薄暗い洞窟に一人の青い女が立っていた。
髪も瞳も寒色系の青で統一されていたのがその所以だ。
そして、煌びやかな青い衣装をよく見ると白いローブだった。
俺は女があまりにも青く美しいため、そう錯覚してしまっていた。
「ふふっ……」
青い女はフードを深く被り、その顔が半分だけ光に照らされ微かに笑っているのが見えた。
それはまるで俺の考えをすべて見透かしているような笑みだ。
「……誰だ?」
女は答えず静かにフードを押さえたままこちらを見つめ続ける。
その瞳――水色の瞳が何かを企んでいるように光っていた。
口元に浮かぶその微笑みが優しげでありながらも、どこか不気味さを感じさせる。
「私の名前はブルーニア。かつて、この世界にあった国――サファウダの女王」
ブルーニアと名乗る女はこちらにゆっくりと近付いてくる。
それにしても、気になるのがサファウダという言葉だ。
どこかで聞いた覚えが――。
「……ガルア」
傍にいるラナンが俺の名を言った。
彼女を見ると何か言いたげな表情でこちらを見つめる。
(そうか……思い出した)
サファウダ、このイリアサンで古より密かに伝わる伝説があった。
青い都サファウダ。
言い伝えによると、人の力を超える魔導を背景に栄えたサファウダであったが魔族との大きな戦争が起こり滅び去った。
そのサファウダがあった場所は迷宮の森へと変り、俺とイグナス達はそこで青き暴君と呼ばれるドラゴンを退治した。
その後の話は説明するまでもないだろう――。
「な、なんだ? 人間がどうしてここに……」
「あなた達はこの世界の法から離れた存在――よくぞ来てくれました」
「ち、近寄るんじゃねェ!」
フサームは白刃をブルーニアへと向ける。
また、ハンバルは手に持つカタストハンマーを肩に担ぎながら攻撃する体勢をとっている。
二体の魔物が攻撃する姿勢をしているわけなのだが、ブルーニアは全く恐れる様子がない。
「あの子ったら……きちんと説明していないのね」
ブルーニアはまるで世話をかける子供に苦言するような云いようだ。
あの子とは一体誰なのだろうか? いや、それよりもだ。
「サファウダという国は伝説に過ぎないと思っていたが……それに大昔の人間が生きているはずもない。お前は一体何者だ、魔物の類の変化であるならば正体を現せ!」
俺は灰色の剣と化したアレイクの切っ先を向けた。
ブルーニアはアレイクを見ると無機質な笑顔を作り出した。
「アレイク……忌まわしい魔龍王ルビナスが作り出した剣」
ルビナス?
イリアサンを守護する女神と同じ名前だ。
(隙がない……どういうことだ……)
それにしても、このブルーニアという女は油断がならない。
見た目は人形のように華奢な女性だが、背筋が凍るような怖さを感じた。
攻撃の体制に入る俺達の間をすり抜けるように間を詰めてくる。
「その忌まわしき剣に選ばれし者ガルア――」
「ッ!」
前列には、フサームとハンバルの二体の魔物がいたはずだ。
それがどうだろう。
ブルーニアはそこをすり抜けて、俺との距離を詰めてきたのだ。
氷の矢が鎧の隙間をくぐり、俺の心臓を射抜くようだった。
(か、体が動かせられないだと……)
俺は剣を構えるも動けないでいる。
凶暴な魔獣に睨まれ動けない子供のようだった。
それは傍にいるラナンも同様だ。
また前にいるフサームとハンバルも全く体が動けないでいる。
普通ならば生物は呼吸を行うため、肩や背中が僅かながら動くものだ。
しかし、そういった動きは全くない。
この場にいる全員が何かの魔法をかけられたかのように止まっていた。
体も、時間も、空間も、何もかも全てが止まっている。
俺たち全員が
「ガルア……」
俺の名を呼ぶブルーニア。
そのアクアマリンのような瞳は美しく宝石のようだった。
だが、その瞳はどこか危険だった。
見れば見るほど魂を吸い込まれそうだ――。
「あなた達に一人一人に教えましょう」
ブルーニアはそう述べると、そのか細い右手を掲げた。
「この世界の真実の断片を……」
青白い光が洞窟内に広がった。
その奇妙で美しい光はブルーニアが照らし出したものだ。
「うっ……」
最初は何も見えない状況であった。
だが、ブルーニアが出した光は次第に弱まっていく。
光が弱まった限りは洞窟があるはずなのだが――。
「こ、ここはどこだ!」
俺の目の前には青い都市が拡がっていた。
街も建物も全てが青に包まれた国。
そこはどこかイリアサンの街にも似た風景であった。
ここは一体どこなのだろうか?
「ラナン達は……」
辺りを見渡すとラナン達がいない。
姿形を消してしまっていたのだ。
そう、この青い都市には俺一人しかいなかった。