「あー、食った食った。」
骸の腹を摩りながらゲーム内の己の拠点と定めた場所で寛ぐ黒狼。
とはいえ、最近新発売された西瓜味の栄養補給ゼリーなどでは食った気もしないだろうからコレはポーズでしかない。
だがコレは気分の問題だ、そこに生産性を求めるのは違うのであるのだろうが。
そのような無駄で余分な行動をし終えた後、黒狼は再度タブを開き情報の再確認を行う。
小説好きという名に恥じず、文章を読むのは非常に早い。
さらに言えば今回は、先程見た内容の再確認するだけなのだから5分もかからず全部確認し終える。
「じゃ、あの蜘蛛に気をつけつつ……。今は再戦するにしても、まず負けるな。うん、とりあえずマップでも埋めてみるか。」
槍は完成し、最低限の装備は出来たと意気込んでみる。
失うものは何もない、いや有るには有るが取るに足らない物しかない。
それに本当に重要なモノならここに置いておけば良い。
安全な場所は確保したし、これまでの傾向から恐らくリスポーンしたとしても現れる場所は採掘ポイントが異様に多いあの洞窟だろう。
ならば心配することはない。
あそこならば、即座に帰ってこれる。
決意? を胸に、勇ましく扉を出て歩み始める。
「敵は本能寺にありィィィィイイイイイイイ!!」
1500年ほど前の偉人が謀反を起こした際に告げた例の言葉を意味もなく使い、普通に歩き出す。
地図スキルのおかげで一度通った道はマップに現れ、可もなく不可もなく探索は行われていった。
「っと、ただ奥に行けば行くほど敵が増えていくな……。槍は温存してドロップした棍棒をメインで使うか?」
探索初めから3時間、狭い洞窟の中で槍を振るい10ものゴブリンを殲滅した後にそう呟く。
探索進行度はかなり良く、歩いた総距離は3キロにも及ぶだろう。
最も入り組んでいる洞窟で有るために、マップ自体の進行度はそこまで高くはない。
「えーと、今はAの−3か。スタート地点が−2の上側だったけどそれでも大分進んだな。というか、地図スキル使いにくいな……。なんか、将来の俺は絶対にこんなもんを使い続けたりしねぇだろ。うん、多分忘れてるな。」
謎の確信と共に、地味に使いずらい地図スキルの方眼を消す。
指標に使うのならいいが、黒狼の感覚的には歩いて覚える方が好きだ。
こんなのに頼っていれば、ただでさえVRCによる安寧の生活で腐っていく頭の腐り方が加速しそうだと自嘲する。
ぶっちゃけ、VRCで脳が腐るなどはあり得ない話なのだが。
直線距離としては1キロもないぐらいの距離だが、曲りくねり良く滑る洞窟はその探索を妨げる一因となった。
さらに成果は道を知ったというだけであり、3時間かけた意味は大いにあったとは口が裂けても言えないだろう。
最も、この行為は無駄でも失敗でもない。
「外に行くにつれて敵は強くなってるけど、あの蜘蛛は出てきてない……、やっぱりあの蜘蛛はボスか、もしくはソレに近いのか?」
そう、この洞窟を進んで気づいた話だが出てくるモンスターはいくら離れてもゴブリンにスライムのみ。
ゴブリンは離れるにつれて、知能指数が上がったような行動をしたりしているがスライムに至っては変化はほぼ無し。
まるでここにはゴブリンとスライムしかいない
黒狼は数多の作品を読んだ直感でここに何か隠されていると、
いや、ハッキリ言おう。
此処には、
十中八九は杞憂だろう。
理性はソレを訴え否定している。
だが、直感がつげている。
だが、経験が告げている。
確実に、
此処には、まるでろくに何もないようにしか思えない此処には。
必ず、何かがある。
その直感は、まるで100分の1を引き当てたかのような。
そんな唐突で劇的な天啓だ、だからこそ間違っている気がしない。
テンションが、劇的に上昇する。
興奮に、世界は色彩で塗りつぶされる。
「ま、無くても良いんだけどな。」
無いものを探す、確証のない物を探す。
それは一種の浪漫だ。
元より使命も目的もやる気もない。
ならば、無駄なことに全力を注いだって良いではないか。
いや、注ぐべきだ。
其れは最高に楽しいことだ。
その楽しいことをゲームでせずに何処でやるのか?
