一本道に続く森、その奥には洞窟があった。
行き止まりに行き着くまで、イオに与えられたクエストは終わらない。
きっとルートの奥には誰かがいるのだろう。
その誰かとは『アレイクの秘密を知る人物』それが一体どのような人物かはわからない。
俺は――いや、俺達はただ突き進むしかなかった。
何かをクリアしない限りは〝次〟はない。それがこの世界の法則なのだ。
「何もねえな」
フサームが周囲を見渡しながらしっぽを立てる。
洞窟の作りはありきたりのダンジョン。
無機質な岩肌に沿って広がる空間がただただ続いていた。
普通なら松明を持っていき、暗い洞窟に入るのだがその必要はなかった。
洞窟のいたるところに生えるコケが青く輝いていたのだ。
この不思議な植物の名前はわからないが、洞窟内を青く照らし松明なしでも十分に進めるようになっていたのだ。
「この奥にその剣の秘密が知る者がいる――確かにそう言ったのだな?」
物静かなハンバルが低い声で俺に尋ねた。
俺はコクリと頷く。
「ああ、イオが言っていた」
しかし、俺はそうは言ったものの自信はなかった。
イオが言ったのは、あくまで森に入ることのみ。
その奥に洞窟があり、洞窟の奥に人が待っているなどという話は一切出てこなかったからだ。
だけども、勇者イグナスの旅で起こった『何かしらのクエスト』では常にこのようなイベントが発生した場合、ダンジョンの奥に進むと何者が待ち受けていた。
凶暴な魔物であったり、邪悪な魔導師だったり、荒れくれる盗賊団の一味だったりしたものだ。
行けば行くほど、進めば進むほど、何かがあるのは間違いない――俺はこれまでの経験でそう判断した。
「秘密か……でも、魔王様は何故私達まで?」
ラナンが静かに語りかける。
俺は彼女の疑問に答えることができなかった。
このアレイクの秘密とやらをラナン達まで知る必要があるのだろうか。
イオの意図は、目的は、その先は洞窟の奥まで行かないと知ることは出来ないだろう。
「さあな、この先に行くまで答えはわからないだろう」
俺は静かにそう答え、歩みを進める。
ラナン達が今、どういう表情と思いをしているかはわからない。
彼女達は先頭をただ歩く俺に、後ろからついてくるしかない。
それはまさに人間の冒険者達のように――。
「っ!」
ラナンが急に立ち止まった。
「どうした?」
「奥から
気配がする。
暗い洞窟の奥をラナンの細く白い指が指し示す。
よくよく見ると、そこから洞窟は大きく広がっていた。
ただし、その先は見えなかった。
洞窟に生えていたはずのコケがそこから何故かなくなっていたからだ。
「気配って……この奥に何があるってンだ?」
フサームが問いかけた。
幾分、苛立ちがあるのか「グルル」と牙を見せている。
「それはわからないわ。でも、洞窟の奥に嫌な気配がする」
「おいおい、女の勘ってヤツか? 確実性のないことを言うなよ」
呆れかえるフサーム、そんな彼にハンバルがカタストハンマーを肩に担ぎながら述べた。
「フサーム、忘れたか。ラナンには≪エコーセンス≫のスキルがある」
エコーセンス。
それはスキルのうちの一つで、周囲の音や気配を感知し、遠くの敵や隠された存在の動きを感じ取ることができる能力だ。
通常の視覚や聴覚では捉えられない微細な振動や音の反響を読み取ることで、視界の外にいる対象を察知するというものである。
盗賊など特有の職業が扱える能力だ。それをラナンが扱えるというのだ。
「便利な能力だな。どっかで覚えたのか」
「まあ、色々とね」
「それも人間の〝書物〟とやらで覚えたのかい」
「よくご存じで」
「けっ! あの爺さんは頭の痛くなるような本ばかりもってやがる」
フサームが俺をギロリと睨む。
ずっと行動を共にしてからそうなのだが、人間である俺のことを快く思っていないところがある。
それも仕方ない面があるのは重々承知している。俺は魔物を倒す側で、魔物は人間を倒す側だ。
それが何の因果か、こうして冒険を共にしている。
それにしても、フサームから出た『爺さん』という言葉。
イオの仲間には他にもいるというのだろうか――。
「……先に進むぞ」
それはそれとして、ここで足を止める気はない。
俺は念のため『アレイク』を抜く。
灰色の刀身はまるで世界が何もない『無』を感じさせる色合い。
攻撃力は低いであろうが、何もないよりはいい。
俺は武闘家ではないので、頼れるのはこの剣くらいなのだから。
――グルル……ガガッ……グルルル……。
俺が洞窟の奥に足を踏み入れた時だ。
低い唸り声が聞こえた。
魔獣の鳴き声に「ガガッ」という音が途切れるような音。
不気味に空間を揺らすような断続的かつ止まるような音の反響音だ。
「な、なんだ?」
フサームが急いで剣を抜いた。
細身の剣の切っ先は暗闇に突きつけている。
「ふむ……」
ハンバルは大槌カタストハンマーを両手に持ち替える。
スタンスを広げたどっしりとした構えは不動体だ。
「何か来る!」
ラナンは後ろへと数歩退いた。
後方支援型であろう彼女は、即座に呪文を唱える準備をとる。
何れにしても、俺も含めた全員が戦闘態勢へと入っていた。
この世界ではそれを『エンカウント』と呼んでいる。
――ガガッ……グルオ……オオ……!
そして、突如として闇の中にその姿が現れた。
(これは!)
現れたのは、世にも狂妙なドラゴンだった。
ドラゴンの巨体は紫色に輝いていたが、どこかしら『欠けていた』。
翼は時折ちらつき、消えかけ、まるで完全には存在していないかのように見える。
まるで、現実の法則を無視して形を保っているようだった。
「……こ、こんなドラゴンは初めて見る」
俺はその異様な姿を見て、思わず足を止めてしまった。
その鋭い黄金の瞳に、もう一つの『目』が現れては消え、不規則な動きを繰り返していた。
恐怖というより、異質で理解不能な感覚が俺を襲っていたのだ。