「ギリギリセーフ!!」
「ん? 戻ってきたか、ノワール」
何か作業している手を止め、レオトールが黒狼を見る。
手元には羊皮紙で作られた巻物がありその中には魔法陣のようなモノが描かれている。
「え? お前魔法使えんの?」
目敏く、巻物を見つけた黒狼は反射的に純粋な疑問を投げかける。
その言葉に対して呆れたように首を振って答えるレオトール。
「使えないのかよ、雑魚じゃん」
「一切使えんと言うわけではない、初歩的な魔法ならば魔術使いどもに教わった。だが、属性への変換の問題で挫折したがな」
「魔術使い? 魔法使いじゃないのか?」
「あー、一種の方言みたいなモノだ。あまり気にする事ではない、それに意味は変わらんしな」
「そんなもんか、で? その巻物? スクロール? は何なんだ?」
「コレは昔、妹に贈るように買ったモノだ。最も、いまだ故郷には帰れていないが」
「へー、お前妹いるの? アッチでは美人さん?」
「柔軟な考え方は出来んが、顔も性格も決して悪くはない。アレで気真面目なのは愛いと言えるだろう」
「いいな、是非紹介してくれよ」
「断る、どこの骨に大事な妹をくれてやるか」
そう言い、互いに笑う。
まるで10年来の友人のように語り合う姿は信頼を置く大親友そのもの。
「で、そのスクロールの効果は?」
「今調べている所だ。私の知っている体系と少々趣が違うようでな、少し難航している」
「そうなのか? ならついでに教えてくれよ、魔法をよ?」
「そうだな、覚えておいて損はないだろう。攻略の為になるかといえば……」
「いやなるだろ。魔法使えばそれだけで戦術、戦略の幅が広がるし」
「それもそうだな。いいだろう、しかし二度は言わん。一度で全てを暗記しろ、いいな?」
「勿論、当然よ」
その言葉を聞いたレオとオールは石を持ち上げ、適当な金属を使ってガリガリと何かを描く。
第一印象は絵、だがよく見れば文字にも見えた。
「まず魔法にも種類がある、大まかに分けて二つだな。一つ目はスキルによる魔法。二つ目はスキルを介しない魔法だ」
「はい質問、OK?」
「なんだ?」
「スキルを介しない魔法でスキルレベルは上がるのか?」
「いい質問だ、でその答えだが……。簡単に言えば上がらない、ということになるのだろうな」
「え? じゃあ、簡略化とか出来ないの?」
「いや、違う。貴様が魔法を使う時、スキルに表示されている呪文を唱えるだろう?」
「おん、『ファイアーボール』とかだろ?」
「ああそうなるな、だがこの魔法は違う。この魔法は自分で術式を組まねばならん」
「あー、つまり完成されたプログラムを使うか自分でプログラムを作るかの違いか」
「よくわからんがそう言う事だ、ノワール」
雑にウンウンと頷くと、書いていた絵を手で指差す。
絵、もしくは文字群。
意識してみなければ単語同士の区別すらままならないだろうソレ、黒狼は集中して文字列を見る。
「そしてスキルを解しない魔法。まぁ、私たちは魔術と言うのだが……。コレを使うのに必ず必須とされる文字だ。魔法文字と言われるな」
「なるほど、この10個で全部? というか、なんで含みを持たせた言い方をしてるんだよ。同じプレイヤーだろ、レオトール」
「いや、気にするな」
少し顔を背け、そう言い放ったレオトールに対し黒狼は疑り深い目を向けた。
だが、その目もすぐに文字に移る。
この男がどんな存在で、どんな人間かは知らないが……。
例え、あの男のようにあの洞窟を探りに来た人間の可能性があるかもしれないが。
この状況においては、彼は味方だ。
「今発見されているのはな。意味は右から順に火、水、土、風、光、闇、無、空間、不明、不明となっている」
「オイ、ラスト二つ」
「仕方ない。先史文明の重要とされる遺跡に必ずと言っていいほど書かれている二つだが効果は解明されておらんのだ、専門家でもない私が分かるはずなかろう?」
「それもそうか? うーん、納得できねぇ」
「その道に進むのであればいつか理解出来るだろう、今は記憶に留めておくだけでいいのでは?」
「まぁ、それもそうか」
「この主要10文字で魔法属性を決定する。言ってしまえば魔法の核だな、でその次に……」
また岩をガリガリ削り約50強もの文字を掘り始める。
ミミズが這っているような物から、記号のようなものまで。
黒狼にはそれが、多種多様な文字に見えた。
「コレが作用文字だ。コレは魔法の効果を示す魔法であり……」