無限の色彩を感じるこの世界で、ソレをやらずにどこでやる?
「っと、アイツは何をやってるかな?」
降らない妄想から思考を冷やして、この世界に潜り込んでいる筈のコレを紹介した友人に心馳せる。
自分より余程ゲーマーなアイツならば、さぞかし面白いことになっているんだろうと思いながら。
「いっそ、外道プレイして敵対するのもアリか?」
ニヤニヤしながら、自分の悪魔的発想で悦に入る。
元より妄想癖は酷い方ではあったが、(仮想とは言え)体を動かしながらならばその妄想も捗ると言うもの。
2000年代ならば、現実社会で体を動かす機会も多くあったとは言うが3000年代に入ってからはVR技術の大幅な進歩によって動く機会は非常に減ってしまった。
人類の社会的進化により、兼ねてから問題視されていた生活習慣病は一般売りされている食事やマイナンバーによって管理されている健康状態でほぼなくなり一部の富裕層のみで注視される金持ち病と言われるようになった。
黒狼もどちらかといえば富裕層と言われる部類に入るが、あくまで比較的と言った程度。
生活習慣病になるほどの人間ではない。
とまぁ、無駄な思考を重ねていると新たな敵が現れる。
いや、来たるべくしてきたと言い換えるべきか。
「来たか、さっきまで見かけなくて寂しかったんだぜぇ?」
現れたゴブリンを見て、槍を構える。
我流というには余りに拙く、そして稚拙な映像に影響を受けた動き。
素人という一点を除いたとしても、やはり無駄が目立つ動き。
だが無理矢理、場慣れさせた経験によってぎこちなさは少ない。
自分の脳裏に浮かぶ理想をなぞるように槍を突き薙ぎ払い殲滅する。
「やっ、ほっ、よっと。」
軽快に鋭く槍を奮い、最初のような力技では無く技術を以て敵を貫く。
そして、消えゆく骸を見ながら槍の穂先をなぞる。
「やっぱり弱いな……、此処の技量も練度も無い。とか思えば……、案外こうやって。」
再度働く直感、連続的にクリティカルが発生しているかのよう。
半歩下がり、下層の肉から産毛が湧き立ち。
そして背後から這い寄る音を聞き、振り向くとそこには黒い布を被ったゴブリンが。
「こんな風に頭を使ってくる、か。」
最も気付きさえすれば、何のこともない障害だ。
あっさりと、槍の一撃で沈める。
そしてポリゴン片になった姿を見て、そのまま軽くため息を吐く。
ドロップ品は無し、残念極まる。
「うーん、苦戦こそはしないけど数も質も上がって来てるしな……。無茶に奥に進んでこの槍を失うのは避けたいし……。よし、一回戻るか。」
呑気に告げて、今まで歩いてきた道を戻る。
いや、戻ろうとする。
幸運、だった。
構えを解き、戦闘体制を解除した瞬間に。
死を見た。
首が、絶たれる。
腕が、切られる。
心臓が、貫かれる。
足が、砕かれる。
無数の死のイメージ、闇より深く深淵に覗かれているようにも感じる寒気。
死ね、世界に言われているような錯覚は黒狼が槍を手放し喉を押さえ自害しようとするほどの恐怖。
大いなる母にして、全てを殺さんとする死への狂騒。
故に、声が聞こえた瞬間に。
その声が放った重圧に、むしろ生への実感が湧いたほどだった。
「残念だ、動く骸よ。あと、数歩此方へ来ていたならば盟約に沿って殺そうと画策していたのだが……。」
存在せぬ眼球を見開き、慌てて振り返った。
動かなければ死ぬ、動かさなければ死んでしまう。
恐怖を捨てろ前を見ろ、進め決して立ち止まるな。
引けば老いて、臆せば死ぬ。
絶対たる、絶対的な黒のソレ。
「どうした? 汝は命亡き異邦人だろう? 価値なき命を対価に私に挑まないのか?」
そこには、
嗚呼、そこには。
そこに、そこに立っていたのは。
「それとも、この姿が気になるのか? 何、気にするな。私の趣味だ、最も悪趣味であるとは自覚しているが。」
