「吸収した? 何を吸収したんだ?」
栗色のコボルトが俺に詰問する。
鋭い牙を見せ、唸り声を上げながら体を屈め、視線を俺と合わせる。
その目は人間に対する嫌悪と憎しみの光を灯していた。
ラナンといるようだが、このコボルトは何者なのだろうか。
「聞いてるんだ、答えやがれッ!」
コボルトは腰から剣を抜いた。
その剣はどの武具事典でも見たことのない〝月白色の剣〟だ。
細身であるが、先が湾曲しており月明かりのような仄かな輝きがある。
その剣の刀身に映る俺の顔はひどく疲れた顔をしていた。
「ゲレドッツォというリザードマンは襲ってきたので斬った」
「斬っただと……それで死体はどこに隠した?」
「隠したのではない。この剣がやつの遺体を吸い取ったんだ」
「ふざけたことを抜かしやがって!」
コボルトは切っ先を俺の喉元へと突きつける。
後、数センチ伸ばせば血の花が咲くくらいの位置だ。
「フサーム!」
「っ!」
コボルトはラナンの声に反応して動きを止めた。
このコボルト、フサームという名前らしい。
「俺に命令するのか」
「彼をどうしようというの?」
「新しい魔王軍の参謀として、俺とハンバルはゲレドッツォを仲間に入れようと交渉中だった。それをこの人間が斬り殺したんだ!」
ハンバル……。
あの亜種のトロルがそうか。
「……交渉はほぼ俺だ。お前は横にいただけだろ」
ずんぐりとした大きな体のハンバルは、小さくそう呟いた。
トロルは大型の魔獣で、敵として対象は襲い掛かるのが冒険者の常識であるが、あのハンバルは哲学者のような落ち着きと知性があるように感じる。
「だから?」
「だからじゃねえよ。こいつがゲレドッツォを殺したってのが問題なんだ!」
「問題?」
「バカかお前は! 俺達はこれから『大きな戦い』を起こすんだぜ! 使える戦力は少しでも多くしたいってのが定石だろうがよ!」
フサームはラナンに鋭い視線を向けた。
体は緊張で震え、まるで怒りを押し殺しているかのようだった。
ラナンといえば冷静だった。
表情一つ変えることなく、フサームをたしなめた。
「フサーム、彼は敵じゃない。このガルアは私達の大事な戦力、仲間になる人間なのよ」
「こいつは人間だぞ!」
「魔王様も人間だけど?」
「ちっ!」
ラナンのその言葉に、フサームは唸り声をあげながら剣を鞘に納めた。
それを見たハンバルは大きな体を動かし、俺の傍に近寄ってきた。
「動けるか?」
「いや……」
「戦闘でのダメージはなさそうだが、随分と疲れているようだな」
ハンバルはまじないをするかのように手をかざし、
「琥珀の輝きよ、温もりをもって、この者に癒しを与えよ!」
呪文を唱えた。
「アンバーケア!」
回復呪文のアンバーケアだ。
腕力が自慢のトロルが呪文を使うとは思わなかった。
このハンバル、何故人間の僧侶が扱える呪文を扱えるのだ。
「体が……動ける……」
俺の倦怠感は抜け、体が自由に動く。
アンバーケアの効果で回復したようだ。
手に握るアレイクの赤い刀身を見ながら、俺はゆっくりと立ち上がった。
「アンバーケアの効き目はどうだ?」
ハンバルが問いかける。
その表情には敵意はない、両腕を組みながら静かに落ち着いた様子を見せていた。
彼の言動と態度がトロルの常識から大きく外れているが、それがかえって不気味だった。
「問題ない、感謝する」
俺は答えた。
魔物に感謝するなどとおかしな話だが、倦怠感から回復したのは確かだからだ。
「ふん……」
フサームはなおも俺を睨みつけているが、ラナンの一言で彼の剣が収まったことで少しばかり緊張は和らいでいる。
だが、それでも彼の鋭い視線は俺に突き刺さったままだ。
「ガルア、あなたが持っているその剣がゲレドッツォを吸い取ったというの?」
「ああ……このアレイクという剣が吸収した……」
「……アレイク」
ラナンに緊張の色が走っている。
この禍々しいまでに赤い剣に何かを感じている。
魔族が製作した呪われた装備品、それでも警戒をしているようだった。
「これで舞台が整った」
緊張の空間に包まれていると声が響いた。
俺やラナン達が声の方へと振り返ると、そこにはイオがいた。
「ま、魔王様!」
ラナン達が急いで跪いた。
それは闇の王に対する忠誠と服従の形だ。
「アレイクがやっと選んでくれたか」
「イオ……お前か? 俺をここに連れてきたのは」
イオは俺の質問に答えることもなく、足音を鳴らしながら静かに近付いてきた。
その姿がどこか猛々しく、力強い活気に満ち溢れていた。
満足した姿に見えたのだ。
「危険だが『力の象徴』でもあるアレイク。これでボク達は新しい道を歩むことになるだろう」
新しい道?
それは俺達がこの作られた世界で、生きるために抗う道。
このゲーム世界『Ground Brave Quest』から『Cursed Bug Quest』へと変えるための反抗だ。
そのことを知るのは先のことになるが、勇者を支えるPCの戦士として作られた俺は、この時はまだ
流されるまま、多くのフラグとスイッチが複雑に絡みながらも、作られたルートを進むことしか出来ないでいたのだ。
「魔王ドラゼウフ、哀れな君は強く偉大だった。その意志はボクが違ったものとして受け継ぎ、この世界を変えていくつもりだ――」
イオの両手が発光の青白い光に包まれた。
「雷神よ、我が声に応え、全てを貫く稲妻を!天と地を繋ぐ一撃、我が手に集え!」
それは勇気ある者、勇者にしか唱えることしか出来ない呪文。
「アラバスターサンダー!」
イオの両手に巨大な雷球が形作られた。
これは古の魔導事典で見た呪文『アラバスターサンダー』だ。
勇者の称号を持つ者が、長い試練と鍛錬によりレベルアップすることで覚えるという伝説の雷撃呪文。
俺自身も本で目にしただけで、実際のものを見るのは初めてだ。
それを扱えるイオは間違いなく勇者という存在、偽りではない真の証明といえた。
「ハアアアッ!」
イオの掛け声ともに繰り出されたアラバスターサンダー。
その雷撃が向かう先は、玉座に鎮座する魔王ドラゼウフの亡骸。
聖なる雷撃はドラゼウフを覆うと、光の粒子となった砕け散った。
それは魔王ドラゼウフという存在が、完全にこの世から消え去った瞬間であった。
「このラストダンジョン! ドラゼウフ城から全てが始まる! ボク達の活きるための戦いが!」
紺色のマントをたなびかせ、高らかに宣言するイオ。
活きるための戦い、そう俺達がこの人形劇に終止符を打つための戦いが――。
俺はどんなに
それが生命を与えられた俺の本能だった。