真っ暗な部屋の中、黒狼は必死に本を読んでいた。
いや、正確に言い直そう。
彼は、必死に解読していた。
言語スキルによって本の文字は虫食い状で見れているので、挿絵や文法的にある程度の内容は推測できる。
「クッソ、レオトールがいればこんな苦労なんか……。いや、それ言い出したら買い物頼んだ俺も俺だけど……」
レオトールに本を見せた時、彼の既知の言語らしく明るいところならば読めると言った話だった。
まぁその場合、明るいところで読んでもらいその後部屋まで来て読んでもらう必要があるという非常に面倒臭い事になるが。
「多分……、コレは貴金属の一種か? クッソ、固有名詞の翻訳は実物とその用途が示されてないと訳わかんねぇ。」
そう言いながら、ステータスのメモ機能に不明な単語を書き連ねる。
何故か。
そう、何故か不明な言語はメモ機能に登録されておりそのまま記す事が可能で……。
「ちょっと待てよ、コレ……」
何かを思いついた黒狼は本をスクリーンショットで撮影し、メモ機能に基本となる文字をそのまま登録した。
直後、なった聞き覚えのある音。
ピコン♪
通知が来たのを確認し、なにを取得したか確認する。
何故こんな簡単なことで、スキルを覚えられるのかと疑問に思いつつ。
「……、スキル名は書籍集。効果は取得した本の字をコピーする、か。現時点でコピーできる冊数は20冊? 全部入りきらないとか終わってんな。とりあえず、アレとコレと……。ああ、コレも入れるか」
ぶつくさと文句を垂れ流しながら本の情報をスキルに入れてゆく。
幾つか謎の反応を示したが、それ以外はどうという事もなく重要そうな本をただの文字列のデータに変換した。
謎の反応を示したものはそのままインベントリへ、ボッシュートしたのはいうまでもないだろう。
「本が20冊消えるだけで重量が15キロ弱減るってマジかよ……」
普通に驚きながら、データとして取り込んだ本を本棚に戻す。
変な反応を示した、という点から本自体にも何かしらのギミックがあってもおかしく無い。
いや、絶対あると言う先入観故の行動だ。
実際、MPが減っていたりしていたのだから間違いはないだろう。
「只今戻った……、やはり此処は暗いな」
「るせぇ!! 仕方ないだろ!! と言うか、手に何も持ってないけど頼んだモノは買えたのか?」
「ほれ、コレであろう」
そういうと、空中から光を伴いいくつかの薬草と一つの甕が現れた。
発生するエフェクトには心当たりがある、何せ先ほど自分も使っていたのだ。
「……、ワッツ? え? インベントリ? お前もしやプレイヤー?」
「いつ私がこの世界の住人だ「と話した?」
「えぇ、俺。プレイヤー相手に痛々しいロールしてたの? うわ、恥っず。うわぁ、一生物の黒歴史じゃねぇか。」
骨の手で顔を覆いながら渡されたアイテムを指の隙間から伺う。
「ふむふむ、水が出る水瓶に回復薬の素材、それと回復薬のレシピだな。オケ、サンキュ。」
「コレぐらいのものならエルフの村に行けば手に入る。流石にスキルスクロールを要求されたら値段も込みで不可能だが……。」
「流石に寝床の提供だけでそんな物は望まねぇよ。リターンが無さすぎる。」
「まぁな、それにその素材から私への回復薬なのだろう? コレは先行投資という物だよ。」
「可愛げが無いな、俺が使うっていう線はないのか?」
そう言いながら、レシピを開き作り方を確認する。
確認したレシピはスキルで表示されているよりも工程が多く、このようなレシピや己で試行錯誤しなければ高品質なモノは作れない事がよくわかる。
「不死者が回復薬を服用するなどどんな冗談だ? 笑わせるのも大概にしろ、何故生きていない肉体が蘇生するのだ?」
「冗談だよ、冗談っと、最初の工程はコレで終わるから……。すまんが、煮詰める工程は頼んでいいか?」
「闇魔法で光を奪いながら作業は出来ないのか? かなりの光量を奪えた筈だが……、へファイスティオンは真昼であろうとも夜を作り出すほどの出力を出せたはずだしな。適性があれば、普通に焚き火の光ぐらい消失させられよう?」
「え? どう言う事だ?」
「……、闇魔法ってなにを生成しているか知っているのか?」
「『ダークボール』、ほらこの黒い球だろ?」
「あー、そう言う認識なのか。間違っては居ないが正解でも無い、闇魔法は周囲の光を吸収するモノを魔力で生成する魔法であり……。いや、深く言うと面倒だ。後が祟ると言っても、まぁ過言ではないだろうな」
「は?」
だが、それはそうとして納得もする。
黒騎士が闇魔法を鍛えろと言ったのはコレを理解させる為なのか、と。
「ああ、スキルレベルの問題もあったな。コレの情報を知れるのは……。確か鑑定スキルが10を超えてからだった筈だ」
「地獄かな?」
地獄である、しかしそれが極めると言うことだ。
事あるごとに鑑定をかけている黒狼でも、未だ2レベルしか無いのだ。