そこには禍々しい鎧を身に纏った、一人の騎士がいた。
漆黒と滲む闇を纏い、暗視ですら見通せない罪禍の闇を身に纏った騎士が生きていた。
「貴方……、は?」
「見て分からぬか? 過去に生きた騎士だよ。歴史からも伝説からも名を消され名が消えた、所詮は歴史の闇にして影。」
ガシャ、ガシャと鎧を鳴らして歩いてくる。
いや、その音すら錯覚だ。
欺瞞だ、脳がそのように勝手に演算しているだけだ。
目の前の騎士は、物音一つすら立ててやしない。
「安心しろ、汝は知らぬだろうが盟約を破らなければ危害は加えぬ。それに、弱者を無闇に痛ぶる気はない。」
「信用できない、な。」
「結構だ。元より信用、信頼されようなど思ってもいない。だが、その心意気は買ってやろう。」
刺々しく言うと、黒狼の隣を悠々と歩き先を征く。
静かに、黒狼の拠点の方へ。
響くのは、黒き騎士の鎧の深淵たりうる闇のみ。
「早く此方へ来い、汝の拠点に向かえないではないか。」
「何で俺が誘導しなくちゃいけないんだ?」
「ふむ、確かに
パチンッ!! ピコン♪
漆黒の鎧に身を包んだ騎士が指を鳴らすと同時に、黒狼のみに聞こえる通知音が届く。
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通知:クエストが発生しました
本文
クエストが解放されました。
クエストをクリアする事で様々なアイテムやポーション、スキルツリーを解放できます。
クエスト:黒い騎士
・クエスト内容
認められよ!!(0/1)
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「え、は?」
黒狼は驚愕する、たかがNPCが気紛れでクエストを発生させられる。
そんなことが出来るほどこのゲームは、素晴らしい人工知能を使用しているのかと。
「届いたであろう? 本来は神々の領分だが、此れでも一応は神敵として数えられる存在だ。この程度の事は少し、本気を出せば出来ないことはない。」
「あ、ああ。」
驚愕により生返事を返した少年の声を聞き、黒騎士は足を止める。
「早く来い、時間は幾らでも有るが汝にとってはそうでも無かろう?」
「いや、そんなこともないと思うけど……。って、剣を振り上げるなよッ!?」
「ならば、歩け。」
音もなく振り上げられた剣を見て悲鳴を上げつつ、自分の拠点としている場所へと黒い鎧をきた騎士を連れてくる。
行きと違い、帰りはひどく早く感じた。
昂りはいつの間にか、消失している。
長く長く感じるその時間は、一瞬で消えてしまう。
「此処か、随分と見窄らしくなったな。」
「見窄らしくて悪かったな、生憎と俺が作ったわけじゃないんでね?」
不貞腐れたように言うと、椅子を薦める。
片目から爛々と漏れ出る光はそれを捉え、そして唾棄し。
そのまま黒騎士は手で、椅子を制し部屋を伺うと黒狼に告げた。
「神より与えられたモノで設備は十分、とするのならば神の試練を終わらせよ。」
「従う理由は?」
「反骨心は大いに結構。聞かぬのならば其れで良い、元より命じられて来た身だ。未練もなく見捨てるぞ?」
「……。分かった、聞くよ。」
「初めから素直に聞いとけば良い物を……、人とは愚かの極みだな。」
呆れたように呟くと鎧を翻し、洞窟の奥へと向かってゆく。
まるで触れなければすぐに消えてしまいそうな、そんな不気味な雰囲気を纏いつつ。
「どこに行くんだ?」
投げかけられた質問への回答は、静かに木霊する鎧の音だけだった。
もしくは、聞けば殺すと言いたげな剣の音。
「全く、何か答えろよ……。」
若干の不愉快さを含んだその声にも、答えは返ってこなかった。
何せその時には、その黒い騎士の姿は消えていたのだから。