雨に濡れないため洞窟の中で、野営をすることになった。
”収納魔法”で収納していた寝袋や焚き火用の乾いた薪を取り出す。
女の子の服を脱がせ、デリケートな部分を見ないように雨で濡れた体を手拭いで拭く。
傷ついた箇所は薬を塗って、包帯を巻く。
子供用の服を持っていないので、仕方なく柔らかい敷布で女の子の身体を包んで、布袋に寝かせる。
このままだと寒いので魔法で焚き火を起こす、人力は苦手だ。
一通りの作業を終え、女の子の顔をまじまじと見る。
綺麗な金髪、雪のように真っ白な肌、この子はきっと将来美人になるんだろうなぁ。
その頃の俺は、もうおっさんになっているな。
「……」
そういう目で見ているわけではないが、何故か彼女から目を離せない。
既視感のようなものがあったからだ。
まあ、誰であれ困っている人間を助けることが、この世界で生き延びるための手段で、あまり深く考えないようにしよう。
「んん……」
腕を組んで、雨の降る音を聴きながら時間が過ぎるのを待っていると、寝袋の方から声がした。
視線を向けると、女の子が目を覚ましていた。
「……ここ何処なの? なんで……私……あなたは?」
「森の中を歩いていたら、倒れている君を見つけたんだ」
「倒れて……なんで?」
憶えていないみたいで、女の子は黙り込んだ。
「俺が聞きたいぐらいだよ。倒れていただけならまだマシだが、体中に傷が付いていたよ。それも切り傷や打撲のようなもの。幸い、深い傷じゃないから安静にしていればいずれ治るけどね」
女の子は、俺の顔をまじまじと見つめている。
不思議そうな表情を浮かべたかと思うと、すぐ目をそらされる。
そんなに怖い顔なのかな、ラインベルトの顔って。
「君、名前は?」
「な、なまえ……私の名前は……」
自分の身に起きた嫌な出来事ぐらい忘れはするだろう。
だけど、女の子は名前すら思い出せないのか、ただ沈黙していた。
驚きを隠せず、俺は口を開いた。
「まさか憶えていないのか?」
「……うん、思い出せない……うぅ……思い出せないよぉ」
必死に思い出そうとしているのか、女の子は頭を抱えて涙を流した。
記憶喪失というやつなのか。
どう声をかけてやればいいのか分からなかったが、無意識に俺は彼女を包み込むように抱きしめ、頭を撫でる。
「うぅ……うわああああん!」
「大丈夫、大丈夫だから。きっと、すぐに思い出せるはずだ」
貰い泣きしそうになったが、みっともないので堪える。
俺にできるのは彼女に寄り添うことだけ。
子供に必要なことなのだ。
どれぐらい時間が過ぎたのかは分からない。
だが、雨の音はもう聞こえなかった。
泣きつかれて、ふたたび寝ていた女の子は数時間後に目を覚まして、安心しきった顔で俺を見た。
「助けて、ありがと……」
「気にするな、当たり前のことをしただけだ。それよりも、まだ思い出せないのか? 名前だけじゃなく、君の親御さんも家も」
「うん、何も分からない。何も思い出せない。だけど、魔法使いさんのおかげで寂しいの我慢できた」
「そっか、良かった」
ニコリと微笑むと、女の子はきょとんとして目をそらした。
まだ怖がられているのかと内心傷つくが、女の子は聞いてきた。
「あの、魔法使いさん……お名前、教えてもらってもいいですか?」
名前。
ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。
どうせなら本名で名乗ることにしよう。
転生したこのキャラのバッドエンドを脱却するのが、俺の目的だし記憶もないのなら俺を知らないはずだ。
「ラインベルト•クロード。人助けを生業にしている、ただの魔法使い」
「ラインベルト……さん」
覚えようとしてくれているのか、小さく俺の名をつぶやいてくれた。
この世界で、この名前を聞いて逃げなかったのは彼女が初めてだった。
俯いていた彼女は顔を上げ、光を取り戻した瞳で俺を見る。
「ラインベルトさんと一緒に旅したい。なにも思い出せない私に、帰る場所がないの。だからお願いします。どうか私も連れて行ってください!」
そうか、そうだよな。
記憶を失った自分を、助けてくれた唯一の存在から離れたくない。
俺も彼女のようになっていたら、同じことを考えるかもしれない。
彼女を拾って助けたのは俺だ、最後まで責任を持つとしよう。
「分かった。だけど、俺の旅は君の考えているような簡単なものじゃない。苦しい旅だ、それでも一緒に……」
「行きます! 行かせてください!」
即答される。
俺が、みんなから嫌われている悪役だと知ったら、彼女はどう思うのだろうか。
それが俺のそばから離れるきっかけになるのなら、それも運命か。
「その前に、名前がないと呼ぶとき困るから、何がいい?」
「自分で決めていいの……?」
「ああ、なんでもいいよ」
「……ラインベルトさんが決めて。ラインベルトさんが考えたのが良い」
名付けるの苦手分野なんだよな。
ゲームのユーザー名だって、かなりの時間がかかるぐらいだし。
しかも女の子の名前……。
「か、カリーナなんか、どうかな?」
おーい! それ勇者様の名前だろうが!
なに勝手に使ってんだよ俺ぇ!
「かりー……な……」
一瞬、女の子の目が揺らいだように見えた。
この名前に聞き覚えでもあるのだろうか。
「カリーナ! 私の名前は今日からカリーナ!」
特に深い理由はなく、ただ気に入ってもらえただけのようだった。
そこまで喜ばれると、さすがは勇者の名前だなと感心する。
「ありがとうラインベルトさん! これからよろしくね!」
「ああ、こちらこそよろしくな」
喜ぶカリーナに手を伸ばし、優しく頭を撫でる。
彼女はそれを、嫌な顔をせず受け入れてくれた。