フランがパーティに仮加入してきた。
職業は魔法使いで、俺とダブっている。
カリーナの職業は剣士で前衛を一人でこなすことになるのだが、ダンジョン探索の道中で出現した魔物を、涼しい顔で次々と切り倒していく彼女を見て、大丈夫そうだなと苦笑いする。
「師匠、弱いのばかりだから全部私に任せて休んでいて!」
襲いかかるゴブリンをノールックで切り捨てながら、カリーナは余裕そうに言った。
様になっているな、なんか彼女の戦う姿に既視感があるけど気のせいか。
「あ、あわわ……」
「おい、離れるな」
魔物に怯えているのか、カリーナの鬼人っぷりに怯えているのか、後退りしようとするフランの肩を掴んで近くに引き寄せる。
「岩陰に魔物が潜んでいるかもしれない、罠もだ。俺から離れるな」
「きゅん……は、は、はい。じゃなくて、承知!」
フランは顔を赤らめていた。
熱でもあるのかと、おでこに触れようとしたら前衛の方から禍々しい何かを感じ取ったので、やめることにした。
「フフフ、二人とも中々やるようだね。特に、カリーナさんは別格だな。流石は私が見込んだAランク冒険者……」
「対象の魔物を発見したら君にも戦ってもらうから準備しておいてよ」
「ぼ、ボクも……うん、そうだな。タダで報酬を貰ったら、ギルドに”パーティ殺し”と呼ばれたままだ」
フランの目に決意が宿る。
厨二病で情緒不安定だが、パーティを裏切るような悪い子にはやはり見えない。
何故そう呼ばれているのか気になるが、聞くのは流石に無神経すぎるか。
「あれは……討伐対象のブラックウルフか」
一際広い空間に出ると、狼の群れが待ち構えいた。
全身真っ黒の、鋭い牙の狼だ。
カリーナと俺なら1分あれば全滅することができるのだが、フランにも出番が必要だ。
「俺がカバーするからフラン、攻撃を頼む」
「あ……ああ、よし!」
両頬をペチッと叩いて、フランは杖を握りしめた。
杖の魔石に魔力が流し込まれ、輝きだす。
「漆黒の衣を纏いし死の神よ! 我が渇望、我が野望を糧に、一切合切を悉くに燃やし尽くせ! 喰らえ! 闇魔法”黒炎”!!!!!!!!」
「「!!!?」」
闇魔法ですって!?
フランの杖の輝きが更なる輝きを増し、黒い炎が———
———出なかった。
小さな火の玉がゆらゆらと、ブラックウルフの群れに向かっていくが、途中で燃え尽きてしまった。
「……」
同じポーズで固まり、顔を真っ赤にして泣きそうになるフラン。
唖然とするカリーナをブラックウルフの群れは避け、一番弱いと定めたフランに一斉に襲いかかる。
ブラックウルフの迫力にフランは動けなくなったが、間一髪間に割り込んで、素手で全滅させる。
「つ、強い……」
「フラン! アナタなにやってるのよ!」
苛ついた顔でカリーナはフランに詰め寄った。
肩透かしの魔法、魔物から逃げなかったこと。
彼女が怒る理由も分かるがダンジョン内では危ない。
「カリーナ、説教なら俺が後でする。対象の魔物も狩ることができた。帰るぞ」
「でも!」
「文句は安全な場所に出てからだ」
「……はいはい」
フランがパーティに入ってから、カリーナはずっと不機嫌そうにしていた。
フランのこの失敗よりも前からだ。
彼女の何がそんなに気に入らないのだろうか。
「フラン、立てるか?」
「あ……ああ。すまない師匠さん」
手を差し出すと、フランは申し訳なさそうに握って立ち上がる。
「さっきの魔法、闇魔法と言ったか。どうして、君は闇魔法なんか知っているんだ」
「そりゃ……子供のころから使ってみたいって思っていたから。実際に見たことなんかないが、最近ラインベルトとかいう魔法使いが使っているのを知ってな」
俺の肉体の持ち主の名前が、彼女の口から出てきたことに驚きつつ平常心を保つ。
「いつか、彼と会いたいと思って冒険者になって、かつての仲間たちと旅を続けていたんだ」
「……でも、ラインベルトは闇魔法で多くの人間を傷つけてきた悪党だ。君も知っているはずだ」
「うん、彼はね。でもボクは———」
「師匠! 後ろ!!」
素材を剥いでいたカリーナが何かに気づいて、俺の背後を見ながら叫んだ。
振り返ると、通路の方に立っている3人組の男がいた。
それも、見覚えのある顔がいた。
「シュバルツ!?」
顔に包帯を巻いたシュバルツが、角笛のようなものを片手に持っていた。
「おーいテメェら! これが何か知ってるか!?」
シュバルツは、空間に響くほどの大きい音で角笛を吹いた。
「魔物を呼び寄せるマジックアイテムだ! いくら腕に自慢のあるテメェらでも、魔物の群れには敵わねぇだろ! ここでまとめて死にやがれ!」
コイツ、冒険者ギルド前でカリーナにぶん殴られたことを根に持って、復讐しにきたのか。
ここまで追ってきた執念もそうだが、悪意の満ちた奴の顔を見て、固唾を飲む。
「ラインベルトさんの……敵ぃ!」
殺戮マシーンにふたたび突入したカリーナは、本気で切る勢いでシュバルツたちに襲いかかった。
だが奴らがいる通路と、こちらの空間の間に結界が張られていたのか、カリーナの振るった剣が弾かれる。
「じゃあな可愛い子ちゃん。俺を選ばなかったからこうなったんだよ。くだらねぇ男に満足して、ここで死になっ」
ベーっと舌を出して煽りながらシュバルツは大剣を抜いて、通路の天井を叩き切った。
上へと続く通路が、結界と崩れ落ちた天井で塞がれてしまった。
「あのクソ野郎……」
久々に、心底腹が立って通常の魔法で結界を攻撃するが弾かれてしまう。
やはり、かなり強力な結界のようだ。
「師匠! 穴から魔物の群れが!」
広間の岩壁に無数に空いた穴から、魔物がゾロゾロと現れ始める。
シュバルツの吹いたあのマジックアイテムの影響だろう。
「そ、そんな……ボクたち……ここで死ぬのか?」
「フラン、君がどうして冒険者たちに嫌われているのかは知らないが、俺には分かる。君は人を殺すことができない。生きなければならない善人だ」
「……!」
涙をポロポロとこぼすフランの頭を撫で、魔物の群れを睨みつける。
別の道を探すしかなくなってしまったが。
しょうがない、強行突破だ。