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ed.青い冒険書

≪白い空間≫


 白い空間が広がっていた。

 どこまでも果てしなく続くその空間に、ただ一人『ソル』と呼ばれる前作の英雄が佇んでいた。

 今は『大聖師』というゲーム管理者、案内人としての役目がある。

 ゲームマスターである『コア・プログラム』より、そのようにプログラミングを再構築されてしまっている。


 彼の目の前には、淡い光を放つ無機質な四角い物体――『ディスプレイ』が浮かんでいる。

 その中には巨大なロックバードにまたがり、冒険を続けるガルア達の姿が映し出されていた。


「壊れたデータのイオ・センツベリー、勝手に行動するNPCのラナン・シャルト名も無き魔族……どいつもこいつも世界ゲームの秩序も乱すウィルスどもだ」


 ガルアの手には深緋の剣アレイクが握られている。その剣はこの世界のルールを超えた存在、以前に自分が握りし剣である。

 それは予定された物語から逸脱し、新たな物語を紡ぎ出す象徴でもあった。


「ガルア……君もそうだ。罪深きウィルス……『バグ』よ。自立した意志と行動が物語を変えてしまう」


 ソルの傍らには『青い冒険書』があり静かに呟いた。


「君はまさにこの世界の枠を壊す者となってしまったのだな。この僕が『勇者』と呼ばれていたように……」


 その声にはどこか哀愁が漂っている。

 ディスプレイに映る冒険の光景が一変した。

 かつての記録――ブルーニアという名の女性が現れ、ゲームの登場人物としての自分と対峙している場面が映し出される。


「思い出したくもない『冒険書の記録』だよ。でも、僕はこの壊れたクリアデータをいつだって覗いてしまう」


 ソルの眉が微かに動く。

 和解した魔物や魔族と共に街を作り、人間と魔族が共生する世界を作り出した――が破壊される。

 破壊したのはブルーニアが率いる人間達――そこにはかつての仲間もいた。


「ブルーニア達は僕の大切な仲間も、作り上げた街も、全てを壊してしまった。そして『愛したルビナス』も……勇者、主人公の役目を放棄した僕は許されなかったのだ」


 ソルは一人呟く。


「コア・プログラムが『ブルーニアは本来この世界に存在してはいけない破損データ。云わばトロイの木馬、不要のコンピューターウィルスのような存在になった』と言っていた……君は何故消えずに残っていたんだい?」


 ブルーニアはこの世界のヒロインとして生み出されたはずの存在だった。

 しかし、何かの手違いで役割を逸脱し、敵対者へと変わった。

 その経緯を知るのは、この空間にいるソルただ一人である。


「ふふっ……まさかルビナスが女だなんて思わなかったよ」


 ソルはディスプレイを指先で弾いた。

 画面が変わり、かつての記憶が鮮やかに再生される。

 彼が主人公だった頃――魔龍王ルビナスを討伐するための壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 そして、その戦いの最中にソルは選択を誤った。


 「彼女を助けるべきではなかったのかもしれない……だが、僕は彼女に手を差し伸べた。今でもその選択は間違っていないと思っている」


 ソルは回想の中で、己が犯した選択を思い返す。

 魔龍王ルビナスを討つべき立場でありながら、魔族のために戦う彼女、仲間の死に流した涙に心を動かされてしまった。


 ――そして、物語は歪み始めた。


 やがて勇者と魔王が恋に落ち、共に歩む道を選んだその瞬間から、この世界の均衡は崩れてしまった。

 物語は壊れ、ヒロインだったブルーニアは役割を失い敵となった。

 この事態にゲームマスターであるコア・プログラムは激怒してシステム全体をリセット。

 ソルだけがこの空間に残され『ゲーム管理者』としての役割を与えられた。

 コア・プログラムはソルにこう持ちかけた。


『お前の存在は物語を破壊するだけだ。だが、私にとってはそれが唯一の楽しみ――自立したキャラが作るゲームも面白そうだ。どうだねソル、作り方は私が教える。これから面白い世界ゲームを作ってみないかね?』


