社会人だった俺は、気付けば遊んでいたゲームの悪役に転生していた。
名前は『ラインベルト・クロード』、上流貴族の御曹司だったが父に反発したことで屋敷から追放。婚約者にも見限られて、行き場のない彼は闇落ち。
禁忌と恐れられた闇魔法で世界を混沌に陥れようとしたが、彼の前に『女勇者カリーナ』が現れる。
何もかもを滅ぼそうとするラインベルト。
滅びから世界を救おうとするカリーナ。
正々堂々行われた一騎打ちは、一国の地形を変えるほどの規模だった。
戦争、そう勘違いしてしまうほどの大規模な戦いは5日間続き、カリーナの勝利で幕を閉じた。
死にゆくラインベルトをカリーナは苦しまないよう、聖剣で心臓をひと突き、トドメを刺した。
長き戦いで芽生えた、相手への敬意だった。
そう、カリーナはそういう勇者だ。
困った人を誰一人として見捨てず手を差し伸べる優しさ、そしてどんな男でもすれ違ったら振り向いてしまうぐらいの美貌。
愛されて当然の行いと容姿を兼ね揃えた、完璧な勇者。
俺が転生してしまったラインベルトとは大違いだ。
「そんなバカな……!!」
姿見に映る、自分の姿に絶叫する。
黒髪に黒目、そして目元の濃い隈、黒装束。
転生なんてラッキーな体験、中々できることじゃないのに何でよりにもよってこのキャラなのか。
社会人生活に疲れて過労死。
神様の慈悲で異世界転生を果たしたが、普通にそこは主人公ポジションだろうが!
ラインベルトが拠点にしている館。
自室の床をゴロゴロ転がりながら何度も何度も叫び声を上げる。
他人が見たら、ただの変人だ。
「クソッ! 人生ハードモードはこの世界でも変わらないのかよ!」
闇魔法は、色々な属性のある魔法ではトップクラスだが恐れられている。
チートだが使ったら間違いなく怖がれる。
いや、使わなくても姿を見られただけでも逃げ出されるほど好感度底辺のキャラなのだ。
だったら、あれしかない。
転生したラインベルトの肉体の情報が脳内にインプットされているおかげで、この世界の情勢や言語がある程度分かる。
ラインベルトの経験してきたことが肉体に刻まれている。
ならば利用しない手はない。
前世の日本で流行っていた悪役令嬢に転生してしまう話、あれみたいにやろう。
死亡エンドを避けるために善行を積んでハッピーエンド。
手遅れになる前に、とっとと実行に移すとしよう。
長旅に必要な荷物をまとめて、館の外を出る。
鬱蒼とした暗い森の中にある館なので常時暗い。
こことはもうお別れなので、どうでもいっか。
結論から言おう。
ラインベルトの悪名が、もうとっくにほとんどの国に知れ渡っていた。
町に立ち入るだけで大騒ぎになり、駆けつけた騎士団に囲まれ、殺さないように手加減しながら逃げる羽目になった。
辺境の田舎村でさえ俺を知っている連中がちらほらいて、追い出されてしまった。
「何か、困っていることはありますか?」
「ぎゃああああああああ!!」
「お助けしますよ」
「うわああああああああ!!」
「なんでもしますよ!」
「ひゃああああああああ!!」
散々な結果に、意気消沈してしまう。
宿にも泊まれず、雨の降る森の中で野営できそうな場所を探す。
暗い顔で歩いているせいか、動物たちすら逃げていく。
「……」
仕事での付き合いが面倒で、一人になりたいと何度も思ってきたことがある。
家で一人ゲームを遊ぶ時間がなによりも至福だった、永遠に続けばいいのにと願ったことがある。
だけど、本当の孤独がどれだけ苦しいことなのかを分かっていなかった。
とんだ馬鹿野郎だな、俺。
こんな日が続くなら、いっそ悪役になっても―――
「?」
道の先で、誰かが傷だらけで倒れていた。
すぐに駆けつけ、近くまでいくと倒れていたのが女の子だと気づく。
まだ十歳ぐらいの小さな女の子だ。
「君、大丈夫か? こんな所でなんで……」
上着を脱いで、女の子に羽織らせる。
何故こうなったのか聞いてみたが、寝ているのか返事がない。
魔物が生息している深い森のなかで女の子が一人だけ倒れている状況に違和感を覚えながらも、見過ごすことができなかったので連れて行くことにした。
そう、これは悪役に転生した俺と、彼女との出会いだった。