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ダンジョン

「遅かったじゃないか、ノワール」


 部屋の周辺まで行くと、ちょうどそこにレオトールが立っていた。

 表情は能面のようだが、それでも上機嫌なのは分かる。

 まるで自分と正反対だ、そんな感想は押し殺し厳しい目を向けた。


「問題が起きた、早くあそこに戻るぞ」

「問題? どう言った形の物だ? 少なくとも今現在脅威となり得る事柄はないだろう」

「レイドボスがPLプレイヤーに発見された、俺に協力していてくれていたヤツがな。彼曰く、1日も経たないうちに三百を超えるPLが殺到するってさ」

「兵法も戦術もあった物ではないな、物量による圧殺など時代遅れにも程が有る」

「だが、有効だ。そうだろ?」


 黒狼の問いに、眉を上げて返事とする。

 そして剣を触りながら、一気に不機嫌となるとそのまま歩き出した。

 決して遅くない速度、黒狼がオイ!! といえば立ち止まり振り向く。


「早く行くぞ、人の欲望は非常に恐ろしい物だからな」

「わぁってるって、俺も急ぐ」


 そう言いながら、骨の体躯で洞を駆ける。

 自身が持つ槍と棍棒がその動きを邪魔するが、必要経費と諦めながら。


「そこまで遠くなくて助かったな、反面危険ではあるのだろうが……」

「ああ、マジで助かった。で、扉がどうのこうのって言ってたけど……」


 そう言い惑いながら、二人とも同時に扉の中に入り込む。

 すると、突如床が光だし……。


「ナニッ!? 魔法的罠マジックトラップだとッ!! 不味い、今すぐ出なければ……ッ!? この術式は……、転移か!?」


 慌てて叫んでいるレオトール、彼の言葉を耳に二人は落下した。

 いや、落下の感覚を得たというのが正解か?

 とにかく、彼らは別の場所へ転移させられたのだった。


*ーーー*


「う……、く……。ここ、は?」

「目が覚めたか、ノワール」

「!! もう目が覚めているのか? レオトール!!」

「ああ、とは言っても大差ない時間だがな。全く、転移酔いに気絶とは。この弱体化が恨めしくて仕方ない、普通であれば気絶などするはずがないのだがな」


 そこまで言うと、レオトールは黒狼に何かを投げ渡す。

 パッと見は石だ、だがレオトールが意味深にただの石を投げ渡すはずがない。


「なんだコレ?」

「そこらに落ちていた魔石だ。 心当たりは?」

「魔石擬き、ってなんだよ。」

「……ああ、ソレも知らないのか。魔石擬きと言うのはな低級のモンスターが作り上げる魔石になれないほど微弱な魔力の溜まりだ。人間風に言うのなら血石か? 唯一違うのはモンスターにとってこの塊は有益な物で有ると言う点か。」


