初手のAランク冒険者。
破格のステータス。
歴史上、冒険者登録でAランクに到達できた者は二人しかいないと、どこかで読んだことがあるのだが、それでも普通は有り得ないことなのだ。
冒険者ギルドの窓や扉から身を乗り出して、驚愕した顔で見てくる冒険者たちが大勢。
フードでしっかりと顔を隠してカリーナに顔を近づけ耳打ちする。
「Aランクは流石に登録機の故障じゃないか? 今は注目され過ぎているから、再登録は後にするしかないけど……」
「そんなに凄いことなら、むしろ絶好チャンスじゃない? よく分からないけど、色んなパーティからお誘いを受けたし、凄いってことだよね私?」
自覚がないのかあるのか。
それでも、ギルドの冒険者たちと同様にカリーナも冒険者カードに記されている破格のステータスに興奮を抑えきれない様子だった。
「確かに君は強いよ。剣の腕だって、鍛錬を続けていればいつか上級者に届くと断言できる。だけど、このランクは早すぎる。王国から魔王軍討伐の勅令がくる可能性だってある」
「むー、私を見誤っているな。これでもラインベルトさんが寝ている間に、森で魔物相手に剣の修行をしていたから」
「一人で町の外に出ていたのか!?」
あれほど宿から出るなと注意したのに。
熱心なのは悪いことじゃないが、危うすぎる。
勇敢と言うべきか無謀と言うべきか。
「あ、でも傷一つ付いたりしなかったの?」
「森の魔物は弱過ぎて話にならないよ。それに、戦闘中に怪我を負ったって勝手に治るから」
「勝手に治るって、どれぐらい?」
「ええとね……実は魔物に腕を噛みちぎられたことがあるの。でも一晩で治ったことがあってね」
そこで俺は、もう何も言えなかった。
本当かどうかは分からないが、カリーナが俺に嘘を付いているとは思えない。
彼女の話が本当なら、Aランクになった信憑性も増してくる。
「なあ、おい! そこのお前!」
とゴッツイ剣を持った、重装備の男が近づいてきた。
「俺たちのパーティに入れよ。俺の名はシュバルツ。この町では唯一のBランク冒険者パーティだぜ。見たところ右も左も、まだ分からねぇヒヨッ子のようだしな」
なんかカリーナのランクのせいかBランクの凄さが霞んで聞こえる。いや、十分に凄いことだけどね。
「あの、お誘いしてくれて嬉しいのですけど、もう先客がいるので」
そう言ってカリーナが袖を引っ張ってくる。
カリーナはパーティを組む気はないらしい。
それでも、やはり将来有望な新人を冒険者たちは何としてもパーティに引き入れようと、勧誘してくるものた、
俺もカリーナがパーティに入りたいのなら止めたりしないし、目の前の男、シュバルツが良い奴なら尚更、
「ああ? そんな雑魚そうな魔法使いなんかほっといて俺と来いよ。どーせ、そこらのスライムに倒されるようなひょろっこい奴よりも、俺たちと来た方が良いに決まっている。身の丈に合った連中と組めって言葉もあるだろ?」
そんな言葉は知らないし。
え、もしかしてコイツ、いま俺を馬鹿にしたのか?
なんの脈略もなく、会ったばかりの俺に??
「……」
カリーナが急に静かになって俯いしまった。
こんな大男に絡まれたら、そりゃ怖いだろう。
「あの、困っているみたいだから。これ以上は———」
バコッ、と本気で顔面を殴られた。
なんとか持ち堪えて倒れずに済んだが、鼻と口から血が流れる。
(なるほど、暴力を簡単に振るうような奴か……)
ペッと血を吐き出して、苛ついた顔で男を睨みつける。今のは、ちょっとイラっときたな。
「へぇ、俺のパンチを受けて立ってられたのかよ。どうせ偶然だろうし、次でお終いにしてやるよ」
今度は殺す勢いで殴ろうとしているのか、助走をつけてやがる。
仕方ない、俺も抵抗してやるよ、殺さないように手加減をしてな。
「テメェを終わらせた後! そこの女は俺のパーティで面倒見てやるよ! 手取り足取りなぁ!」
下卑た悪いを浮かべるシュバルツを二度と起き上がれない体にしてやろうかと脳裏に過ったが、魔力を抑えて魔法を発動しようとした、その瞬間———
シュバルツが宙を浮いていた。
白目を剥き出しにして、冒険者ギルドの屋根まで勢いよく吹っ飛んでいった。
あれ、俺まだ何もしていないぞ?
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
砂埃が舞ってよく見えていなかったが、シュバルツのいた位置に、カリーナが立っていた。
拳から煙が上がっており、怖い顔で怖い言葉を連呼しながら、シュバルツが飛んでいった屋根の方を見上げていた。
「嘘だろ! あのシュバルツが一撃で!?」
「死んだのか!? 生きているのかあれ!?」
一部始終を目撃していた通行人、冒険者たちが騒然としてしまう。
まさか、カリーナがシュバルツを吹き飛ばしたのか。
「ラインベルトさんをバカにする奴らは死すべし……私が一匹残らず殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
おまけに頬に微かな返り血が付いており、完全な殺戮マシーンと化していた。
彼女から勇者カリーナの面影をよく感じてのだが、別人すぎる。
勇者カリーナは私情で人を傷付けたりはしない。
冒険者に手をあげてしまった。
もうこの町にはいられない、そう思ったのだが。
周囲からブーイングではなく、なぜか拍手が巻き起こっていた。