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「火魔法、火魔法ねぇ?」


 ファンタジーの定番中の定番と言える火魔法。

 それを取得し、黒狼は若干悩んでいた。


「なんで、石を削って土魔法は取れなかったのに火をつけたら火魔法は取れたんだろ?」


 ぶっちゃけ、ソコだ。

 何が違うのかと言われれば違いすぎてなんとも言えないが、それでも行った行動にソコまでの差異はない。

 とすれば、火魔法が取れて土魔法が取れないと言うのは不思議な話である。


「……、ソコは石工が担ってるのかな? となれば、経験取得の方法がマジで分からないけど。」


 不思議は不思議ではあるが、今本格的に追求する内容でもないと結論付ける。

 それより、火魔法で扱える魔法は何かと確認し……。


「あ、やっぱりファイヤーボールなのか。予想通りといえば予想通りだな。」


 そう告げ、発動はさせずにタブを消す。

 発動させた場合その光量によって自分が死ぬことが確定しているからだ、この体質の厄介さには辟易とするしかない。


「さて、続きをするか。」


 そういって、作成した窯に火をつけた後の対応を考える。

 闇魔法を用いて対応するのもアリ、だろうがそこまでの難解な使用は不可能だ。

 このゲームの対応能力は未知数、手段さえ用意すればどこまでもいくらでもできる気がする。

 しかし今はそれだけの手段がない、現に火を焚き銅を変形や誘拐させるだけでも苦労している。

 それに先ほど付けた火はまだまだ消えない、残念ながら

 そういう意味では間抜けといえば間抜けだが、元よりやることは大して変わらない。

 持っている石の量はまだまだ多い、ほかの方法も考案しながら頑張って進めていけるだろう。

 それに、まだ銅が解けているはずがないと言うこともある。


「手早く進めて行くか、暇だしな。」


 そう呟き、せっせと石器を作り始めた。


*ーーー*


 作業開始から約2時間。

 火が消えた事を確認しつつ、銅が入っていた器を鑑定する。


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鑑定結果:劣化銅入りの壊れかけた石の器

 ・銅鉱石を簡易窯で溶かして生成したモノ。量は少なく品質は高いとはいえない。

  また、加工も難しく使い道は無い。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「オゥ、ノゥ……。」


 散々と言って良いほどの酷評具合に心を折られかける黒狼だが、とりあえず目論見が成功した事に喜びを覚える。

 碌に施設もない中で開始2日目で金属加工を行う事が出来ているのだ、誇って良い話ではある。

 確かに、その銅は使い道はなくこのまま捨てるしか無いゴミだろう。

 だが、そんな話は重要では無い。

 成功する見込みのない事が成功した。

 下策から始め、上首尾に至った。

 コレは、今を生きている他の人間プレイヤーやNPCではなし得ない偉業だと言えるだろう。

 この成功は必ず、他の経験の礎となることは間違いないのだ。


「あー、疲れたぁ……。」


 だが、その褒め文句は黒狼には伝わらない。伝わるはずがない。

 故に、意気消沈しながら床に寝転びボソリと呟く。同時に、ステータスの画面を切り替えて悩み出す。

 そう、このゲームからログアウトしキャラメイクからやり直すかどうかを。

 そんな時だった、足音が聞こえたのは。


「なんだ? 何の音だ?」


 思わずステータスを閉じ、部屋を出る。

 黒騎士か? と言う一瞬の思考は刹那に否定した。

 黒騎士ならばこんな、そう。

 こんな、足音は出さない。

 ならば此処に訪れた対象は黒狼に知り得ぬ存在、転じてこんなところで逃げるなど厄介ごとでしかない。

 ソレを助けるか、助けないか。

 思考をめぐらせど、答えは語るまでもない。


「……、助けない。」


 あっさりと結論を出す、たとえ迷いながらも。

 見ず知らずの人間を助ける行為、ソレは余りにもデメリットがデカすぎる。

 黒狼は大衆の道徳を知っているし、その道徳は善でないということも知っていた。

 ならば、どこに助ける必要がある?


「クソっ!! 助けてくれ!! 誰かっ!! 誰か居ないのかッ!!」


 扉を閉める。

 そこはかとない罪悪感に苛まれるが、相手は身元もわからない人間だ。

 相手にする方が間違っている、其処に間違いはない。

 聞こえないフリをする、助けを乞う声を。

 元より、助けたところでどうなるというのだ。

 自分はモンスターだ、そうである以上モンスターとして振舞うのがRPロールプレイの正解であるという物。

 このゲームでの常識、定石を知らぬがモンスターは倒す、倒されるモノだろう。

 そうしてくると思われる相手にどれだけ慈悲を与える? どれほどの慈悲を与えられる?


