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「よし、ようやく上がった……」


 洞窟で積極的に狩りをすること、約3時間。

 疎に見える敵を確実に仕留めるように動いては居ても、短時間で大量に倒しているわけでは無い。

 ソレにレベルが上がったことによって必要とされる経験値も大幅に上がってきており、簡単にレベルが上がると言う事が無くなってきた。

 槍剣杖の扱いに慣れてきて前々から使っていた洞窟蜘蛛の槍と同等以上の上手さで使え始めているが、根本的に接敵数が少ないためその程度の処理速度の上昇はただの誤差でしか無い。


「なんか、スケルトンも俺を見つけたら逃げるような動作をするし……」


 ついでに、キラー系の称号も悪影響を及ぼしている。

 大群と接敵して居た時は窮地を救うキッカケとなった称号だが、安定した量の狩を行うには不要以外の何者でも無い。

 製作者の弱い敵を何度も倒してレベルを簡単に上げるのは許さないと言う思いがチラついているのが良く分かる話だ。


「一回のログイン時間もだいぶ伸びてんな……。一回アッチに戻るのもありか?」


 ゲーム内で時間がだいぶ圧縮されている為、実際の経過時間はそこまででも無いが認識される時間が長いので心労が溜まるのは事実。

 一回現実に戻り休むのも手だと思考する。


「……いや、いいか」


 だが、その思考も数秒で終わった。

 単調作業ではあるが体を動かしている為、長くは感じても退屈感が酷いわけではない。

 集中力が大幅に減っている印象もない、一切だ。

 見えない疲れが溜まっている自覚こそ有るが、黒狼の欲を刺激する何かを見つければそんなモノ一瞬にして吹き飛ぶだろう。

 自分の性根に呆れながらも、間違いないと納得した黒狼は剣を仕舞いながら色々思案する。


「レベルも上がったし、ボスを倒したいな……」


 ボソリと、だが先程から心中に渦巻くその思いが溢れ出す。

 確かに納得はしたが、ソレはソレ。

 いい加減、現状を変化させたいと思うのが事実だ。


「……、一度挑むか? いや、挑むべきだな」


 ゲームなのに無駄に慎重に行動するのは、それは余りにも勿体無く感じる。

 そもそも、新しいナニカを求めてやっているのに改革を起こさないような慎重な行動をすると言う矛盾は黒狼の望むモノだろうか? いや、そのはずはない。


 だが、勝算なしで挑むのもまた違う。

 武器は補充したが、碌な防具はない。

 死んだ場合、どこにリスポーンするか分からない以上安易に死にたくはない。

 せめて回復薬、もしくは高火力の魔法……。


「高火力の魔法? そういや、レオトールから魔法陣貰ってたよな……?」


 すっかり忘れていた巻物を、彼はインベントリから出して巻物を開く。

 中に書かれている複雑怪奇な紋様に魔力を流し始めるとソレは淡く、そして徐々に強く光り輝き出した。

 たっぷり10秒、増えた魔力の5分の1を取られた感覚を感じながらも手を止めることはしない。


 感覚は、銃を持っているようだ。

 魔力を流せば撃鉄が上がり、意志を込めればいつでもトリガーが引かれる。

 発汗器官など存在しないのに、まるで冷や汗が流れたような気がする。

 その冷や汗は、自分の人間としての領分ではし得ない超常を操る興奮から来るものか。

 未だ理解し得ない魔法や魔術の理に対する恐怖からくるものか。


 どちらにせよ、準備は整った。

 覚悟は決まった、一気に引き金を引くような意志を込める。

 直後目の前に氷の矢が生成、弾丸のような疾さで目の前の壁に突き刺さる。

 青い冷気が周囲に撒き散らされ、体感温度が急に下がったような錯覚に陥る。

 目に見える矢の後ろ、矢が発射された軌跡には淡く光る残滓がありその光景は中々悪くない。

 別段絶景と言ったわけではないにしろ、未知の観測は少年の心を躍らせるものなのだ。


ピコン♪


 通知音が聞こえ、ステータスを確認するといくつかのスキル獲得する旨の内容が。

 安易に獲得できるスキルに有り難みこそ消えたが、獲得するごとに増える数値に己の強化を実感する。