「待て待て待て待て!! 多いわ!! こんなに覚えられるか!!」
「ナニ、そんなに難しくない。この文字を組み合わせて単語を作るだけだ、簡単だろう?」
「十二分に難しんデスケド!?」
「だから話を聞け。まず最初に、コレをしばらく見るといい、この文字を読むことを補助するスキルが手に入る」
「え? マジ? よしやろう」
そう言って文字の解説をされながら、眺める事数分。
説明はろくに頭に入らなかったが、結果は明白だった。
「あ、ゲットした。何々……、スキル名は魔法文字読解? あー、基本的な単語が別タブで表示されるのね」
「お、ゲットしたか?」
「おん、ふむふむ。あー、理解した。オケオケ、そっちの解読進めててくれ。俺はチュートリアルを終わらす」
「そうか、わからんことがあれば聞くといい。」
「勿論な。」
そう言いながら別タブで開かれた魔法文字の翻訳機能を片手に魔術を使う為のチュートリアルを始める。
やはり、チュートリアルということだけあり難しいことはない。
(まずは三角形を書け、か。滅茶苦茶ややこしい奴じゃなくて良かった。)
内心ほっとしながらレオトールが描いたのと同じように三角形を岩に描く。
するとタブの表示が変化し、魔法文字と説明された主要10文字のうち火を示す文字を書けと表示される。
と言うわけで描いてみると薄く光るように魔法陣が変化した。
「あとは魔力を流せば火が発生する……? ん? 何でだ? 火が出てない……、いやほんのりあったかい? ……あ、理解した。魔法陣の質が低いから火を発生させる為の前段階の熱しか発生しないのか。」
自己完結、ということでチュートリアルに向き直る。
チュートリアルのタブには火が発生せずに熱が出る云々という風に説明が続いており、その全ては黒狼の推測通りである。
その説明文をしっかり読み込み、書かれていた魔法陣とその性質を理解し脳内で噛み砕く。
もしもここでレオトールの顔を見ていれば、大きく話は変わっただろう。
ここでレオトールは少し訝しげな顔をして、黒狼の推測に口を挟むべきか否か悩んでいたのだから。
「つまり、コレは回路って訳か。そして魔力は電気、出力された結果が魔法。より複雑な回路の方がより高度に正確に魔法を扱えるって訳か、簡単だな」
ブツブツと言いながら適当に地面に魔法陣を描く。
最初に四角形を二つ、片方は90度ずらし八角形に。
真ん中には火の魔法文字を書き、角を線で繋ぐ。
そこまでした時、魔法陣が先程同様光出した。
「発光状態は起動可能を指し示すのか? ……そう考えておくか。」
ブツブツと意味のない思考を回しつつ、魔法陣に魔力を込めようとする。
だが、魔力が減ったというような表記はない。
「ナニ? 起動しない……、MPが減っていないってことは魔力が消費されていない? ぽいな、理屈は分からんがこれでは成功しないか……」
残念そうに落胆しつつも通りだと思いながら、チュートリアルを次の段階に進める。
次のページには本格的な魔法陣が描かれており、そこに細かな解説が書かれていた。
「……、実地で学べと? ふざけんじゃねぇ!!」
若干キレながら、書かれている魔法陣を解読しようと睨み始める。
書かれている魔法陣の属性は火、但し幾つものミミズが這ったような文字が並んでおり現時点で解読のしようがない。
真ん中の主要文字を囲うように描かれている幾何学模様は上下非対称ということ以外の情報は得られない。
「ハチ……、いや九角形なの……か? 細かく書かれすぎてわからねぇ」
唸りながら書かれているネズミの這ったような文字を見る。
それぞれ大小あれど幾つかの大きさで分かれておりそれらが文章を構成しているように見えた。
「……、もしかして作用文字か? 確かに似ているのが散見されるが……。いや、待てよ? 統一言語が一般的になる前には複数の言語があったのは有名な話……、その中にこんな感じのがなかったか?」
正解である、そしてどうしようもない話でもある。
ミミズの張ったような文字、わかりやすく言えばアラビア語に近しい言語で魔法文字は制作されているのだ。
「コレ、普通の解読は不可能だろ……。いや、専門家なら話は別だろうけど……。ということは何かスキルを獲得する前提だな。」
あたりをつけた黒狼は、魔法陣の解読を行うのだった。
そして数分後、発狂し無理だろと大声を上げて叫びスケルトンが訪れたのはいうまでもない話だろう。