやはり遠距離攻撃は向いていないと言うことが明確に分かる。


「ッチ、見様見真似だ!! 食いやがれ!!」


 そう言って弓を引く黒狼。

 その動きは辿々しくお話にならないレベルだが……、それでも補正というものが働き最低限の動きになる。

 勿論、ろくに当たりはしないし当たったとしてもカスみたいなダメージだ。


「体力ゲージが表示されてるけど……、遠すぎて見えねぇ!!」

「何、殆ど減っていない。そんなものを気にするより手を動かせ!!」

「わだじば?」

「近接戦になった時の壁だ、しっかりと気を張れよ。」

「まじデずか……。」


 そう言いながらも、装備を見直しうまくヘイトを集めるためにどのように動けばよいか脳内で考えるゾンビ一号。

 だが二人はその様子を見る暇もなく矢を打ち続ける。

 およそ4分、その行動を続け接近する大蛇を狙い続ける


「そろそろか、黒狼。お前は後ろに下がってろ、私たちが前衛で受け止める。」

「成程、俺は後ろから魔法で攻撃しろってことか? ってそれなら俺の魔力がクソすくないんですケド!?」

「少ないとはいえ最低限はあるだろう、貴様が近接戦に参加したところで巨体から繰り出される打撃攻撃によって即死するだけだ。さて、どちらがいい?」

「……、え? 選択肢ないよねコレ?」

「言うまでもなかろう、ある訳がない。」


 そう言うと、50メートルほど先にいる大蛇を見据えながら弓を仕舞う。

 代わりに剣を取り出すとゾンビ一号に話しかけに行った。


「ったく、扱いが酷くありませんかねぇ?」


 ボソリと呟きつつ、インベントリから数少ないいくつかのアイテム。

 その中でも今回最も役に立ちそうな魔法陣が描かれている巻物を取り出す。


「そういや蛇って冷気が苦手なんだよな……? よし、少しコイツを改造してやろう。」


 そう言うと魔法陣を起動させ、光り輝いている魔法陣の線を記憶しながら余っている錬金金属にその線を転写していく。

 そうして一度完成させると黒狼は一部の文字を変化させ始めた。


「……、システム自体はレオトールから教えてもらってるしスキルの補正もあるから大きく属性や攻撃方法を変えないのなら問題はない。」


 ボソボソと呟く、視界に映るタブに描かれている文字と自分が書くべき単語。

 そして魔法陣に描かれている文字を見比べつつ、錬金術を使い魔法陣を変化させる。

 思考は加速し歓喜と共に理論の渦に飛び込む。


「黒狼!!」


 レオトールが黒狼の名前を呼ぶ、慌てて顔を上げ視線を向けるとそこにはゾンビ一号とレオトールが大蛇を受け止めている姿が。


「『ダークバレッド』」


 努めて冷静に、スキルを発動させながら黒狼は焦りを隠しながら金属板を見る。

 効果範囲、そして発動手順を入れ替えるだけ。

 難しくはない、ただ時間が必要だ。

 1分、いや2分も。


「クソッ!!」


 足りない、時間が。

 連戦となっている以上、レオトールにも疲弊疲労があるだろう。

 そう察した黒狼はそれだけの時間、足手まといゾンビ一号を庇いつつ大蛇をレオトールが止めておけるかと考えても実行は難しいだろうと推測した。

 ならば前衛に入るか、それこそ否。

 一撃で沈みかねない自分が前衛に入った所でどれほどの意味があるのか。


「おい、黒狼!!」


 どうすればいい!! どうすれば勝てる!?


 焦りと脅威を見据えて黒狼は見えぬ恐怖に慄く。

 敗北という恐怖に。


 一人で負けるのなら構わない、だがゾンビ一号を失うのは得策ではない。

 ゾンビ一号もかなり手塩に育てた、同じ存在を育てるのに果たして何時間かけるのか?


(クソクソクソクソ!! クソがッ!!)


 自分の命ならば無限に捨てられる、そこで消費されるモノデメリットは決して多くないから。

 だが、それ以外はどうか?

 時間という共通にして有限のリソースは?

 確率という変動する不確実性が高いモノをくぐり抜けることはできるのか?


 焦りが明確に溢れ出る、レオトールという絶対性すら見えていた安心感が無くなっている気がする。


 どうすればいい? どうやればいい?

 あらゆる手を使ってでも勝たねば、勝たねばならn……。


「おい!! 黒狼!! 焦るのはいいが、思いの外弱いぞ? そこまで焦らなくとも問題は、ない!!」

「は?」


 髪があれば掻きむしり、皮膚があれば裂傷の跡が残るほどに地面に叩きつけ言いようのない不安を解消しようとしていた黒狼にとってその言葉はあまりにも想定外だった。

 思わず、言葉が漏れる。

 ついでに怒りも。

 言葉にすれば八つ当たりだが、黒狼としては最初のレオトールの焦りようを見れば必然的に力が落ちていると思うのだ。

 論理破綻を招きながら怒りと呆れを持つ。


 そして大蛇の大顎を蹴り上げたレオトールを見ながら黒狼は怒りを持ちながらため息を吐きつつ、自身の要求を告げる。


「3分持たせろバカヤロー!! 魔術の改良で忙しいんだこっちは!!」

「エェ? ごのだイミングでずか?」

「そう窘めてやるな、3分だな? いいだろう、その程度問題ですらない。」


 何気に上機嫌なレオトールがそう告げると、蠢く大蛇に向けて剣を振る。


「さて、3分か。幾許か手を抜かねばこれの体力が尽きてしまう。」


 口でそう嘯きつつ、飄々とした様子で鱗が覆っている部分にスキルも使わず剣戟を放つ。

 相変わらず無骨ながら完成した剣捌きだ、目標にすべき動きでもある。


「此方も助けて貰っていたりするのだ、成長させてやるのも先達の務めだ。」


 圧倒的な強者ムーブをかましつつ、動きを止めるように剣を振るった。

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