(不思議だ……魔物と全く遭遇しない)
俺は魔王城近くに存在する森の中にいる。
先頭を歩く俺の後ろにはラナン、ハンバル、フサームがいる。
計四人パーティのオーソドックスな編成だ。
どの冒険者も多くは四人編成でチームを組むのが習わしだ。
しかし、俺のチームは奇妙な編成であるといえる。
人間と魔族の混成チーム、通常では考えられない編成だった。
「おい、魔王様は一体何を考えてるんだ?」
後ろから、コボルトのフサームの声が聞こえた。
どうやら『曖昧な指令』を言い渡されたことが不服のようだ。
「フサーム、魔王様の意図を読み取るのは容易なことではない。我々の頭脳の限界を超えた計略があるのかもしれんぞ」
「け、計略?」
「……いや、もしかするとただの気まぐれかもしれんが」
「なんだよそりゃ!」
ハンバルとフサームが軽いやりとりをする。
ラナンはそんな二人を見て、どこか呆れた表情をしている。
「あのお二人さん、仲がいいわね」
ずっと森の中を歩く俺達、この森は不気味なほど暗い。
この暗い森のダンジョンは曲がりくねってはいるが一方通行だった。
普通どんなダンジョンでも、冒険者を惑わそうと道は入り組んでいるものの土の地面が一本のルートに導くように広がり、その周りを怪しげな木や草などの植物が囲うだけだった。
(イオは何を企んでいるんだ?)
俺は歩きながら、イオから受けた指令を思い出していた。
***
新生魔王軍に入団を決めた翌日、俺は戸惑っていた。
(……赤くなくなっている)
そう、アレイクのことだ。
ゲルドッツォとの戦いでは、赤く輝いていたのに色を失うように鉛色となっていることに気づいたからだ。
俺は試しに一度、城の外で立木を立てて斬り込んだが寸断できなかった。
威力的には、武器屋に売っている粗悪な中古品の剣並だろう。
それに魔族が作った武具であるはずなのに、いつもの嫌な音もしないし、自由に体から離すことも出来た。
また、一振りしてもあのときのような倦怠感は全くしない。
呪いの武具に付与されている副作用的なものがなかったのだ。
本来であれば喜ばしいことなのだろうが、それが逆に『不快感』となる。
俺はこの剣の秘密を知りたく、その足を魔王がいる間へと足を向けた。
「アレイクがおかしい?」
イオは黄金の玉座に座り、髑髏を模した肘当てに手を置いていた。
その姿が、この魔王城の主であることを示している。
俺は二人しかいない、この空間で問いかけた。
「あの
「あった? 何があったというんだい?」
「ああ、刀身は赤く輝き、金剛石もキレるほどの威力が――それにこれが呪いの武具であるにも関わらず自由に離すことも出来る。本当にこの剣は古代の勇者が手にしたものなのか?」
「ふむ……」
イオは目を横に向け、顎に手を当てる。
何かを考えているようであるが、口元は笑みを浮かべていた。
「ガルア、君に最初のクエストを与えよう」
「クエスト?」
「この魔王城近くに森がある」
「森?」
「目印は龍の小さな石象が二つに並んでいる。そこが森の入り口となり一本のルートへと君を導いてくれるだろう」
「何故、そんなところに?」
「そのアレイクの秘密を知っている人がいるのかもしれない」
アレイクの秘密、一体どういうことだろう。
考える俺にイオは足を組みながら言葉を続ける。
「そこには君が必要とする“知識”があるってことさ。君の力を更に引き出すために重要なものがね」
「重要なものだと?」
「ガルア、今は深い思考は禁物だ。今は何も言わないで行って欲しい――ラナンやハンバル、フサーム達とね」
イオはその一言を残して詳細な説明を避けた。
彼女が何を考えているのか、俺には全く掴めなかった。
だが、彼女の言葉通りにするしかない。
このアレイクを知る何かがそこにあるのだろう。
「さあ、最初のクエストの開始だ」
イオが俺を信用しているのか――。
それとも俺を試しているのか――。
それはわからない――。
***
イオの言葉通り、森の入り口には龍の小さな石象が二つ並んでいた。
石像には青い苔が生えており、古い作りのものだった。
誰が作ったかは定かではないが、その龍の形はどこかで見た記憶がある。
しかし、そんなことを考えている暇もなく、俺達は森へと入った。
「不気味なほど一本道だな……」
俺はつぶやきながら、足を止めた。
森の空気は重く、静寂が耳を圧迫してくる。
普通ならこの類のダンジョンには魔物の気配や鳴き声が聞こえてくるはずだが、この森にはそれすらない。
この世界に取り残されたかのように孤独を感じていた。
「ガルア、今は疑念を抱かず進むべき時よ。魔王様の指令には何か理由がある。それを見極めるまで、私達は動き続けるしかないわ」
ラナンが静かに語りかけた。
俺だけでなく、ラナン達三人も特に詳しい説明もなく、俺とパーティを組んでこの森にやってきている。
後ろでフサームがしっぽを立てながら吠えた。
「ったく! だいたい、俺が何で人間なんぞとパーティを組まなきゃいけねェんだ!」
フサームは不服そうな顔をしていた。
それもそのハズだ。魔族とは人間を憎む存在。
自分達の領域に人間が入ったときは、エンカウントして戦うのが普通だ。
それがどうしたことか、今はこうして冒険を共にしている。
「耳に響く。文句を垂れるな」
ハンバルが大きな体を動かしながら述べた。
その手には俺が装備していた『カタストハンマー』が握られている。
何でも「暫く借りる」と言われた。
当然、彼は魔族なので呪いの武具の影響はない。
その生まれ持った腕力ならば自由自在に扱えるだろう。
「あれは……」
エンカウントがない森。
俺はあるものに気づいて足を止めた。
ラナンは目の前に広がる奇妙なものを見て口にした。
「洞窟?」
目の前に現れたのは、森の奥深くに隠されていたかのような洞窟だ。
入り口は巨大な木の根が絡み合うようにして半ば隠れており、まるで自然そのものがその存在を秘匿しているかのようだ。
入口の上部からは不気味な蔦が垂れ下がり、苔むした石壁には神秘的な模様が薄らと浮かび上がっている。
これが単なる自然の造形物ではなく、何者かの手によって作られたことを物語っていた。
洞窟の内部からは、かすかな風の音が響いてきた。
耳を澄ませば、その風には不思議な囁きが混じっているように感じられる。
それは言葉として理解できるものではなく、ただ感覚に訴えかけてくる異様なもの。
淡い光が洞窟の奥から漏れ出し、その光は青白く揺らめき、まるで幻のように漂っていた。
「……ただの洞窟ではないな」
俺は低く呟きながら、アレイクを握りしめる。
ここから先に何があるというのだろうか。