 細かい検証は後ででいいだろうと思いつつ、足を拠点の方へ向かうようにして歩き出そうとし……。



カチ……。


 ナニカを踏んだ音がした。


「……、草」


 さっきとは比べ物にならない、全身から桁違いの冷や汗が流れる。

 それと同時に、退屈しなさそうだと言う予感も。

 思考するより先に、剣を抜き去る。

 ドッドッドッドと言った幾人もの生物が走る音が……、いやこの場合死んだ生物か。


「天丼は好きじゃねェェェェエエエエ!!」


 絶叫しながら前後から迫り来るスケルトンを対処しようと、黒狼は武器を振るい始めた。

 言葉に反し、笑みが上がっていたのは彼らしいと言えるだろう。


*ーーー*


 所変わって、燦々と日が照らす白亜の王城。

 そこで今、王に異邦人プレイヤーが謁見しようとして居た。


「王よ、拝謁したいと申し出る異邦人が現れました。何やらあの聖丘の頂点に刺さる剣を抜いたとか」

「……、誠か? サー・エクターよ」

「残念ながら……、我が眼でしかと確認しましたが間違いなくアレは聖剣エクスカリバーに違いありません」

「ならば、謁せざるを得ない。我がグランド・アルビオン王国の威信に掛けて、な」


 右手に王笏、左手に水晶球を持ち王はその老いて萎んだ体を動かす。


「我が王国に先史より伝わりし宝物が抜かれたのだ、歓待の準備をしろ。サー・エクターよ」


 その体は衰え萎んでなお未だ衰えぬ威厳を纏わせ、指示をする。

 正に万人が思い浮かべる王の姿そのもの。

 その指示を聞いたエクターと呼ばれた騎士は一言発しソレを返答とすると、王の座から退席する。


「謁見の間を開け、存分に持て成してやろうではないか」


 皺がれた声を静かに張り上げ、目には硬い意志を宿した王はそう従女メイドに指示を出す。

 その英明英悟な頭脳を持って今後の展開を夢想する。


(南から現れた|蛮族《征服王》に対処し、異邦の者に守るべき法を示さねばならぬこの時期に聖剣使いが現れるか……。全く、ふざけた時代だな)


 口には出さぬが、その弱音は王に近しい者なら手に取るように分かった。

 本来ならば静かな老後を、と望む側近だったがソレが如何に難しく険しないかを分かっているのだ。

 王の嫡子に当たるモルドレードは未だ齢15、王の座に据えるには心配な年頃だ。

 物思いに耽り、静寂な時間を破ったのは王に告げられた言葉だった。


「準備が整いました、王よ」


 妙齢の従女が王に進言する。

 その声に鷹揚と頷くと、重い鉛のような体を動かし謁見の間に向かう。

 これから激動の時代がやってくるだろう、神から示された異邦の者によって数多の技術や混乱が齎されるだろう。

 その混沌を受け入れ、前に進む。

 果たして、この決断を果たして自分は出来るのか? そう問いかけながら王はゆっくりと前進する。


 纏まらぬ結論、纏まらぬ思考を切り上げ謁見の間にある王座に着くと王は数多の騎士に囲まれ歩いてゆく一人の青年をみた。


 自分の前で静かに頭を垂れる男、その姿は一眼見ただけで清廉潔白であり騎士道の理想。

 ソレに近しい雰囲気を感じさせる男だった。


「良い、無礼講だ。面を上げよ、異邦人」

「ご温情、有り難く」


 広間に響き渡る落ち着いた声。

 威厳を兼ね備えた王の言葉に、真摯な真心とカリスマ性を持って返した男。


「名を名乗らせてください、ユーサー王」

「では名乗れ、貴様の名を」


 王笏を持つ手に自然と力が入る。

 目の前の男を見定めんと眼力が強まる。

 未だ顔を上げぬ男は、ゆっくりと顔を上げその面を王に見せた。


「私の名前は、アルトリウス。血盟クラン円卓集う王の城キャメロットの主にして聖剣、エクスカリバーの担い手です」


 王の威厳に気圧されることなく、『騎士王』アルトリウスは全てを見据えるような蒼眼を王に向けた。

 全てを見据えるような、だが黒狼と同じどこか世俗とはかけ離れているような目を。

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