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現実

 VRCを頭部から取り、ベットから起き上がる。

 丁度良いタイミングで差し出されたジュースを一気に飲み込むと一つため息をつく。


「飯を」

『何がよろしいでしょうか?』

「そうだな、栄養保全ドリンクと固形物を幾つかくれ」

『しばしお待ちください』


 機械合成音が返答すると近くの扉が開き机に幾つかの美味しそうな料理が提供される。


「いただきます」


 手を合わせそう言うと箸でその料理を口に運ぶ。

 数秒、固形物を取る時に器と当たる食器の音色が響く。


「うん、いつも通りだな」


 美味いは美味いが絶賛するほどの味でもない食べ物を食し出された料理を食べ切る。

 今の時代、食べ物など粉末状のモノから形状と味だけ似せているのが殆どであり本当に肉そのものなど滅多に見ない。

 言葉通り、味と見た目さえ良ければそれでよしと言うことだ。

 と言うわけで無言で食べ切る。

 そして、友人にDWOの近況報告を行うと部屋を出た。


「さて、どうすっかねぇ……」


 部屋を出てポケットからスマホ状の端末を取り出す。

 そして幾つかメールを送信すると家を出た。


*ーーー*


「戦闘用パッチを買うぞ〜」


 呑気に意思確認しながら、自転車のようなバイクのような物に乗り通路を駆ける。

 戦闘用パッチを買ったところで大きく変化はないが戦闘行動が若干やり易くなるので有ればやはり購入すべきだろうと言う黒狼……、もとい黒前の判断だ。

 二輪車とは言え車輪は無くそこに類する場所には縦長の浮遊装置が付いており車体は地面に着いていないに乗りVRC専門店へと向かう。

 此処はそう、2000年代後期に実験的に作られた火星都市。

 人が他星に生きる足掛けとなった最初の四つの都市、その内でも人が生きる事に重きを置いた実験都市。

 その名は『火星試用生活実験都市バビロニア』だ。

 名付けの由来としては地球で作られた五つの最初の文明、その中でも重要とされた都市にあやかったモノだ。

 他にも四つほどあり、『火星試用生産実験都市チチェイン・ツアー』『拡張電子構成式メンフィス』『星暖特殊施設ヤンシャオ』『空気生産特殊施設メイヘガル』と名付けられている。

 全てこの星での活動を支えるための重要な施設であり最低でも直径径100キロメートル、最大で500キロメートルとなっている。

 これも全てVRCを用いた仮想シュミレーターが完成しその中で成立可能か実験したことによって机上の空論から実践可能な話になったことが理由だ。


「ふんふんふっふふー、ふふふぅふふふっー」


 呑気に鼻歌を歌いながらこの都市を二輪車以下略で走る黒前。

 そして、その呑気な様子のまま角を曲がろうとして……。


「なッ!? 危ないッ!!」


 女性と衝突した。

 曲がり角は視覚的にも幅的にも相手側を認識しづらく、この辺りに住む二輪車を使う人たちでは有名な危険地帯となっている。

 最も部屋から碌に出ない黒前はそんなことは知らず、相手の女性もこの調子ではその事実を記憶していたと言うことは無さそうだ。


「だ、大丈夫ですかッ!?」

「あ、え、ま、まぁ……。貴女の方こそ大丈夫ですか?」


 多少吃りながら、約3日ぶりの生身の会話を行う黒前。

 その事実を踏み締めれば「便利で高度な社会は怠惰を産む」と言う言葉が脳裏に浮かぶだろうが今の黒前にはその言葉を気にする余裕はない。

 何故なら目の前の女性、いやこの場合は美女と称すべきだろうか? まぁ、何はともあれ彼女が黒前に覆い被さるように倒れているからだ。


「とりあえず、退いてくれません?」


 平静を1秒で取り戻し、真顔でそう告げる。

 最も心臓は高鳴り、顔に熱が広がり赤みがかっているため態々描写しなくとも内心どのように思って居るのかはわかるだろうが。


「え、あッ!! す、すいませんッ!!」


 位置が逆であれば即座に通報されていたであろう体制を解き、軽く服を払いながら立ち上がる。

 そしてペコペコしながら二輪車を立てる。


 ついでに彼女の容姿は例えるならばそう、学校一の美女と言ったものだ。

 その顔は男受けを狙ったものではなく、天然かつ清楚さを醸し出すものであり浮かべる表情は下心など無いような愛らしさがある。

 その体は、出るところは出ており引っ込んでいるところは引っ込んでいる。

 所謂モデル体型というものだが、出過ぎておらず引っ込み過ぎずと言った身近にいて欲しい美女と言ったもの。


「とりあえず、はいどうぞ。」


 黒前はその彼女の体を一瞥だけした後興味を無くし、落ちていた鞄を拾い渡す。

 すっかり顔の赤みも心臓の高鳴りも消え思考はもう既にDWOに移りつつある。


「あ、ありがとうございます。」

「いえいえ、この程度は。お怪我はありませんか?」

「は、はい。運が良かったみたいで……。」

「それは良かった、では。」


 そう言うと、さっと会話を切り上げ二輪車に跨ってそのまま颯爽と駆け出す。


「……、名前聞き忘れちゃった。」


 後に残ったのは、何かお詫びをしなくてはと考えていた女性だけだった。


 さて所変わって黒前のターン。

 二輪車を走らせ戦闘用パッチを購入する。

 このパッチは機械の拡張に使うモノでVRC内での運動行為を容易く行うモノだ。

 今まではVRCで戦闘行為どころか運動すら碌に行った事がなかったため必要性を感じなかったが、今はアホほど動いているのだ。

 ならば買っても損はないだろうと言う雑な判断で購入を行う。

 VRC内で購入も可能だが物質的なモノである以上店頭で買った方が早く買える。


「え? 他のパッチも安いだと? ナニナニ……、ああ。春の安売りセールか。全体的に二割引きほど……。うーんどうしようか……。買えるとは思うんだが……。」


 苦悩しつつも問題なく買えるだろうと言う確信に満ちた顔で呟くと手元のスマホ状の何かを操作する。

 自分の口座の残高を確認しているようで、1分ほど考え込むと全部は無理かと呟きゲーマーであれば必須と言われているパッチを購入する。

 現代価格に置き換えるのならば15万円ほどのモノを一括で購入するとそのパッチを雑に籠に入れる。

 そして二輪車にまたがるとハンドルを握る。


「もう30分も経ってる……、後30分以内に戻れっかな?」


 雑に思考を巡らせながら二輪車を加速させる。

 最も、同じ轍は踏まないとばかりに行きほど速度は出さなかったが。

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