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ep28.青の幻影

 闇が俺を包んでいた。

 その世界は自分の頭、体、手、脚といった体が部分がどこにあるのかも全くわからない真っ暗な空間だ。

 体を動かそうとしても動かせられないし、ただ意識だけが虚無の世界に漂っている。

 もしかすると生き物は死ぬと、この無限にも近い無に放り込まれるのかもしれない――。


 しかし、俺が見たあの光景は何だったのだろうか?

 青い都市、廃墟と化す街、女魔族、倒れるブルーニア、勇者ソル。

 魔剣アレイクは魂を喰らう剣、斬り伏せた魔物を吸収する曰く付きの剣――。


「見てきたかい?」

「イ、イオ……何故お前がここに……」


 ――イオだ。

 気づくと魔王イオが俺の目の前にいた。

 いたはずの洞窟ではなく、そこは暗い森の中だった。


「ブルーニア……彼女はどこに?」


 俺は辺りを見渡す。

 イオの存在を忘れたかのように彼女を探していた。


「ハ、ハンバル、あれは何だったんだ? 人間が住む一面に広がる青い街があった……」

「フサームよ、お前も見たのか」

「見たって、お前も見たのかよ!」

「お前も見たのか? おかしなことを聞くヤツだ。然らば、私にそのような話を訊くでない」

「そりゃ……そうだけどよ……」


 フサームとハンバルが喜劇役者のような会話をしていた。

 青い街、という言葉から彼らも俺と同じ映像は見たのだろう。

 そして、当然ながらラナンもこの場にいた。

 彼女は何か動揺し、深刻そうな面持ちで何かを呟いている。


「……違う……そんなはずがない……どういうこと?」


 声が小さく、何を言っているのか聞きとれなかった。

 どうにも気になるが、今はそんなことを気にする余裕はなかった。


「ブルーニア、彼女に会ったんだね」


 イオはブルーニアの名前を口にした。

 つまり、彼女の存在は確かにそこにいたということだ。


「アレイクの秘密を彼女は教えてくれたかな?」


 不敵に笑うイオ。

 だが、俺達が見せられた映像ビジョンは見たこともない街と廃墟と化す街。

 そして、女魔族に斬りかかる勇者ソル、血に沈むブルーニアの哀れな姿だけだ。


「彼女は何者なのだ」

「質問に質問で返すのかい? まあ無理もないか、彼女はいつも遠回しに物事を伝える悪い癖があるからね」


 イオは俺達を周りゆっくりと歩き回りながら答えた。


「もしかすると聞いていたかもしれないけど、彼女はこの世界にあったサファウダ国の女王だ」

「覚えている……」

「ほう、ならば話が早いね」

「しかし、それは太古の物語だけの存在だ。この世界にいるはずがない」


 イオは俺の言葉を聞くと、微笑みを浮かべながらゆっくりと頭を振った。


「物語か……そうだね、それもまた真実の一部かもしれない。でも、君達が見た『青い都市』はただの幻想や伝説ではない」

「あれこそが『サファウダ』――この世界に刻まれた『過去の現実』さ」


 目を細めるイオ。

 俺達が見せられた青い都市がサファウダ国だというのか。

 それでは、あの廃墟とした化した街は?

 それに映像の中で死んだはずのブルーニアがどうして――。


「話を続けよう」


 彼女は俺達の反応を一つ一つ見ながら話を続けた。


「ブルーニア、彼女はただの伝説の女王じゃない。この世界が『ゲーム』として創られた際、世界の安寧を象徴する存在として設定された」


 ゲーム。

 あまりに荒唐無稽な話のように聞こえた。

 この世界は貴族が趣味とするボードゲームなものであると?

 そんなはずがない、イオの言っている意味を俺は全く理解出来なかった。

 様々な戸惑いと反発が巻き起こるが、イオは淡々と言葉を続けた。


「以前のシナリオは『勇者ソルが悪を滅して帰還すること』がクリア条件だった。しかし、その条件は崩れてしまい世界は滅び去ってしまった」


 イオの言葉に耳を傾けつつも、俺の心の中では疑念が膨らんでいく。


「世界が滅び去っただと?そんなバカな……」


 俺の疑念を見透かしたように、イオはわずかに笑みを浮かべた。


「信じられないがそれが『真実』なんだ。そして、すぐに『リセット』が行われ、全てが作り直される。この世界はそうした『シナリオ』に基づいてボク達は行動するように設計されているんだ」

「……シナリオだと?」

「君達が入った洞窟も、かつてサファウダにあったダンジョンの一つ。勇者ソルが成長するために用意された舞台装置。創造主により削除されたはずなのに残っていたけどね」

「俺達は卓上で動く駒に過ぎないとでも言いたいのか?」


 イオは頷き、再び冷静な声で続ける。


「そう、君達がいるこの世界も、元々のシナリオが壊されてしまった後に再構築されたものだ。君も見ただろう? ソルがアレイクでドラゴンの魂を吸収し、魔族の女に怒りをぶつけたあの光景を。彼の怒りが、アレイクの存在が、ゲームのルールを捻じ曲げてしまった」


 俺は頭の中で、あの異様な光景を再び思い出していた。

 勇者ソルが、魔族の女を前にしてその剣で魂を吸い上げていく姿。

 アレイクはただの剣ではない。

 この世界の『ルール』に抗うために存在する力を秘めているというのか――。


「アレイクは、この世界にとって異物のような存在だ。創造主が定めた『ルール』を乗り越え、この世界の枠を壊された誕生した剣。その力は君の手にあり、君だけがこの世界の命運を変えることができる」


 俺はアレイクを見つめ、その冷たい鋭さが不思議と心を落ち着かせるように感じた。

 この剣には、勇者ソルが戦いを通して手にした異質な力が宿っているとでもいうのか。


「俺にこの剣で、運命を壊せと?」

「そうだ。君がアレイクの力を解き放ち、創造主の定めた『運命』を壊すことができれば、世界は『ゲーム』の束縛から解放される。そして、自由な未来が開かれるだろう」


 俺はアレイクの柄を握りしめ、その冷たさが手に染み渡るのを感じる。

 これまでの旅路で俺が見てきたもの、感じてきた怒りや悲しみ、それらすべてがこの剣の重みに宿っているように思えた。


「……運命に抗うか」


 イオは満足そうに微笑んだ。


「いいだろう。君が選んだ道を進み、この世界の『真実』を暴いてみせて欲しい。そうすれば、君は運命に束縛されない自由を得ることができるだろう。さあ、アレイクの力を解き放ち、進んでいけ」


 魔王としてのイオの言葉が響き、闇に包まれた空間がわずかに揺らぐ。

 俺は覚悟を決め、アレイクをしっかりと握りしめた。

 その光景を見て、イオは強かに笑った。


「サファウダの女王もそう望んでいる」


 その時だった。

 一瞬であるが、イオの背後にブルーニアの姿が現れた。

 青白い光が彼女を包み、その瞳はどこか虚ろで哀しく見えた。


「ブルーニア……?」


 俺が呟くと、彼女はゆっくりと微笑んだように見えた。

 だが、その陽炎のような微笑みと同時に彼女は闇に溶けるように消え去った。

 まるで幻のように――。


「いただろう? 彼女は確かに存在しているんだ」


 イオは俺を見て、意味深に問いかける。

 俺は答えることもできず、ただアレイクを握る手に力を込めた。



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