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第10話 フランの過去

 広間にいた魔物を全滅させたが、帰り道をシュバルツのクソ野郎に結界で塞がれたことで別のルートを使ってダンジョンから脱出するしかなかった。

 カリーナはまだ余裕そうに先陣を切っているがフランはもうとっくに体力が底を尽きていた。

 仕方なくおんぶしようとしたのだがカリーナが露骨に嫌そうな顔で「私がやる!」と抗議してきた。

「す、すまない……」

「いいよ何度も謝らなくても。フランさんが弱くて体力がミジンコ並みなの、ダンジョンに潜る前から知っているから」

「君、師匠以外には厳しいね……」

「師匠は私の命の恩人なの、そこら辺の有象無象とは違うの」

「うん……カリーナさんの気持ちも理解できるかも」

 ん? さっきからフランが恥ずかしそうにチラチラ見てくるけど顔になんか付いているのだろうか?

「ふん! ふん!」

「うわっ! やめっ! やめてー!」

 カリーナが暴れ馬のようにフランを背中から落とそうとしている。

 さっきからカリーナがフランを何故か敵対視しているような感じがして空気が悪い。

 この空気のまま進むのも心配だし、しょうがない。

「二人共、そろそろ休もうか。戦い続きで疲れただろう?」

「私は大丈夫だよ?」

「いいからいいから、考えなしでの移動もリスクが高い。休憩がてら計画を立てるとしよう」

「ぼ、僕は師匠さんに賛成かなー」

「アナタはなにもしてないじゃない……私も師匠が言うなら休憩するけどさ」

 ギスギスしている。

 一体何がカリーナを苛つかせているのか、単純に厨二病が嫌いなのか。

 いや、その程度で人を嫌いになるような器の小さな子ではないことは知っている。

「じゃ、ここで20分ぐらい休憩しようか」

 通路の真ん中で座り込む形になるが、開けた空間が見つからないので仕方がない。

 さて、この機会に腹を割って話しをするとしよう。

 お互いのことを少しでも知れたら、ギスギスした空気も改善できるかもしれないしな。

「……」

 と言ってもフランのことについて訊くのは地雷を踏みかねない。

 パーティ殺しだとか明らかに蔑称だし、会ったばかりの人間に思い出したくもない過去を掘り下げられるのはキツイかも。

「あの……師匠さんとカリーナもさっきから気になっているのでしょ。何故、このボクが冒険者たちにパーティ殺しと呼ばれているのか」

 と悩んでいるとフランから切り出してくれた。

「ああ、気にはなっていたけど。辛いなら無理に話さなくても大丈夫だよ……」

「ううん、もう平気だ。会ったばかりだが、君たちは信用に値する……こんなボクとパーティを組んでくれた。だから知ってほしい、ボクのことを――――」

 半年前。

 フランは右も左も分からない駆け出しの冒険者だった。

 魔法もレベルは並以下だが、薬草や魔物の生態系についてそこらの冒険者よりも詳しかったのだが、そんな彼女を拾ってくれるパーティはいなかった。

 家から飛び出して世界中を旅して魔法のことを色々と知りたかった彼女だったが、出だしから冒険者ライフ終了のお知らせに途方に暮れていた。

 ある冒険者パーティと出会うまでは。

 B〜Cランクが組んでいるベテラン寄りのパーティだった。

 リーダーはギルドで一人でいるフランに声をかけて、事情を知って彼女をパーティに誘った。

 同情してくれたからなのかとリーダーに訊くフランだったが、

『君は君が思っている以上に強い。まだ自覚していないかもしれないけど、いつか君ならAランクになれるような気がしたんだ』

 買い被りだとかではなくリーダーはフランの瞳を真っ直ぐ見つめながらそう伝えたらしい。

 他のパーティメンバーもリーダーの言葉を信じて疑わなかった。

 それから初めてダンジョンに潜ることになったが、魔法があまりにもショボくて魔物に効かなかったり、すぐに一人で逃げ出したり、罠を踏んだり、散々なデビューになったらしい。

