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ep21.闇の勇者となる戦士

 活きるための戦い。

 イオの高らかな宣言と共に新たなイベントが始まった。

 俺はイオの言葉を聞き、この段階では聞き入るしか他なかった。

 思考はない、まるで人形のように――。


「やっと、現れてくれたか」


 イオがそう呟きながら、ゆっくりと俺に近づいてくる。

 その声に反応して、俺は手に握るアレイクを見下ろした。

 深緋の刀身はまるで生きているかのように脈動し、冷たくも強烈な力が手から全身に伝わってくる。

 この剣が、ただの武器ではないことは理解している。

 ゲレドッツォを斬り伏せたときに感じた異様な感覚が今も消えず、俺にまとわりついていた。


「アレイク……この剣は一体……」


 問いかけた俺の言葉に、イオは微笑を浮かべながら答えた。


「古の魔族が作り出した剣だ。でも、単なる武器じゃない。アレイクは選ばれた者にしか応えない。ガルア、君は選ばれたということなのさ」


 俺がイオの言葉を飲み込む前に、ハンバルが静かに近づいてきた。

 彼の目はアレイクをじっと見つめている。

 そして、真一文字に閉じた口がゆっくりと開いた。


「アレイクか……なるほど、まさかお前がそれを手にするとはな」

「アレイクを知っているのか?」


 驚いて俺が問いかけると、ハンバルは深く頷いた。


「イオ様より聞いている、これはただの剣ではない。かつて、最も強い戦士がこの剣を使いこなしたとされる。アレイクは相手の魂を喰らいながら持ち主に強大な力を与えるが、その代わりに持つ者の生命を削る」

「魂を喰らう……生命を削る……」


 その言葉に俺は一瞬息を呑んだ。

 相手の魂を喰らい力を得る剣。

 自分の命を少しずつ削っていく剣。

 それがアレイクだというのか。


「下手をすれば、その代償でお前は死ぬことになるかもしれねえからな」


 ハンバルの言葉がまだ理解しきれない俺の耳に、再び厳しい声が響いた。今度はコボルトのフサームだ。

 彼もまた、アレイクを鋭い目つきで睨みつけていた。


「ガルア、そいつを甘く見るな。アレイクはお前の力を引き出す代わりに、代償を求める」

「代償……わかるのか?」

「そういう話だと聞いている」


 フサームはイオを見ていた。

 ハンバルと同じく、フサームもまたイオから話を聞いているようだ。

 このアレイクはどういう存在なのだ?