 まさしく、擬き。

 それ以上にいう言葉がない、故に黒狼の返答もこうなる。


「つまり、魔石擬きなんだな?」

「さっきからそう言ってるではないか。」


 ラノベの魔石を連想して理解した黒狼がそう聞き返すと、呆れたように首肯する。

 冗談の類ではないのだが、実際には冗談の類にしかなっていないのは笑い話だろう。


「で、ソレはなんの魔石なんだ?」

「分からんから聞いているのだ、魔物の体躯を持つ貴様なら何か分かるかと思ったが……」

「生憎と答えることはできないぞ? マジで分からん」

「ハァ……、使えんな」


 戦力としても期待できず、知恵も碌にない。

 半本気でそうぼやくレオトールに、黒狼は反応する。


「おい、その言葉は聞き捨てならね……、?」


 遮られた言葉、空間に満ちる緊張。

 思わず槍を握り締め、周囲を見る。


 ……ガ…ャ……シ…………


 音が聞こえる、骨の音が。

 黒狼以外の、骨の音が。


「この音は……、なんだ?」

「警戒しろ、恐らくスケルトン。つまりお前の同族だ、となれば此処は……。いや、考察は後だ。警戒しろ、下手すれば厄介が極まるぞ!!」


 静かに剣を抜き放ったレオトールが、鋭く息を吐き警告を促す。

 直後、風切り音が鳴り。


「質も疾さもまるで足りん、だが物量を前提にしていそうだな。二日も三日も経っていないというのに、困った事態だ」


 剣で飛来した矢を、あっさりと座ったまま叩き落とした。

 目で追えない早業、ポーションを自分に振りかけているレオトールを見ながら恐怖を感じる。


「三体か、ニ体任せた」

「了解、手早く済ませよう」


 しかしやることに変化はない、ただただ殺すだけ。

 故に、二人は動き出す。

 距離にして約10メートル、薄ら暗い洞に潜むスケルトンに肉薄するため。


「弓兵は後方に置く、定石を考える程度の脳はあるみたいだが……。まぁ、頭蓋の中など伽藍堂に他ならんわけだが」


 崩した姿勢から飛び上がり、急接近したレオトールは背後をとると。

 まずは一閃、盾と剣を持つスケルトンを切り伏せる。

 そして後方に立つ弓を持ったスケルトンに、狙いを定め。


「『フライ・エッジ』、スケルトン相手にはこれで十分だろう?」


 斬撃を、飛ばした。

 その声を聞きようやく反応できた、つまりそれだけ反応が遅れた前衛であるスケルトン。

 ソレは、高速で移動したレオトールに驚愕している。


「オッラぁぁあああ!!」


 故に、黒狼が槍を三度振るいスケルトンを破壊する隙があった。

 明らかな実力差、同じスケルトンでも格が違う。


「やっぱ、お前強いな」

「フン、この程度の事で強さを測ったつもりなら貴様の底が知れるな」

「馬鹿言え、俺と比べてみろ。遠距離攻撃の癖に一撃で倒したお前と3回攻撃しなきゃ倒せもしない俺、どっちが強いか何ぞ見るまでもないだろ」

「確かにな、で? 此処が何処か察しは付いたか?」


 黒狼の問い、ソレに態とらしく肩をすくめ片目を閉じ。

 嫌味と皮肉たっぷりに、言葉を紡ぐ。


「いんや、全く。地下空間なのは分かるがそれ以上は、な?」

「そうか……、と。魔石か、これは幸先良いな? そうは思わないか? レアリティはわからんけど」

「珍しい、どうやら貴様。幸運だな、悪運が強いというべきか?」

「褒めるな褒めるな、てれるだろ? しっかし、レアドロかぁ。」


 そう言いつつ、黒狼は首を傾げるレオトールの横でエフェクトを発生させながら魔石を仕舞う。

 黒狼がインベントリを発動したことで発生した淡い光に右手が包まれながら、消えた魔石から視線を外し周囲を見渡して。


「妙に明るい……? ノワール、お前にダメージは無いのか?」

「え? 明るいのか?」

「……、ッチ。厄介な場所に来たようだな、面倒だ」

「は? どういう事だよ」


 眉を明確に顰めたレトールに対し、黒狼は訝しげに聞き返す。

 彼はスケルトンを容易く殺した、そんな彼が厄介という場所は?