そこまで鑑定を行うのなら、まず他スキルを鍛えた方がよほど有益だろう。
「おや、鑑定スキルを鍛える気がない目をしてる。面倒は嫌いか?」
「あったりまえだろ、他スキルを鍛えた方がよほど有益だ」
「まぁ、日々使っていたのならある程度勝手に上がるモノだしな。だがある程度意識しながら鍛えていた方が良いのは、事実だぞ?」
「ま、ほどほどにやりますかねぇ」
そう言いながら、薬草を擦り始める。
茎の筋を潰し、葉の脈を削り、時に水を加え作業を進めると濃い緑色の水溶液が完成した。
そして、黒狼は中の溶液を手渡たそうとして唐突に止まる。
「ノワールよ、コレを煮詰めれば良い訳か?」
「……。あ、くっそ。理解した」
「ん?」
首を捻るレオトールに、苦々しくこう告げる。
この時点で気づけたのは行幸だ、何せ……。
「コレ、中途半端な委託をした場合自動失敗しやがる」
「つまり、『手を抜くな』と言う事だな」
「融通が効きやがらねぇな。コレ、クソゲーか?」
「さぁな? 私の預かり知らん話だ」
適当な相槌を返すレオトールを睨みながら、とりあえず溶液を見る。
変化はしているが、火を使えないことでは上手くいくことなどないだろう。
困った、そう言うように天を仰ぎ見る。
「……、青色に変色するまで煮込めって話だけどどうやればいいんだよ……」
「取得してる魔法では温められないのか?」
「光が出る、そして死ぬ」
「あぁ……、なるほど。私が浅慮だったな、これは」
なんとも言えない雰囲気を出しつつ、レオトールは外に出ようとする。
その姿を見て、ふと頭に浮かんだ疑問。
「どこに行くんだ?」
「外に、な。ちょいちょい出なくては時間感覚が狂う。それにこの周囲まで追手が来ていたら、より警戒を強めなくてはならんだろう?」
「あー、はいはい。それなら、夜になったら教えてくれないか?」
「そうか、では少し見てくる」
そういうと、開けっ放しの扉から外に出てゆく。
その様子を見ながら、とりあえず残った薬草をすり潰した。
「まぁ、できる事が増えただけマシか」
そう呟き薬草をすり潰す事、約10分。
音が聞こえた、洞窟内に反響する音が。
「リポップ? にしてはタイミングが早い……。レオトールならこんな複数の足音はしないだろうし……。」
訝しげにしながら、作業を一時やめる。
レオトールと言う例外は作ったが、基本的にこの隠れ家はバレたくないのだ。
故に、接近する存在は殺すという覚悟を持ち洞窟蜘蛛の槍を携える。
「えーと、β版だったら此処で凝固石と銅が取れたのよね? キシャ?」
「ええ、そのかわり徘徊型ボスの『アサシンスパイダー』がいたはずですが……」
「ハンッ!! 徘徊型ってことはそんなに強くねぇんだろ? 俺の槍で一差しにしてやるよ!!」
「落ち着いてください、サイ。あくまで今回は探求会がβ版の時に取得した情報と擦り合わせるだけです。それにあのボスは厄介ですし相手にしませんよ」
呑気な、あの蜘蛛の恐怖を知らな者どもの声。
吐き気を催し、唾棄したくなる。
そんな、呑気な声。
「えー、なんでよ? 折角だし、ボス素材持ち帰って自慢しようよ」
「オレもリジェに賛成だ。それに此処もあの犬っころと同じでパターンタイプの敵だろ? だったら楽勝楽勝。あっさり仕留めてやらぁ」
「はぁ……、馬鹿なんですか貴方達? 確かにパターンタイプで強くはありませんが、厄介なんですよ。物理攻撃に対して高耐久かつ一発最低60ダメの通常攻撃に加え、いつの間にか背後に存在する厄介さで此処はかなり美味しい場所なのに非常に不遇でしたからね。もし簡単に仕留められるのなら真っ先に仕留めますよ、ええホント」
その会話を側で聞きつつ、未見であるアサシンスパイダーに疑問符を加えた。
あの洞窟蜘蛛ではないのか? もしくは別種であるのか。
黒狼は知り得ないが、アサシンスパイダーも洞窟蜘蛛も同一種である。
名称がこの様にブレているのは、仕様という他にない。
なのでこの警戒は、ある意味無駄な警戒である。
(あの蜘蛛並み? いや、それ以上か? なんにせよ、警戒意識をもうワンランク上げるか。)
そう思いつつ、拠点と反対方向からくる集団の後ろを歩く。
本当は今すぐにでも仕留めたいが、相手はランプを持っており容易に近づけない。
そう言うわけで、静かに後ろを付けるだけにとどめた。
「と、此処が最初の採掘ポイントですね。初採掘ではボーナスが乗るので期待です」
「ツルハシは……、サイよね? 早く出してよ」
「おらよ、誰が掘るんだ?」
「ならば、一番STRが高いサイがしてください」
「さんせー」
「チッ、テメェらがやれよ」
言葉を結構遠くで伺いながら、そんな呑気な様子を知って黒狼は苦笑い。
そしてそう言いつつ採掘をする様子を見て、心の中で一言。
(すまん、ボーナスは俺が貰ってるんだ……。)
そう告げると、一切の容赦なく呵責なく。
容赦もなく、背後から槍を投擲した。