 また、何故こんなものをイオが……。

 そして、この剣を持たされた俺という存在は……。

 混乱が混乱が俺の心の中で生まれる中、イオは強い口調で言った。


「アレイクは強大な力を持つが、それを使うたびに君の魂を喰らい尽くす。それに抗えなければ――ガルア、君は剣に呑まれる」


 ――剣に呑まれるか。

 これは魔族が作り出した呪われた剣。

 そして、意志を持った武器ならば、何故俺を選んだのか。

 また、何故持つことになったのか。

 目の前にするのは魔王を自称しながらも、かつては勇者だったというイオ。

 今は魔王ではなく勇者として問いたい。

 イオよ、お前は何故こんなものを持ち出したのだ。

 そんな言葉が俺の心の中で浮かび上がる。


「ガルア、イグナスならどうしたと思う?」


 ラナンが口を開いた。

 ずっと静かに見守ってくれていたが彼女の突然の言葉だった。

 それは同じ勇者だったイグナスが、このような場面でどういう判断と選択をしていたかという問いだ。

 その言葉の意味は理解わからないが、何かを思案している様子だった。


「イグナスか……」


 イグナス、彼の姿が脳裏に浮かぶ。

 俺がイグナスと共に旅をしていた時、彼は常に純粋な正義を信じていた。

 思い出すのは、かつて『クッシャルピラミッド』というダンジョンでブラッドアーマーを手に入れたときのことだ。


          ***


 ――イグナスは宝箱を開けた、なんとブラッドアーマーを手に入れた。


 イグナスは常に正しい力を信じ、危険なものには手を出さなかった。

 しかし、その一方で俺には違う道を強制してきた。


「ガルア、お前はこれを装備しろ」

「俺が?」


 イグナスは俺に呪いの装備品を装備させた。

 それなるはブラッドアーマーと呼ばれる鎧。

 確かに鉄壁な防御力を誇る鎧だが、装備者の体を蝕む装備品だ。


「ああ……俺達が勝利するためには犠牲が必要だ」


 犠牲が必要、イグナスはそれを当然のことのように思っていた。

 俺には反論の余地もなかった。

 何故なら、俺達の最終目標は魔王ドラゼウフを倒すことだ。

 その道中、どんな試練イベントも乗り越えるためには強力な武具が必要だ。


「……わかった」


 俺は少し戸惑いを覚えつつも承知した。

 勇者は正しい。

 そう、イグナスの選択は常に正しいもので従うのが戦士の役目。


「ぐっ……」


 装備すると重い倦怠感が体を駆け巡る。

 そんな俺を見て、イグナスは密かに笑みを見せた。


「似合ってるぜ」


 その目はどこか淀んでいた。

 勇者は正しい、その選択も行動も――。

 俺の心の中で、そう唱えながら自分を納得させていた。


          ***


 俺は再びイオの方を向いた。

 イグナスと同じくして、魔王イオはこの呪われた装備品を俺に当てがった。

 しかし、イグナスと違う点がある。

 それはこのアレイクが『俺を持ち主として選択し行動した意志を持った剣』というのだ。

 選ばれた俺はどういう選択を取るか――。

 イオが俺の迷いを見抜いたかのように語りかけてきた。


「アレイクに君は選ばれたが、君は君自身の道を選んでいい。ここで別の選択肢を取るのも結構だろう。ただし、君に待ち受けているのは『勇者殺し』の汚名を被り、次から次へと現れる追っ手との戦いだ」

「俺は……」

「君はそんなことは出来ないはずだ。何故なら君は自ずと『生きる』という選択肢を取り続けている」


 その言葉が俺の心を深く突き刺した。

 そうだ、俺は贖罪し誰かに殺されてもいいと思っていた。

 しかし、それは違っていた。

 俺はこれまでずっと『生きる』という選択肢を選び続けていたのだ。

 そう、俺は『ラナンを助ける』という自分の善意に従い行動したまで――。


「勇者になるがいい」


 イオの言葉が静かに魔城に響いた。


「俺が……勇者?」

「その剣は『新しい世界の扉を開く』キーアイテムだからさ」

「このアレイクが……」

「この剣は古の勇者が使っていたという話があるんだよ」

「古の勇者だと?」

「その勇者も人間だ。魔族に与えられた剣を手に人間も魔族も自由と平等を勝ち取るために戦ったらしい」


 このアレイクは古の勇者が使ったものだというのか。

 そして、人間も魔族も自由と平等を勝ち取るために戦っただと?

 しかし、そんな話など聞いたことがない。

 歴史学上の古い文献や人々に伝わる民間伝承にもない伝説だ。


「本当なのか? 俄かに信じられない」


 イオは俺の疑念を見透かしているかのように続けた。


「信じるか信じないかは君次第さ。だけど、ボクが言いたいのは、このアレイクがただの呪われた剣じゃないってことさ。君が選ばれた以上、君にはその力を使いこなす運命がある」

「運命……」

「古の勇者もまた、アレイクを通じて人間と魔族の運命を変えたんだ。だから、君にもその資格があるとアレイクは判断したのさ」


 俺は剣を見つめる。

 自分が選ばれた、古の勇者と同じように――。

 だが、俺はまだその事実を受け入れきれずにいた。

 自分が背負わされたこの剣が、ただの武器以上の存在であることが重くのしかかっていた。


「自由と平等を勝ち取るために戦っただって? そんな話を俺は聞いたことがない。勇者は魔王を討ち倒すための存在じゃなかったのか?」


 イオはゆっくりと頷いた。


「それも一つの側面さ。だが、勇者はただの『魔王殺し』じゃない。古の勇者は人間と魔族の間の不平等な力関係を崩すために戦った。君が今まで聞いてきた勇者像は、都合よく作られてきた存在だ。真の勇者は、この世界を本当に平和にするために全ての存在と対峙したんだ」


 俺は言葉を失ったまま、考え込んだ。

 自分が信じてきたものが、イグナスが信じてきたものが、歪められたものに過ぎなかったのだろうか?

 そして今、自分はその真実を知り、新たな選択を迫られている。

 だが真実だとしても、自分にはその道を歩むだけの力があるのか?

 その時、ラナンが俺に優しく語りかけた。


「ガルア、あなたは自分の心に従えばいいわ。イグナスと同じ道を歩む必要はない。でも、私はあなたがこれまでに見せてきた優しさや強さを知っている。あなたは、ただ誰かに利用されるだけの存在じゃない。あなた自身の意思で未来を切り開けるはずよ」


 その言葉に俺は少し救われた気がした。

 ラナンは自分のことを見ていてくれていた。

 この物語の影に隠れた自分ではなく、一人の戦士として彼女は自分を信じてくれていた。


「俺が自分の意思で未来を……」


 俺は静かにアレイクを持ち直した。

 この剣は呪われている。

 だが、今の自分にはこの剣を手放す選択肢はない。

 自分の運命を自ら選び取るために、俺は覚悟を決めた。


「俺はこの剣を使う。だが、俺のやり方で進む」


 イオは満足げに微笑み、頷いた。


「いい返事だ、ガルア。それが新しい未来を切り開く一歩になる」


 その瞬間、アレイクの刀身が鮮やかな深紅の光を放った。

 俺の決意を讃えるかのように輝いた。


「さあ、これからが本当の始まりだ! ガルア、ここに光り輝く『闇の勇者』の誕生だ!」


  俺はこれまでの自分とは違う何かを感じていた。

 勇者イグナスに従うだけの戦士ではない、そして呪われた装備品に囚われるだけでもない。

 自分自身の選択で未来を切り開く存在として、俺は新たな決意を胸に抱いたのだ。

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