「戻ってきたか。」
「おん、たでーま。」
短く言葉を交わすと、レオトールは手元で苔を砕く作ぎょu……。
「何それ?」
「ん? ああ、簡単に作れる軟膏だ。素材があったから作ってみてるがコレが案外楽しくてな。やってみるか?」
「ちょっと待てぃ!!」
慌てて言いながら、彼の手元を覗き込む。
中には道中多々見かけた苔や植物がレオトールの手によって砕かれていた。
「そういうの作れるなら先に教えてくれよ……。素材取ってきたのに。」
「……あ、確かにそうだな。」
互いに間抜け面を晒しながら気まずい雰囲気を漂わせる。
「ま、まぁここで気づけたのだからいいではないか。次から取ってきたら良いのだし。」
「おい、レオトール。其の軟膏完成品なん個あるんだ?」
さっと目を逸らすレオトール。
虚な眼光で睨む黒狼。
先程より気まずい空気が流れ出す。
「……、約50個ほど……。」
「一つ作るのにかかる時間は?」
「15分ないし10分ほど。」
「ほうほう、つまりお前は10×50分。時間に直して8時間の間作ってたんだな?」
「ま、まぁそれぐらいになるな。」
「もっと早くに言えただろボケェェェエエエ!!」
怒声がダンジョン内にこだまするが、烈火の如く怒り出した黒狼には関係ない。
もとより大量のスケルトンを倒して疲弊しているのだ。
そりゃ怒りたくなるのも当然だろう。
それに基本的に黒狼は不必要な無駄を嫌う。
人生に不可欠な余分や、利益を増やす為の無駄は当然嫌いではない。
それどころか個人的には楽しんで受け入れるところがあるが、一手間で済むところを無駄に二手間掛けたり短時間で済むところを無駄に長時間かけたりするのは非常に嫌う。
知っていれば得する情報を無駄に隠されていたのだ、そりゃ怒りたくなるのも当然だ。
「落ち着け、ノワール。」
「……、いやなんで言わなかったんだよ。」
慌てて、大仰な動きで黒狼の怒りを収めようとするレオトール。
普段のクールっぽい様子からは考えられないほど慌てた様子は笑いを誘う。
その様子をみて、黒狼も別にそこまで怒る必要はないかと思考が冷静になる。
そうなるなら端から怒るなよ……。
という感想を抱くが、それほどまでにレオトールの様子が滑稽だったのだろう。
「いや、別に言わぬつもりは無かったんだ。」
「忘れてたのか?」
「まぁ、そういう事だな。」
若干天然が入っているレオトールを見て、軽く天を仰ぐ黒狼。
天然が嫌いなわけではないが、レオトールがこんな形でポカをするような人間だったとは思いもよらなかったという事だ。
だが、分かれば対処の仕様がある。
最初から把握しておけば良いのだ。
「と、言うわけだ。知ってる事全部吐きやがれ!!」
「何が『と、言うわけ』なのか知らぬが……。私の知っている事と言っても大したことは知らんぞ?」
「いや、お前の大した事が俺の中でかなり重要な事のパターンがあるから。」
「あー、それもそうだな。」
と、黒狼の説明に納得して色々話し出す。
それこそ軟膏の作り方や効果、スキルの習得やスキルレベルの上昇。
レベルの上がり方や魔物のランクなど、様々な情報が。
はっきり言おう、この時点では大手の情報系クランでも手に入れていない重要な話をあっさりと話し始める。
そんな重大な話を聞く事、訳1時間半。
黒狼は生粋のゲーマーではないが一つ確信を持って言えることがあった。
「もっと早くに言っておけ!!」
「……、すまん。」
呆れと怒りを半々に織り交ぜた言葉でレオトールを軽く攻める。
関係の悪化は望む物ではないが、それはそれとして重要な情報を知らせないのは共同活動における致命的な罠となる。
ゲームであるからこそ、共に遊ぶ仲間と不仲な関係は築きたくないと考える黒狼にとってこの話は怒るに相応しいだけの内容だ。
「はぁ……、まぁ良いか。」
話を聞いて脳内でまとめた黒狼は、色々考えた末に楽観的にそう告げる。
重要ではあれど、今の黒狼にとってそれ以上の価値はないからだ。
例えばこの情報を1万で売れるのならばそれだけの価値がある。
例えばこの情報で最強の武器を手に入れれるのならばその価値がある。
だが、この情報は得ただけでは重要だと言う価値しかない。
直接的な強さに貢献しない。
ただただ、その程度の価値なのだ。
難しく考える必要はない、かと言って軽視するのは許されない。
得たものは金の原石という事だ。
加工する術を持たなければ価値ある物にはできない。
欲しがる人間がそばに居なければ売ることも出来ない。
そして、無料で渡してしまっては本来得られた筈の利益が無い。
その様な物であるからこそ、黒狼はそう告げたのだ。
「とりあえず、レオトール。まず其の軟膏の作り方を教えてくれ。」
「……あー。おそらく錬金術スキルを保有しているのならば簡単に作れると思うぞ? ただ、多少効率は悪いだろうが……。」
「え? マジ?」
慌てて素材を取り、錬金術スキルのレシピ欄を確認する。
開いて5秒。
最初から三つ目ぐらいにそのレシピが書かれて居た。
「……、すまん。」
「どうした?」
「いや、俺の確認ミスもあったわ。」
軽く頭を下げる。
この話し合いは、結果としてどちらも徳をしない結論に至ったのだった。
「そういやレオトール、その薬研って何処で手に入れたんだ?」
「この前買い物に行った時についでに買ったぞ? 貴様の分も有るがいるか?」
「是非ください!!」
ズサー、と土下座をしながら頼み込む。
それを見て苦笑しながらインベントリから取り出し、手渡すレオトール。
「サンキュー、他にも色々レシピあるから色々作ってみるわ。」
「そういえば、貴様がちょくちょく取り出している錬金バッグにはコレは入って居なかったのか?」
「あー、コレはチュートリアルクリアボーナスだからな。おそらく、薬研は薬師がメインで使うアイテムであって錬金術師がメインで使うアイテムじゃないんだろ。」
「ああ、成る程。確かに錬金術は鉱石から植物、モンスターの素材と言った様々なモノを魔法的に加工するからな。それなら草を粉砕する薬研は入って居ないわけだ。」
「代わりに、乳鉢が入ってたしそっちで出来ないことも無いんだろうけどさ。」
「まぁ、多少効率は落ちるのだろうな。」
ウンウンと頷きながらレシピを確認する。
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レシピ
作成可能アイテム:回復軟膏
概要
最も簡単に作れる回復アイテム、怪我をした場所に塗り込むと傷が若干速く塞がる。
使用するアイテム
ヒナゴケ 1
ヤク草 (ダンジョン)1
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鑑定結果:ヤク草 (ダンジョン)
・危険度が少ないダンジョンの中層でよく見かける草。多少の魔力を含んでおり簡易的な回復薬の作成時に用いられる事が多い。ただし、微弱な麻痺毒が含まれており加工せずに用いるのは推奨されない。
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「ヤク草ねぇ……、微弱な麻痺毒ってなんだよ。」
ボソボソと独り言を言いながら早速、薬研にヒナゴケと薬草を放り込む。
しばらく潰し続けると粘着性を持ち始め、混ざり合ってゆく。
「ゲームっぽいシステム、嫌いじゃねーぜ?」
無駄にカッコ付けつつ只々薬草を砕く作業をこなしてゆく。
横でそれを見ているレオトールが、果たして骨に軟膏は効果があるのか? と思っている事に気づかないまま。