「あ、あぁ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!! こんなところで、こんなところで!! 誇りなき死を迎えられるものか!! 意思を問うこともままならないままに!! こんなところで死んでいられるか!!」


 洞窟に響き渡る絶叫、ソレを聞いた瞬間動かす気のない脚が動いていた。

 頭で思考するより身体が動いていた、思考が否定しても体が動いてしまう。

 理性は、感情を抑えられない。

 骨の体躯は、重力などものともせずに俊敏に道を駆けた。その時の黒狼は稲妻であり風だった。

 手遅れにはさせまいと、確固たる意志を持つ。

 理由は分からない、理由など無い。

 だが、意志があった。

 死ませまいと言う意志が、正義感ではなく興味が体を動かす。

 その足に躊躇はない、故に命運を分けた。

 疾走しながらインベントリを開く、最適の行動を行わんと思考する。

 片手に棍棒を手に視界の端にとらえた人間を、そして最後の命を刈り取らんとする蜘蛛をとらえた。

 思考より早く、その慟哭が真に迫っているからこそ。

 逃げられるはずなど、ありはしない。


「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 木霊する絶叫、ソレが響くより先に投擲された棍棒は襲い掛からんとする鍵爪を弾き飛ばした。

 牽制としては充分、ならばとしては? 当然、不充分だ。

 故に、手段を施行する。


「食い、やがれッ!!」


 インベントリから流れる様に取り出した洞窟蜘蛛の槍を突き立て、その強固な鎧にして外骨格を貫かんと。

 硬く、弾かれる感覚。

 ソレと共に訪れた肉を指す感触、無意味にして無駄と思わせるだけの。

 突き刺さったのだ、奇襲の一撃が。

 為す術なく敗北した蜘蛛に。


「スケルトンッ!? いや、今は!!」


 守る様にしていた背後の男が驚いた声を上げる。

 信じられない様な、其れで居て何か納得した様な目で黒狼を見据えると即座に立ち、剣を拾う。

 不自然に骨格がゆがんでいるような、両手足が関節のない所で折れているかのような。

 そんな不自然な影を醸し出す、濃密にして濃厚な死の影を纏っている男は。

 剣を握るとも言えない不格好な状態ながら、取り出した鎖で腕を巻き付け無理やり固定。


「助太刀、感謝する!!」

「そう言ってる暇があんなら、ッ!?」


 直後、弾き飛ばされる黒狼。

 まるであの時の再来だ、いや再来で済むはずなどない。

 もし唯一、違う点があるとするのならば……。


「生きてるかッ!!」

「口を動かすんじゃねぇ!!」


 暫定味方がおり、一人ではなく、追撃が無いこと。

 その恐怖と、硝子をまとった男は。

 意地と根性、そしてその情熱だけで剣を走らせる。


「『パワースラッシュ』ッ!!」


 ドォォォォォオオオオオン!!


 男がそう叫び、剣が輝く。

 直後、目にも止まらぬ速度で振り下ろされた剣は洞窟を揺らす轟音と共に強固な蜘蛛の外骨格を砕く。

 まるで腕がグチャグチャになったかのような錯覚を受け、だが瞬時に再生したようにも見えるソレは。

 蜘蛛を怯ませるのに十分以上の効果を与えた、少なくともそう見えた。

 だが、以前蜘蛛は健在。

 その強靭な凶器を振り回し、再度殺さんと蠢く。


「コイツの弱点は!!」

「光だ、闇から引きずり出せばあとはいくらでも対処できる!!」


 短く、故に鋭く呼応し男の攻撃によって状態異常を起こしていた蜘蛛へ一息の間に接近する。

 手段を確定させ、目的を研ぎ澄ませ。

 命を懸ける、殺すために。


「ならば……、コレでも食いやがれ!! 『暴走』、『ファイヤー・ボール』ッ!!」


 魔力を込めて暴走スキルと共に、火球を誕生させる。

 そこに拍車をかけるように暴走スキルを発動、殺意と熱を込めてプレゼントしてやらんと息巻きつつ。


「あ、やべ。けど……」


 制御が効かない、慣れの問題かそれとも……。

 いや、もはやそれどころではない。

 制御どころか説明で出てきていた消費MPを、その消費MPを大幅に超えた量が吸い取られる。


「コレで、死にやがれェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエ!!!!」


 一瞬の静寂、直後の轟音。

 そして、ソレを迎えるまでもなく黒狼は死んだ。

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