 それでも誰もフランのことを責めなかった。

 自分たちも駆け出しの頃、同じ失敗をしたことがあると彼女を励ました。

 優しくて、強い人達ばかりで、自分を拒まない。

 彼らと一緒に成長して、世界中を旅したい。

 そう思っていた――――

『逃げろフラン! ここは俺達に任せて逃げるんだ!』

 冒険者ギルドのミスで、依頼よりも高い難易度の魔物にパーティが蹂躙された。

 次々と死んでいく仲間たちを目の前に、血塗れでフランは地面にへたり込んだ。

 死にたくなかった、だけど命を落としていく大切な仲間たちを目にして自分だけが生き延びるのは筋違いだと思った。

 彼らがここで死ぬなら、自分も一緒に。

『俺達はお前と違って、いつかこうなっていた運命だ! だけどフラン! お前は生きなければならないんだ!』

 だけど、それをリーダーは許さなかった。

 命を捨てようとしたフランに生きろと叫び、彼女を奮い立たせた。

 それを最後にリーダーは魔物に殺された。

 行き場のない自分を拾ってくれた仲間が無惨に殺され、フランに沸き立ったのは死への恐怖ではなく魔物への溢れんばかりの怒りだった。

『ああああああああああああ!!!』

 視界が真っ暗になって、その間のことは覚えていないらしい。

 しかし目を開けると、すぐ傍らには仲間たちを殺した魔物が焼けて死んでいたらしい。

 どうして死んでいるか分からない。

 だけど、仲間たちの死を無駄にすることができなかった。

 フランは魔物から素材を剥ぎ取り、町にある冒険者ギルドに帰還した。

 仲間たちの言葉に従って、生きて依頼を達成した。

 それでも、身も心もボロボロになったフランへの不幸は続いた。

 Fランクの彼女が一人生き延びて依頼を達成したことで、ギルド内の冒険者たちの間である噂が流れ始めたのだ。

 ――――パーティ殺し。

「ボクの口から語れる真実はこれだけだ……証明できるものはない、別に信じてくれなくてもいいよ」

 話し終えたフランの表情は曇っていた。

 口調からもいつもの自信が感じられなかった。

 それほど彼女にとって、辛い過去なのだ。

 だけど、話してくれた。

 それが本当かは確認のしようがないけど、とてもだが嘘には聞こえなかった。

 だから信じることにした。

「フランちゃん……信じるよ……ぐすっ」

 俺が返事をするより先に隣でフランの話を聞いていたカリーナが、涙を流して震えた声で返事していた。

「え、そ、そうか……? そんなに泣かれると逆にボクが困るんだが……ぐへっ!?」

「大丈夫だよぉ! 私たちはフランの味方がだがら! ねえ! ラインベルトざん!」

 おお、仲良くなれそうで良かった。

 やっぱり話し合いの場を設けた判断は正しかった……あれカリーナ、おまっ。

「ライン……ベルト……?」

「あっ――――」

 俺を本名で呼んではならないことをうっかり忘れていたカリーナは、すぐに気づいて自分の口を塞ぐが、もう遅かった。

 フランが衝撃を受けた顔で、真っ直ぐこちらを見ていた。

 いや、待て待て、まだ言い訳ができるぞ。

 ここはラインベルトと同名だと誤魔化すとしよう!

「見た目の特徴、強い魔法。ずっと気になっていた、だけどやっぱり君が……アナタこそがボクの探していた闇魔法使い……ラインベルトだったんですね……!!」

 もう誤魔化せるような空気ではなかった。

 フランが自分の過去を語ってくれたというのに、こちらは素性を隠すというのはフェアじゃないような気がする。

 怖がられるかもしれないけど、ここは潔く認めることにしよう――――

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