 ソルは再びディスプレイに目を向ける。

 破損した冒険書の記録、勇者ソルと破壊者ブルーニアの戦いは激しさを増し、周囲の光景が揺らぎ始めている。

 アレイクの剣が空を裂き、ブルーニアの悲しげな微笑みが画面いっぱいに映し出された。

 ソルの記憶に浮かぶのは、コア・プログラムと交わした対話だった。


『ソル、君はもはや一人のキャラクターではない。しかし、君が壊してしまった物語を新しい誰かが楽しむための世界ゲームとして再構築するんだ。それがお前の役割だ、生き続けるための罰だ』


 コア・プログラムの言葉は冷酷だった。

 だが、ソルは頷き、それら全てを受け入れたのである。


「これは罰だ……罰である以上は……そこに意味を見出すしかない……」


 ディスプレイの中では冒険が続いていた。

 ガルア達は物語の新しい章を紡ぎ始めている。

 ソルは静かに微笑む。


「君達はブルーニアに『書き変えられた偽りのデータ』を渡され『隠しルート』に進んでしまった」


 ブルーニアはガルア達に見せた幻影はリプレイ。

 だが、あのリプレイはブルーニアにより都合よく書き変えらえていた。

 血の海に沈んでいたのはルビナス、ソルに斬られたのはブルーニアなのだ。

 真実は偽りとしてガルア達にインストールされている。

 それはこの予定調和の物語を破壊するための方便。

 新しい物語は冒険を出発するための理由付けがないと、開始は出来ないのがこの世界ゲームルールだった。

 その全ての状況を知っているゲーム管理者のソルは言う。


「この世界ゲームで、君達がどれほどの新しい可能性を見つけるのを見届けてやろうじゃないか。僕は僕で君達が世界ゲームを破壊していくのなら全力で邪魔してやる……その方が『面白いゲーム』となり、コア・プログラムもカスタマー達も喜んでくれるよ」


 ブルーニアは予定調和を壊し、自分を裏切った自分を許そうとはしない。

 しかし、消えたはずの彼女がどうして再び現れたのか――。


「深くは考えないでおくよ……君は君で消えていなかったことを僕はとても嬉しく思っている」


 ふと、虚空に浮かぶ気配に気づく。

 かつて愛したルビナスの幻影が、一瞬だけ揺らめいたように見えた。

 だが、それはただの光の残滓だったのはすぐに理解した。


「ルビナス……」


 ソルはそっと目を閉じた。

 やがて再びディスプレイに目を向けると、その中で冒険は止まることなく続いていた。


『このゲームは終わらない。自由と可能性は、あなたの手の中に――』


 画面の片隅にそう書かれたメッセージが、静かに輝いている。

 そして、空間に新たな音が鳴り響いた。


 ――隠しルート『Cursed Bug Quest』:闇の勇者ガルアが主人公となる新しい物語をお楽しみ下さい。


 ソルは椅子に腰を下ろし、ディスプレイに映る冒険をじっと見守り続ける。


「僕の冒険の記録が、こうして残存データとして残っているなんてな……これからの新しい世界ゲームに『前作』は不必要だよ」


 彼は青い冒険書を手にして破り捨てた。

 その冒険書は消えてたはずの『勇者ソルの物語のセーブデータ』であった。


「選択に正しいも、間違いも結果で決まる……僕の罪も……君達の可能性も……その答えはこれから次第さ」


 白い空間は静寂に包まれ、物語の幕が再び開かれた。

 さあ、新しい物語を紡ぐために勇気を出し踏み込むのだ。

 この世界は選択の連続、きっと君達の未来は――。


「今度こそ、僕は君達が満ちる物語を創るさ」


 満足する物語を描けなかったキャラクターは業を背負う。

 だから、主人公であったソルは作り続けなければならないのだ。

 お前達、消費者の感情が満ちる冒険の物語を――。


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       ⚔ Cursed Bug Quest 🐉

  This game may be fleeting, but it will last forever.

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