「断言は出来ない事を前提にしてくれ、まず貴様は光に弱いのだな?」

「ああ、真っ暗な状況でも無ければ常にダメージが入る」

「という事ならばだ、この明かりは光では無い」

「ちょっと待て、矛盾しかないぞ? 明るいのに光では無いって。いや、言いたい事は分かるんだが……」


 明るくないのに、明るい。

 そんな矛盾、理解できるが言語化できない。

 故に、黒狼は納得しながら納得できない。


「……、言ってしまえば我々には常に暗視のスキル効果が入っているような状態だ。無論、そんな単純な理屈ではないが」

「……、あーはいはい、理解した」

「話を続けるぞ、このような状態になる場所は私が知っている限り一つしかない」


 言葉を区切り、息を飲み込む。

 そして眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら推測を述べる。


「十中八九、迷宮ダンジョンだ。しかも、光苔も生えぬほどの深層領域。言い換えるのならば、より世界と乖離している場所だ」


 黒狼は、脳裏に浮かんだ疑問符と無数の質問を一つを除き飲み込む。

 彼にそれらを聞けば答えるだろう、だがそれは今すべき事では無い。

 今やるべき事は、ただ一つ。


「危険度は?」

「分からん、ただあの程度の雑魚が溢れ出てくる可能性は十分ある。下手をすれば100体単位でな」

「……、此処は安全なのか?」

「私に聞かれても何も言えんぞ?」

「……、だな」


 溜息を吐きつつ、黒狼は槍を握りしめる。

 場所が変わり、目的も左右し始めていた。

 だが、問いかけも目的も大きくは変化しない。


「迷宮に関する知識量はお前の方が多い、だろ? だから此処からの行動はお前に任せたい。どうだ?」

「構わん、と言うか此方から提案しようかと思ってたところだ。下手を打たずとも普通に死ぬ、そのような場所で知識のない人間? 人間か? まぁ、いい。そんな貴様に先導されるのは御免被る」

「……お前、ナチュラルに暴言吐かない?」

「ナニ、お互い様だ。貴様も程々に口が悪かろう?」


 互いに苦笑し、目の色を変える。

 暖色から寒色に、全てを射殺す冷徹へと。


「早速、お出ましじゃねぇか」

「サポートを、消耗は極力避けるぞ」

「応とも」


 洞窟のY字路、その先から音が聞こえる。

 未だ姿は見えないが、確実に音が。


「逃げるか?」

「……いや倒す、挟み撃ちは避けたい。余裕は存在する時に稼がなくては、な?」

「了解、経験値に変えてやる」


 短く返すと黒狼は片手を開けもう片方の手で槍を握り込み、腰を据える。

 耳に届くは、骨の音。


 カシャ……カシャ……、カシャ。


「『ダークボール』!!」


 見敵必殺、モンスター相手ならば手心を加える必要はない。

 生成した黒玉を、スケルトンの顔面に投げつける。

 豪速球とまではいかないものの速球であるその球を避ける事は困難であり、スケルトンの意識外からともなれば不可能に等しい。

 つまるところ、成す術なく顔面に黒玉が当たったという事だ。


 そして、一拍。


 黒狼の影で剣を抜いていたレオトールが神速で、動き出した。

 体勢が崩れたスケルトンを一見するなり、間合いを詰めて剣を一閃。

 間も無く、追撃を放ち二閃。

 此れ似て三体を倒し切り、そして三体目。

 振り上げた剣を振り下ろし、金属製の柄で頭蓋を叩き壊す。


「決して強くないのは救いだな、弱点っぽい場所を狙えばすぐに死ぬのは幸運だ」

「いや、そんな事はないだろ。お前が強すぎるだけだ、マジで」

「経験の差だ、鍛えればこの程度など誰でも熟せるとも」


 呆れながらそういうと、消えていく骨の中にある消えていかないアイテムを拾う。

 一瞥、鑑定を行いそのまま黒狼に投げ渡した。


「骨に魔石? に頭蓋か。いい感じかねぇ?」

「まぁ、悪くは無かろう。売りに出せば日銭程度は稼げるさ。ただし、迷宮の中彷徨っている事を考えなければな」

「……、確かに」


 今必要なのは武器やテントであり、間違っても換金素材ではない。

 そして敵がスケルトンである以上、そんなもの望めるはずがない。


「「はぁ」」


 同時に溜息を吐きこれからの事を不安に思いつつ黒狼はアイテムを仕舞い、レオトールは武装を解除した。

 これからの未来に憂鬱を感じつつ、その憂鬱を仲良く息に表しながら。

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